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第24話 マメ太の秘密と、深まる陰謀


治療院の一室に、信じられないほどの静寂が降りていた。千尋の掌にある小さな魔石から、黒い靄がまるで磁石に引き寄せられる砂鉄のように、ゆっくりと浮き上がり、部屋の中央にある巨大な魔石へと勢いよく吸い込まれていく。その光景を、千尋、葵、如月、大泉、そしてユリウスは、ただ呆然と見つめることしかできなかった。


この奇跡の真の源は、千尋の足元にいるマメ太だった。


マメ太は、満足そうに「クゥン」と鳴くと、千尋の足元に体を擦り寄せた。千尋は、驚きと興奮で震える手で、愛おしそうにマメ太の頭を撫でた。


「フェンリル様……あなたが……」


ユリウスは、千尋とマメ太に近づくと、震える声で尋ねた。


「千尋様、このフェンリルが、この力を?」


「はい。さっき私が試した時は、瘴気を取り出すことができませんでした。でも、マメ太が唸り声を上げたら……」


千尋の言葉に、ユリウスは深く頷いた。彼の瞳には、これまでの常識が覆されたことへの驚きと、新たな可能性への希望が入り混じっていた。


「千尋様、そして、お連れの御使い様方も。この力は、アストリアの医療、そして社会を根本から変えるかもしれません」


ユリウスの言葉に、葵、如月、大泉も、それぞれの想いを巡らせていた。彼らは、千尋のように瘴気を自在に操ることはまだできないが、訓練次第では、千尋に近づけるかもしれないという希望を抱いていた。千尋だけではない、御使い様という存在が、アストリアで新たな役割を担う可能性が見えたのだ。



オフィスに戻ると、千尋はユリウスの治療院で起こった出来事を、詳細に霧島に報告した。


「……マメ太に、そのような能力が」


パソコンの画面に映る霧島の顔に、一瞬だけ驚きが浮かんだ。しかし、すぐに彼は冷静な表情に戻った。


「千尋さん。そのマメ太の能力、地球側では検証できない」


千尋は、その言葉の意味をすぐに理解した。マメ太は、アストリアでは「フェンリル」と呼ばれる神聖な存在だが、地球ではただの原動機付自転車に過ぎない。その能力が地球で発揮されることはないだろう。


「この件は、君たちアストリア側の行動に委ねることになる」


霧島は、表情を一切変えずに続けた。


「ちなみに、他のフェンリルたちの様子はどうだった?」


如月は、マメ太以外のフェンリルたちの様子を報告した。


「葵のフェンリル、アウラは、瘴気に興味を示す様子はありませんでした。私のフェンリル、ソウマは、瘴気に触れると嫌がる素振りを見せました。大泉のフェンリル、クロノスは、瘴気に近づこうとしませんでした」


千尋も、マメ太以外のフェンリルたちが、瘴気を嫌がっているように見えたことを伝えた。


「なるほど……。反応は様々だったが、マメ太のように瘴気を操ることは出来なかった、ということか」


霧島は、小さく頷いた。


「はい、マメ太だけでした。私、マメ太の力には何か意味があると思うんです」


千尋の純粋な思いが、この世界の運命を繋ぐ架け橋となるかもしれない。しかし、その力は、千尋一人ではなく、マメ太という特別な存在に委ねられたのだった。



その日の夕方。ユリウスの治療院に、一人の男が訪れた。


「ユリウス・ハルバード殿、ごきげんよう」


男は、豪華な装飾を施された服を身につけ、上品な笑みを浮かべていた。その瞳の奥には、冷たい光が宿っている。


「オルフェウス・ベック様……なぜ、このような場所に」


ユリウスは、警戒心を隠さずに尋ねた。オルフェウスは、王都の貴族の中でも、特に権力を持つ人物として知られていた。


「噂を聞きましてね。ユリウス殿の治療院で、信じられないことが起きたと」


オルフェウスの言葉に、ユリウスは一瞬、息をのんだ。千尋とマメ太のことは、まだ誰にも話していないはずだった。


「ご冗談を。私はただ、日々の治療を……」


「白々しい真似はおやめください。私が知りたいのは、御使い様の力、そして、あの奇跡を起こした『相棒』についてです」


オルフェウスは、ユリウスの顔をまっすぐに見つめ、静かにそう言った。その瞳には、底知れぬ野心が宿っている。


ユリウスは、千尋とマメ太の力をオルフェウスに利用されるのではないかと恐れた。


「……お引き取りください。あなたにお話しすることなど、何もありません」


ユリウスは、オルフェウスを追い返そうとした。しかし、オルフェウスは、彼の心の奥底にある願いを巧みに突いてきた。


「ユリウス殿。私は、貧しい人々を救うために尽力されている、あなたを尊敬しています。私と手を組みませんか?私が資金を提供し、あなたに新たな治療院を設立していただく。貧困層から治療費を徴収せず、誰もが病から救われる、理想の場所を」


オルフェウスの言葉は、ユリウスが長年抱いてきた夢そのものだった。


「……まさか、あなた様がそのようなことを」


ユリウスの声が震えた。オルフェウスは、ユリウスの葛藤を見抜き、さらに言葉を続けた。


「もちろん、私にも利益はあります。孤児院を支援することで、市民からの信頼を得たい。それだけです。それに、御使い様の力を借りれば、不可能だったことも可能になるでしょう」


オルフェウスは、ユリウスに一通の手紙を渡した。そこには、壮大な計画が記されていた。


ユリウスは、オルフェウスの思惑を完全に理解することはできなかった。しかし、彼が長年抱いてきた夢が、今、目の前で現実のものになろうとしていた。


「……わかりました。お受けしましょう」


ユリウスは、苦渋の決断を下した。千尋とマメ太の力を借りて、この腐敗した社会を変える。それが、彼がオルフェウスの誘いに乗る、唯一の理由だった。


翌日、ユリウスから千尋に、新たな協力依頼が届いた。

それは、オルフェウス卿が支援する孤児院への慰問だった。ユリウスは、人々を助けるため、ぜひ千尋とマメ太の力を貸してほしい、と。


千尋は、人々を直接助けられる機会に、心を躍らせた。彼女は、それが貧しい人々を助けるための、純粋な任務だと信じて疑わなかった。


純粋な善意だけを胸に、千尋は自ら罠の入り口へと足を踏み入れた。オルフェウスが仕掛けた、巧妙な罠の存在を、微塵も知らないままに。


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