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第25 話慰問の始まりと、忍び寄る陰謀


ユリウスから受けた協力依頼に、千尋は心を躍らせた。人々を直接助けられる機会に、彼女は迷うことなく快諾した。それがオルフェウス卿という、王都でも一、二を争う権力者が主催する催しだと聞いても、千尋の純粋な心は疑うことを知らなかった。彼女の目に映るのは、ただ、困っている人々を救うという、一つの光だけだった。


霧島は、パソコンの画面越しに、千尋の報告を聞いていた。オルフェウス卿からの孤児院慰問の申し出に、彼は強い不信感を抱いた。オルフェウスが慈善事業に手を出すなど、彼の冷酷な性格を知る者からすれば、ありえないことだったからだ。


しかし、千尋の眼差しは、これまでにないほどやる気に満ちていた。彼女の言葉一つひとつに、人々を救いたいという純粋な思いが溢れている。霧島は、そのまっすぐな瞳に圧され、慰問を許可することにした。


「わかりました。ただし、条件があります」


霧島は、冷静な声で告げた。


「第一に、同行する第二騎士団の指示には必ず従うこと。そして、第二に、如月を君たちの付き添い役として同行させる」


千尋は、霧島の厳しい条件に少し驚いたが、すぐに頷いた。


「はい!わかりました!」


如月は、霧島の言葉に小さく頷いた。彼は、この任務が単なる慰問ではないことを、直感的に察していた。


約束の日、一行は王都の北側に位置する、オルフェウス卿が支援する孤児院へと向かった。


甲冑が擦れる重々しい音と共に、第二騎士団の屈強な騎士たちが、彼らを護衛するように付き添っている。石造りの荘厳な門をくぐると、手入れの行き届いた庭園が広がり、その奥には、立派な建物が建っている。孤児院というには、あまりにも立派すぎるその光景に、千尋はわずかな違和感を覚えた


その豪華な孤児院の門前で、第二騎士団の団長、レオンハルトと副団長のディートリヒが言葉を交わしていた。


「レオン、やはりきな臭いな」


ディートリヒが、周囲に悟られないよう小声で囁いた。彼の視線は、孤児院の奥にある建物の地下へと向けられている。


「ああ、わかっている」


レオンハルトは、静かに頷いた。彼の視線は、一行の先頭を行く千尋に注がれている。


「オルフェウス卿が、御使い様の力を利用しようとしているのは明白だ。今回の慰問も、表向きは慈善事業だが、その裏に何が潜んでいるか……」


「如月様の表情を見れば、警戒していることはすぐにわかる。だが、千尋様だけは、何も気づいていないだろうな」


レオンハルトの言葉に、ディートリヒは苦々しい顔をした。千尋の純粋な優しさが、かえって彼女を危険に晒している。それは、彼らが最も恐れていたことだった。


「我々の役目は、ただ一つ。何があろうと、御使い様方をお守りすることだ」


レオンハルトの瞳に、強い決意の光が宿る。彼は、騎士団の仲間たちに、静かに周囲の警戒を指示した。


門前には、すでに多くの人々が集まっていた。オルフェウスは、その中心で、満面の笑みを浮かべていた。白い上質な生地に金糸の刺繍が施された服を身につけ、その姿はまるで、絵本に出てくる王子様のようだった。


しかし、その内心は、苛立ちで煮えたぎっていた。


(まさか、第二騎士団の団長自らが護衛に就くとは……!レオンハルトとディートリヒ。あの二人が来ることは、予想外だった。厄介な監視役が増えた。だが……)


オルフェウスは、千尋たちの後ろに控える騎士団の姿をちらりと一瞥すると、すぐに満面の笑みを貼り付けた。


(構わない。所詮、彼らはただの護衛に過ぎない。この奇跡の前に、誰も手出しはできない。この国の、いや、この世界の王になるために、必要な駒だ。この小さな賭けに、全てをかける価値がある)


「ようこそ、御使い様方。本日は、この孤児院の子供たちを救うためにお越しいただき、心より感謝いたします」


オルフェウスの言葉は、集まった人々の心を揺さぶった。彼は、一人ひとりの言葉に耳を傾け、困っている人々に優しく声をかけている。その姿は、千尋が霧島から聞かされていた「冷酷な貴族」とはかけ離れていた。千尋は、安堵と共に、自分が抱いていたオルフェウスへの警戒心が、単なる偏見だったのかもしれないと思い始めていた。


それでも、千尋の心には、かすかな違和感が残っていた。この孤児院の子供たちは、皆、病に蝕まれているはずの貧困層の子どもたちにしては、あまりにも元気で、健康そうに見えたからだ。


千尋たちは、まだ知らなかった。今、無邪気に元気よく遊んでいる子供たちが、オルフェウスによって集められた近所の孤児院とは関係ない子供たちだということを。


孤児院の本当の子供たちは、地下に隠されている。孤児院の世話役のマザーたちも、精一杯の笑顔を見せているが、随分と痩せ細り、何かを心配している様子がうかがえた。


レオンハルトは、そんなマザーたちの様子を注意深く見ていた。彼の視線は、ただの慰問ではない、この場所に潜む闇の存在を確信していた。


慰問は、予定通りに始まった。ユリウスが子供たちの病状を一人ひとり丁寧に診断し、治療していく。千尋はユリウスが治療出来なかった濃い瘴気を、マメ太と共に取り除き、魔石に吸収させる。その「奇跡」を目の当たりにした人々は、希望に満ちた声を上げ、千尋とマメ太を「救世主」として称賛した。


如月は、千尋の活躍を誇らしげに見守っていた。彼は、千尋の能力に追いつけない悔しさを感じながらも、今この瞬間、自分たちがアストリアの未来を変える一員として、ここに存在していることに、確かな手応えを感じていた。


しかし、その平穏は、まるで劇的な舞台の転換のように、突如として破られた。


ゴゴゴゴ……


孤児院の地下から、重く不気味な地響きが聞こえてきた。人々はざわつき、顔を見合わせる。その音は次第に大きくなり、地面を揺らし始めた。そして、孤児院の建物の裏手にある、普段は閉ざされているはずの地下室の扉が、ゆっくりと、しかし確かな力で開いていく。


「な、何だあれは……!」


如月が、驚愕に顔を引きつらせた。


開いた扉の奥から、これまでに千尋が扱ったどの瘴気よりも濃く、不気味な光を放つ巨大な黒い靄が噴き出した。それは、まるで邪悪な意志を宿したかのように蠢き、人々を襲おうと勢いよく広がり始めた。人々の歓声は悲鳴へと変わり、パニックに陥った人々が、出口へと押し寄せ始めた。


その最中、オルフェウスは、ただ静かに、満面の笑みを浮かべたまま、千尋を見つめていた。彼の計画が、今、始まったのだ。


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