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第22話 会議室の密談と、小さな光


千尋と葵がオフィスを後にすると、それまで和やかだった空間から、たちまち活気が消え失せた。残された霧島、如月、大泉の三人は、重苦しい空気に包まれながらテーブルを囲む。今日の業務報告はすでに終えていたが、彼らの間に流れる緊張は、まだ解決すべき問題が山積していることを示していた。


「……というわけで、明日、君たちには瘴気に触れられるか試してみてほしい」


霧島が口火を切ると、如月は眉間に深い皺を寄せ、大泉は驚きに目を見開いた。


「霧島さん、それは……」


「わかっている。危険なことだと」


如月は言葉を続けようとしたが、霧島はそれを遮った。彼の視線は、二人の顔をまっすぐに見据えている。


「私たちはこれまで、御使い様として、この世界のルールに従ってきました。魔石の配達と回収という、決められた任務だけをこなして。それ以外の事ができると、考えもしなかった。過去の記録にも、そんな前例は記されていない」


如月は、自らの立場を語るように淡々と告げた。御使いの歴史の中で、瘴気に直接触れるという発想自体が、いかに異質であるかを物語っていた。


その言葉に続いて、大泉が口を開く。


「だが、ちーちゃんはそれをやってのけた。彼女が、我々とは違う特別な力を持っているのか、それとも、御使い様すべてが持つ潜在能力なのか……」


三人の間に、再び重苦しい沈黙が降りた。それは、未知の力への畏怖と、これから起こるであろう世界の変革への予感だった。千尋を守るためには、彼女の力の正体を知る必要があった。たとえそれが、危険な実験を伴うものであったとしても。


霧島が、静かにその沈黙を破った。彼の瞳には、千尋の行動がもたらした、世界の新たな可能性が映っている。


「それが、千尋さんだけの能力なのかはわからないが、御使い様の存在が、アストリアの中で大きく変わろうとしている。千尋さんを中心に、これから何かが変化しようとしているのかもしれない」



その頃、千尋は自室で、寝付けずにいた。


王都の裏側で見た、貧しい人々の姿が頭から離れない。救えるはずの命が、失われてしまうことがある現実。瘴気という、目に見えない脅威が、人々の生活を、そして命を蝕んでいる。


(なんとか、できないのかな……)


千尋はベッドの中で何度も寝返りを打った。瘴気が、貧しい人々の命を奪う。その原因は、高価な空の魔石を買い続けることができないから。


ならば、その問題を解決すればいい。


千尋の頭の中で、一つの考えが閃いた。それは、まるで、絡まった糸が一本、解けるような感覚だった。


(そうだ、魔石を再利用すればいいんだ……!)


今も魔石は再利用されているが、それは地球に持ち帰ってからだ。その手間とコストが、魔石を高価なものにしているのだろう。


「治療院に置いてあるような、大きな魔石があれば……小さな魔石に溜まった瘴気を、その場で吸収してしまうんじゃないかな?」


千尋は、その考えに胸が高鳴るのを感じた。地球の視点から考えても、小さなエネルギーを少しずつ回収するよりも、まとまったエネルギーを回収できる方が、はるかに効率がいいはずだ。


このアイデアが、アストリアの貧困問題を解決する糸口になるかもしれない。千尋は、明日、このことを霧島に話してみようと心に決めた。


ようやく、千尋は安らかな眠りにつくことができた。彼女の夢の中には、瘴気から解放され、笑顔で暮らす人々の姿が、鮮やかに描かれていた。


しかし、千尋はまだ知らない。その小さなアイデアが、アストリアの権力構造を揺るがし、彼女自身を大きな陰謀の渦に巻き込むことになることを。そして、彼女の無意識の行動が、すでに如月や大泉を、危険な実験へと駆り立てていることを。



その頃、王都の街中では、千尋に関する噂が水面に広がる波紋のように、人々の間で広まり始めていた。


「聞いたか?ユリウス先生の治療院で、御使い様が起こした奇跡の話」


「ああ、穢れた瘴気を直接吸い込んで、子供を救ったんだろ?病気も治せるらしいぞ」


人々は、事実を誇張し、そこに希望という色を塗り重ねていった。ポーションや魔術師の魔法でも治らなかった病が、御使い様の一触れで治る。その噂は、瞬く間に王都の隅々まで広がり、人々は「奇跡」を求めてユリウスの治療院へ足を運び始めた。


ユリウスは、助けられた子供の回復力に、ただただ驚きを隠せずにいた。ポーションを投与した後も、通常ならば数日の療養が必要なはずだ。しかし、子供は翌日には完全に元気を取り戻していた。


「千尋様……あなたのお力は、ポーションや魔術師の魔法でも解決できない問題に、光をもたらすのかもしれない」


ユリウスの心には、千尋の無自覚な優しさと、彼女の能力が持つ無限の可能性が、強い希望として焼き付いていた。彼は、もう一度千尋に会いたいと強く願っていた。



一方、王都から離れた場所にある隠れ家で、オルフェウスは不敵な笑みを浮かべていた。彼の部下が、王都で広まる噂を報告している。


「卿、王都では『御使い様の奇跡』の噂で持ちきりです。なんでも、穢れた瘴気を直接手で吸い取ったとか……」


「馬鹿な。そんなことがあり得るわけがない」


オルフェウスは、嘲笑うようにグラスを傾けた。しかし、部下が続けた報告に、彼の表情は一瞬で変わった。


「…噂の出所は、ユリウス・ハルバードの治療院です。そして、その場に御使い様が居合わせ、子供を救ったというのは事実のようです」


オルフェウスの目が、鋭く光る。御使いが、過去の記録にない未知の力を持っている。それは、彼が何よりも欲していた力だった。


「これまでの御使いとは違う……ユリウス・ハルバードの件は、ただの戯言ではなかったようだ」


オルフェウスは、立ち上がると、窓の外に広がる闇を見つめた。これまでの強引な手段は、御使いをいたずらに警戒させるだけだ。千尋の力を手に入れるには、彼女の無自覚な優しさを利用するしかない。


「良いだろう。今度は、私からお膳立てして差し上げよう。御使い様が、自ら私の元へ来るように」


彼の計画は、千尋の純粋な善意を餌にした、巧妙な罠として静かに動き始めていた。



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