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第37話 ヤドカリ作戦


「みんな、行くぞ!」


イザベラの号令とともに、テントの入り口が再び開いた。ひんやりとした空気が肌を刺す。彼らの目の前に広がるのは、瘴気に侵食された魔物の濁流だ。獣の唸り声と、瘴気を纏う魔物の腐臭が、五感を麻痺させていく。冒険者たちは、交代で前衛と後衛を務める作戦に身を投じる。


先陣を切ったのは、イザベラとグレンだ。イザベラの剣が銀色の光を放ち、グレンのハンマーが地を揺らす。彼らの圧倒的な力と連携で、魔物の波は一時的に押し返された。

その後衛では、シドが稲妻を、カノンが風を操り、範囲魔法で数を減らす。リリィは、その魔法の隙間を縫うように、正確無比な矢を放ち、魔物の急所を射抜いていく。


「リラ!回復を!」


シドの叫び声に、リラはテントの中から回復魔法を放つ。その横では、千尋がマメ太に指示を出し、魔物の瘴気を操らせていた。瘴気が操られた魔物は、動きが鈍り、冒険者たちが倒しやすくなる。


しかし、魔物の数は減るどころか、増え続けているようにさえ感じられた。このままでは、いずれ彼らの体力が尽きてしまう。


「くそっ…!終わりが見えない!」


レオンハルトが、疲労に満ちた声で呟いた。彼の剣を振るう腕は、すでに鉛のように重くなっている。皆の顔に疲労の色が濃く浮かび、荒い呼吸がダンジョンに響く。ポーションの残量も、みるみるうちに減っていく。


(このままじゃ、本当にみんなが…!)


千尋は、テントの中から外の様子をじっと見ていた。魔物たちの動き、瘴気の流れを見ていると、奥から流れて来ていることが分かった。この魔物たちは、瘴気のせいで凶暴化して暴れている。瘴気の発生を止めることができれば、どうにかなるはず。


瘴気は、ダンジョンの奥から、まるで巨大な河のように流れ込んできている。魔物をいくら倒しても、次から次へと補充されるのは、そのためだったのだ。


「如月さん、私、瘴気の流れの源が分かったかもしれない!」


千尋の言葉に、テントに戻ってきた如月が駆け寄る。


「本当に!?それはどこだ?」


「ダンジョンの奥です。でも、ここから先は…魔物の数が多すぎて、戦いながら進むのは難しいです…」


千尋は、皆の疲労した姿を見て、絶望的な顔をする。しかし、彼女の頭の中に、驚くべき作戦が閃いた。


「如月さん…私、考えました!ヤドカリ作戦です!」


千尋の突飛な言葉に、皆が首を傾げる。


「どういうことでしょうか?」


レオンハルトが問いかけると、千尋は真剣な顔で答えた。


「テントの中は、絶対に安全なんだって、如月さんが言いましたよね?それなら、このテントの中に入ったまま、移動するんです!テントを持ち上げながら…ヤドカリみたいに…!」


千尋の言葉に、皆が唖然とした。しかし、如月だけは、その作戦の可能性に気づいていた。


「なるほど…!それなら、魔物と戦う必要はない。移動に専念できる…!」


如月は、皆の顔を見回す。


「このスタンピードの発生源は、ダンジョンの奥深くにある『ダンジョン・コア』だ。このコアは瘴気によって活性化し、大量の魔物を生み出している。そして、エリオットが調べた限り…このコアの周りには、行方不明になった子供たちが囚われている…!」


如月の言葉に、全員の顔色が変わる。


「子供たちが…?そんな…!」


リラが絶望に顔を歪める。


「ああ。奴らはコアを活性化させるための生贄にされている可能性が高い。このスタンピードを止めるには、コアを破壊し、子供たちを助け出すしかない」


如月の言葉に、皆が再び顔を見合わせる。千尋の奇抜な作戦が、この絶望的な状況を打破する唯一の希望となっていた。



「よし、作戦開始だ!」


如月の号令とともに、全員がテントの中央に集まった。ルークとグレンがテントの両端を力強く持ち上げ、イザベラとレオンハルトが、その横で警戒態勢を取る。シドとカノンは、テントの周囲に魔物を寄せ付けないよう、風と雷の魔法を放った。


「ちーちゃん、こっちだ!」


如月に呼ばれ、千尋はマメ太と一緒にテントの真ん中に移動する。千尋は、魔石を手にし、瘴気の流れを敏感に感じ取った。


「如月さん、右の方に瘴気の流れが濃い!そっちです!」


千尋の指示に、全員が声を上げながら、ゆっくりと移動を開始する。テントは、ヤドカリのように、魔物の群れの中をゆっくりと進んでいく。


道中、瘴気の濃度は徐々に高まり、魔物もより強力なものが出現し始めた。彼らは、テントの存在を察知すると、狂ったように体当たりを繰り返す。ドォン!ドォォン!という鈍い音と、テントが揺れる衝撃が、中にいる冒険者たちにも伝わってくる。


「くそっ…!こいつら、さっきの魔物とはパワーが違うぞ!」


レオンハルトが、歯を食いしばりながら呟いた。


「この先、さらに瘴気が濃くなる。皆、気をつけろ!」


エリオットの声が、緊張感をさらに高める。


どれほどの時間が経っただろうか。数百メートル進んだところで、彼らはついにその場所にたどり着いた。


そこは、まるでこのダンジョンの心臓部だった。巨大な空間の中央には、黒い結晶体が脈動している。それが、スタンピードの発生源、『ダンジョン・コア』だった。

コアからは、粘着質な黒い瘴気が絶え間なく噴き出し、空間全体を満たしている。その周囲には、まるで闇に浮かぶ光のように、一つの巨大な結界が浮かんでいた。


「あれは…!」


リラが声を震わせる。


「子供たちだ…!」


結界の中には、行方不明の子供たちが無力な姿で浮遊していた。彼らは意識があり、結界を維持するため、必死に体内の魔力を魔石に流していた。しかし、その行為はまるで自らの生命を削り取るように、彼らの体から黒い瘴気をじわじわと立ち上らせていた。彼らの顔は青白く、目に浮かぶのは、恐怖と、それでも諦めないという強い意志だった。


「負のループだ…」


如月が、絶望に満ちた声で呟いた。


「子供たちを助け出さない限り、このスタンピードは止まらない…!」


全員が顔を見合わせた。


イザベラが剣の柄を強く握る。彼女の横では、グレンがゴツゴツとした拳を力強く握りしめた。


静かに、しかし力強く言った。


「方針を切り替える」


「テントから出て、魔物を倒し、子供たちをテントの中に引き込むんだ」


レオンハルトの言葉に、誰もが頷いた。その目に浮かぶのは、疲労や恐怖だけではなかった。それは、見知らぬ子供たちを守ろうとする、揺るぎない使命感と、目の前の理不尽に立ち向かう静かな怒りだった。


「行くぞ!」


彼らは、静かにテントの入り口を開け、再び戦場へと足を踏み入れた。その一歩は、絶望の淵から踏み出す、確固たる希望の一歩だった。


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