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第32話 魔石の不足と、不穏な瘴気


千尋たちの報告を受け、オフィスには重い空気が流れていた。パソコンの画面には、アストリアの瘴気濃度の上昇を示すグラフが静かに映し出されている。千尋は、その曲線がまるで生き物のようにうごめいているのを見つめながら、王城で感じた不穏な気配を思い出していた。ただの瘴気ではなかった。それは、まるで誰かの悪意が固まって、形になったような、そんな不快な瘴気だった。


「ちーちゃんが王城で感じた不穏な気配、葵や大泉さんも感じた街の瘴気濃度の上昇は、おそらく無関係ではないでしょう。しかし、問題はそれだけではないようです」


如月が、腕を組みながら真剣な表情で言った。彼の顔に浮かぶ疲労の色は、ここ数日の激務を物語っていた。


「至急の報告というのは、アストリア各地で魔石が不足しているという現状。特に、瘴気を吸い取るための魔石、『空の魔石』が、品薄になっている」


千尋は、ギルドでザムザが言っていた言葉を思い出した。冒険者たちの顔に浮かんでいた、あの疲労と焦燥。あれは、ただの魔物討伐によるものではなかったのだ。


「どうして、魔石が不足しているんですか?」


千尋の素朴な問いに、霧島が静かに答える。


「恐らく、魔物の出現数が急激に増えている」


続けて、如月が口を開いた。


「魔物が増えれば、討伐のために魔石の消費量が増える。さらに、瘴気濃度が上がったことで、魔石が正常に機能しなくなり、消費ペースが加速している可能性もある」


「その可能性は高い」


霧島が静かに頷いた。彼の言葉は、如月の推測に確かな重みを与えた。


「以前、俺が彼を調べていた時、彼が魔石に何かを仕掛けを仕込んでいるようなそぶりを目撃している。ちーちゃんが感じた気配は、例の瘴気が持つ、彼自身の魔力の痕跡だったのかもしれない」


如月の言葉に、千尋はゴクリと唾を飲み込んだ。彼女が担当する、この世界での「仕事」は、ただ瘴気の詰まった魔石を回収するだけではない。その先にある、より大きな危機に、彼女の仕事は直結している。


千尋は、自分の直感が正しかったことに、内心で安堵した。しかし、同時に、オルフェウスの執念深さに、背筋が寒くなるのを感じた。



その時、これまで口を挟まずにいた大泉が、静かに話し始めた。彼の声は、普段の飄々とした調子とは違い、重く沈んでいた。


「魔石の不足や瘴気の異変とは直接関係があるか分からんが、最近、アストリアでは不穏な噂が広まっておる」


全員の視線が、大泉に集中する。


「ここ最近、路地裏でよく見かけられていた、魔力の強い子供たちの姿が消えたらしい。それがつい先日、下級貴族の子息までもが行方不明になる事件が発生してな。この件について、アストリア側でオルフェウスと関係がないか、調べることになったんじゃ」


大泉の言葉に、千尋は息をのんだ。瘴気の異変、魔石の不足、そして子供たちの行方不明事件。ばらばらに見えた出来事が、一つの糸で繋がっているような気がした。まるで、誰かが周到に計画した、大きな悪意の物語のようだった。


「つまり、オルフェウスは、ただ例の瘴気を撒き散らしているだけではない、と?」


霧島が、考え込むように呟いた。


「おそらく彼の真の目的は、その奇妙な瘴気を発生させること。そこに子供たちの行方不明事件が関与している。この二つを突き止め、解決することができれば、魔石不足も解消できるかもしれない」


如月は、千尋を真っ直ぐに見つめた。彼の真剣な眼差しに、千尋は言葉を失った。


「ちーちゃん、実はお願いがあるんだ」 


如月の言葉は、ただの依頼ではなかった。それは、千尋の特殊な能力を必要としている、緊急の要請だった。


「次の任務で、アストリアのダンジョンに潜って、魔石の回収と調査を手伝ってほしいんだ。もちろん俺も同行する。……まだ仕事を始めたばかりので無理なお願いだと理解しているけど、ちーちゃんに俺たちの調査に同行してほしい」


「今回は大規模なダンジョン探索になる。俺たちの力だけでは、例の瘴気のに対する対応が難しい。でも、君の力なら、それができるかもしれない」


千尋は、迷うことなく頷いた。


「はい、分かりました。私にできることなら、やります」


彼女の瞳には、不安の色はなかった。自分にしかできないことがある。その使命感が、彼女の心を奮い立たせていた。


「ありがとう、ちーちゃん。準備は俺がする。ダンジョンには、イザベラたちのパーティーとAクラスのパーティー冒険者たちにも同行してもらう」


如月は、千尋がこの依頼を快く引き受けてくれたことに安堵したように微笑んだ。


「ダンジョンに潜るのは、予定では五日間。ご両親には出張と伝えておいてくれ。バイク便の仕事に出張があるのかと、驚かれるかもしれないが……」


千尋は、ニヤリと笑った。


「大丈夫です。研修に行くと伝えます!」


彼女は胸を高鳴らせていた。初めてのダンジョン、そして、新たな仲間たちとの出会い。この任務の先には、オルフェウスの狙い、そして、この世界の闇の真相が隠されているに違いない。



翌日、千尋はダンジョンへの準備を進めていた。如月が「準備は俺がする」と言ってくれたが、千尋は自分でも支度をしていた。


マメ太に荷物を積み、アストリアへのゲートを通ると、マメ太が首から下げている鞄が現れ、それがマジックバッグになっている。それから、荷物が取り出せるようになっていた。千尋は一つ、また一つと必要なものを積んでいく。


(そういえば、ソロキャンプの時も、いつもこんな感じだったな……)


千尋は、たまにマメ太と二人で、ソロキャンプに出かけていた。その時に使っていた、快適キャンプグッズが、今、アストリアで役立つとは思わなかった。


「まさか、キャンプ地がダンジョンになるなんてね……」


千尋は、思わず笑みがこぼれた。まだ見たことのない魔物には、恐怖や不安を感じる。でもそれ以上に、アストリアでキャンプができるという、わくわくする気持ちが、彼女の胸を満たしていた。


新たな任務は、始まったばかり。瘴気の発生源と子供たちの行方不明事件の真相を突き止めるため、千尋は、危険なダンジョンへと足を踏み入れる。


このダンジョンの奥には、一体何が待っているのか。オルフェウスの真の目的とは?そして、子供たちは無事なのか。


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