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第35話 ダンジョン・スタンピード


森の中にある洞窟の入り口から、一行はダンジョンの奥へと足を踏み入れた。ひんやりとした空気が肌を刺す。千尋は、マメ太にしっかりと掴まりながら、周囲を見渡した。


ダンジョンの中は、まるで生き物のようにうごめく瘴気に満ちていた。壁には、瘴気によって腐食したような、不気味な模様が浮き出ている。それは、王城で感じたものよりもさらに深く、粘着質な悪意が混じり合っているようだった。足元に生えた苔は、通常なら青々としているはずなのに、ここでは不気味な紫色に変色している。


「ちーちゃん、大丈夫か?」


隣を歩く如月が、心配そうな声で尋ねた。千尋は、こくりと頷く。


「はい、大丈夫です」


だが、本心ではなかった。瘴気の気配が、王城で感じたものよりも、ずっと濃く、黒く、そして濃密になっていたのだ。それは、単なる魔物の気配ではなかった。明確な悪意と、何かを「生み出そう」とする、強い意志を感じた。


「おい、あれを見ろ」


レオンハルトが、鋭い声で前方を指差した。


その先には、巨大な魔石の塊が不自然な光を放っていた。通常、魔石は魔力の色を帯びているはずなのに、その魔石は黒い靄を噴き出し、不気味なリズムで脈打っていた。その音は、まるで地獄の心臓が鼓動しているようだった。


「これは……」


イザベラが、眉をひそめて呟いた。


「瘴気の塊が、魔石に吸収され、変質している。こんな光景は初めてだ」


エリオットが、魔導書を広げ、解析魔法を唱える。すると、彼の目が驚きに見開かれた。


「信じられない。この瘴気は、ただの魔物の瘴気じゃない。まるで、瘴気が自らの意志を持っているようだ」


エリオットの言葉に、千尋の腕にあの時の痛みが蘇る。彼女が王城で感じた、あの不快な気配。それは、オルフェウスが孤児院で集めていた、例の瘴気だった。



一行がさらに奥へと進むと、瘴気の影響はさらに色濃くなっていた。


「グルルルル……!」


通路の奥から、低く唸る声が聞こえてきた。イザベラが剣を構え、シドも電撃を帯びた剣を構える。


そこに現れたのは、通常のゴブリンとは似ても似つかない姿だった。体は腫れ上がり、ところどころ骨が突き出ている。眼は赤く充血し、口から滴る涎は、地面に穴を開けていた。


「こいつ、瘴気に侵食されすぎてる……!」


カノンが、風の魔法でゴブリンの動きを封じようとするが、ゴブリンはまるで風を感じていないかのように、その場を動かない。


「効かないのか……!」


その隙に、ゴブリンは鋭い爪を振り上げた。その爪は、黒い瘴気を纏い、見るからに毒々しい。


「危ない!」


リリィが叫び、矢を放つが、ゴブリンは素早い動きで矢を避ける。


その時、レオンハルトが前に出た。彼は、迷うことなく剣を抜き、ゴブリンの喉元を一閃する。ゴブリンは、不気味な叫び声を上げながら、黒い靄となって消滅した。


「まるで、瘴気でできた人形のようだ……」


レオンハルトは、剣についた黒い液体を払いながら呟いた。


「どうやら、オルフェウスの集めていた瘴気は、魔物に毒を与え、変質させているようです。この先に何があるのか、慎重に進みましょう」


如月の言葉に、全員が頷いた。ダンジョンの異変は、彼らが想像していた以上に深刻なものだった。



何度か同じような戦いを繰り返し、一行は今日の野営地であるセーフティーゾーンに到着した。ここはダンジョン内に存在する数少ない安全地帯で、結界用の魔石によって魔物の侵入を防ぐように管理されている。定期的に魔力が補充されているため、冒険者たちはここで安心して休息をとることができた。


皆がそれぞれの野営準備にかかる中、千尋は今日の戦いを思い返していた。さすがは高ランク冒険者たちだ。イザベラを筆頭に、誰もが危なげなく魔物を倒していく。レオンハルトの剣技も素晴らしく、彼の活躍も相まって、瘴気に侵食された魔物たちは次々と打ち倒されていった。


千尋と如月は、魔石の回収と、あたりに漂う黒い瘴気を魔石に吸収させる作業をこなしていた。御使い様である千尋は、魔物を直接倒すことはできない。魔法や物理攻撃には耐性があるためダメージを受けないが、黒い瘴気を纏った魔物に対してはどうか、それは誰にもわからなかった。そのため、レオンハルトとイザベラは、宣言通り彼女たちを徹底して守っていた。


初めて目の当たりにした魔物の姿に、千尋は内心とても怯えていた。皆が怪我をしないか心配で仕方がなかったが、彼らのあまりの強さに、その心配はいつしか薄れていった。


「ちーちゃん、そろそろ俺たちも支度をしようか」


考え事をしていた千尋に、如月が声をかける。


「はい、私も準備してきましたから」


千尋はそう言って、マメ太に駆け寄った。


「マメ太、今日もお疲れ様」


マメ太を抱きしめ、ふかふかの毛を堪能する。それから、マメ太の首にかけられた鞄、通称「マジックバッグ」から次々と荷物を取り出し始めた。


如月がその様子を見に来て、荷物の多さに驚いた。


「ちーちゃん、結構な大荷物だね」


「はい。いつか友達や家族ができた時に…と思って、ファミリータイプのエアーテントを買っていたんです。今まで使う機会がなくて」


千尋は少し寂しそうに笑った。


「エアーテントか、便利そうだね。ちーちゃんはキャンプ経験者なんだ」


「はい、ソロキャンパーです」


千尋が取り出したのは、テントだけではなかった。ソファやベッドも全てエアー式で、ボタン一つで自動的に膨らんでいく。


「ブォォ…」と小さな音を響かせながら、ひとりでに出来上がっていくテントに、他の冒険者たちも興味津々で近づいてきた。


「ちーちゃん、御使い様はこんな便利なテントが使えるんだな。本当に凄いな」


イザベラが感心したように話しかける。


「イザベラさん、女性は着替えや色々と大変でしょうし…皆さん、もしよろしければ一緒に使いませんか?」


千尋の提案に、イザベラは顔を輝かせた。


「いいのかい、リラ、リリィ、カノン!」


イザベラに呼ばれた女性陣は、皆笑顔で頷く。男性陣は一瞬肩を落としたものの、女性だけが安全で快適な空間で休めることに、安心した表情を浮かべた。


残された男性陣の視線が、如月に注がれる。


「あー、まいったな。俺は持ってないんだ」


如月がそう告げると、全員が大きなため息をついた。仕方なく、彼らはそれぞれが持参した道具で準備を始めた。


(俺は何も悪くないのに…)


如月は、心の中でひっそりと呟いていた。



その夜、千尋は深い眠りについた。しかし、彼女が目を覚ましたのは、夜明けの光が差し込む前だった。耳を劈くような、地響きがダンジョンの奥から響いてくる。それは、まるで巨大な群れが、一斉にこちらへ向かってくるかのような音だった。


「何だ…?」


レオンハルトが、剣の柄に手をかけたまま、警戒を強める。彼らの前に、先ほどまで静かに保たれていたはずの結界が、赤く点滅し、震え始めた。


ドォォォン!


轟音と共に、結界がひび割れ、砕け散った。その瞬間、闇の奥から、無数の赤い目が光を放ち、こちらを向いているのが見えた。彼らが今日倒したような、瘴気に侵食された魔物たちが、数えきれないほど押し寄せてくる。


「スタンピードだ…!」


イザベラが、絶望に満ちた声で叫んだ。


千尋は、その光景に息をのんだ。魔物の群れは、まるで濁流のように、彼らの休息地へと押し寄せてくる。この世界の危機は、彼らが想像していた以上に、すぐそこまで迫っていたのだ。


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