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第26話 地下室の瘴気と、マメ太の奮闘


あちらこちらで、パニックになった人々の叫び声が響く。悲鳴は嵐のように孤児院の庭園を駆け巡り、人々は我先にと出口へと殺到していた。その中に、か細く、それでいて切実なマザーの声が混じっていた。


「ああ、神よ!どうか子供たちを……!あの地下には、まだ子供たちが…!」


その声に、千尋はハッとした。やっぱり、まだ子供たちが閉じ込められていたんだ。彼女の心臓が警鐘を鳴らし、迷うことなく駆け出そうとした、その瞬間――


「ちーちゃん、伏せて!」


背後から、ソウマに乗った如月の悲鳴にも似た叫び声が響く。次の瞬間、千尋の体は強い力で突き飛ばされ、地面に叩きつけられる。彼女の目の前を、巨大な瘴気の塊が、轟音と共に通り過ぎていった。瘴気は地面を抉り、石畳を粉砕していく。


「マメ太!」


千尋は、その危険な一撃から身を挺して守ってくれたマメ太の名を叫び、彼の体を強く抱きしめた。マメ太は小さく唸ると、千尋の腕の中で震えだす。それは恐怖からではなく、まるで戦いの始まりを告げるかのように、強く震えていた。


千尋は、身を乗り出し、瘴気の塊へと手を伸ばした。


「この瘴気……なんか違う……!」


千尋は、瘴気に触れる能力を使い、瘴気の塊を掴んでみる。すると、瘴気の塊は、千尋の掌の中で、まるで意志を持つ生き物のように蠢いて逃れようとした。彼女がこれまで扱ってきた、単なる「穢れ」とは、質が全く違っていた。まるで、誰かの悪意と憎悪が凝り固まったかのような、冷たく、彼女の肌を突き刺すような、凍るような感覚が伝わってくる。


「千尋様、逃げて下さい!」


ユリウスが叫んだ。彼の顔は、怒りと絶望に染まっていた。彼には瘴気そのものを見ることはできない。だが、その瘴気から発せられる悪寒と、人々の恐怖を肌で感じ取り、これがオルフェウスが孤児院の地下に隠していたものだと悟ったのだ。


「オルフェウス様!これは一体、どういうことですか!」


ユリウスは、オルフェウスに向かって怒りを露わにした。しかし、オルフェウスは、その光景を冷酷な笑みを浮かべて見つめていた。彼の目的は、千尋とマメ太の力を試すこと、そして、彼らが制御不能になった時の反応を観察することだったのだ。


千尋の右手に絡み付く瘴気。人々を襲おうと勢いを増す瘴気の塊。そして、その悲劇を嘲笑うかのようなオルフェウスの冷たい視線。純粋な善意だけを胸に足を踏み入れた千尋は、自らが深淵の闇へと引きずり込まれる、その予兆を感じていた。


その瞬間、千尋の脳裏に、霧島が語っていた言葉が蘇った。


『この件は、君たちアストリア側の行動に委ねることになる』


霧島の言葉の真意を、今、痛いほど理解した。自分の無自覚な行動が、遠い国の権力争いに、そして目の前の人々の悲劇に繋がってしまったのだ。


「マメ太、行こう!私たちならできる!」


千尋は腕に纏わりついている瘴気を逃がすまいと掴みながら、マメ太に語りかける。マメ太は、その言葉に呼応するように、全身を震わせて大きな咆哮を上げ始めた。その咆哮は、瘴気の動きを鈍らせ、まるで空気を揺らす波のように、人々のパニックを少しだけ鎮めた。


「如月さん……!」


千尋は、如月に視線を送る。如月は、千尋の意図を察し、素早く頷いた。


「よし、行くぞ!ちーちゃんとマメ太を援護する!」


如月は、第二騎士団に指示を出し、巨大な魔石を瘴気の塊へと投げ込んだ。千尋は、マメ太と共に、瘴気を魔石へと押し込めようと試みる。


魔石が現れると、瘴気の塊は逃げるように遠ざかろうとする。マメ太は、瘴気を操る能力を最大限に発揮し、瘴気の塊を魔石へと誘導する。千尋は、瘴気に触れる能力を使い、マメ太が誘導した瘴気を、魔石の中へと押し込めていく。二人の力が、互いに連携し、強大な瘴気に立ち向かう。


「くっ……!」


千尋の右腕には黒い瘴気が、肩にまで達しようとしていた。千尋の右腕には焼けるような痛みが走り、皮膚の下に黒い血管が浮き上がる。それでも、彼女は、マメ太と共に、この瘴気をどうにかしなければと、歯を食いしばる。今まで、御使い様は、アストリアの魔法や物理攻撃には、無効の特性を持っていると思っていた。しかし、過去の記述になかったように、御使い様が瘴気に触れるのは初めてのこと、瘴気対する無効の耐性があるわけではないのかもしれないと、千尋は直感的に悟った。


今まで見てきた瘴気は、魔石に直ぐに吸収されていたのに、この黒い瘴気の塊は、吸収ではなく魔石から逃れようとする。もし逃がしてしまったら、魔石に吸収されることなく、魔物になったり、人に取り憑いて苦しめる筈。一つ残らず回収しないと。


「素晴らしい……!やはり、私の推測は正しかったようだ」


オルフェウスは、恍惚とした表情で呟いた。


「瘴気を操るのは、あのフェンリルだけではない。少女の御使い様自身も、瘴気に触れる能力を持っている。そして、この瘴気の塊は、私の力では制御できないが、あのフェンリルと御使い様の力があれば、より強大な瘴気の塊へと変換できるはずだ!」


オルフェウスの言葉は、誰の耳にも届かなかった。皆の意識は、ただ一つ、この危機を乗り越えることだけに向いていた。その最中、千尋はある変化に気づいた。今まで、逃げ惑う人々を襲いかかるように動いていた瘴気が、まるで主人に呼ばれるかのように、地下の方に戻っているように見える。子供たちが危ない。


しかし、その瞬間、事態は千尋たちの予期せぬ方向へと進んだ。


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