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第21話 瘴気の真実と、無償の優しさ


ユリウスの治療院を後にした千尋は、その後、二軒の治療院を回り魔石の交換と回収を行った。一軒目の出来事のせいで、緊張しっぱなしだったが、レオンハルトとディートリヒが常にそばにいてくれたおかげで、無事に今日の仕事を終えることができた。


王都の門をくぐり、ゲートへ向かう。いつもの場所に到着すると、千尋はマメ太から降り、レオンハルトとディートリヒに深々と頭を下げた。


「今日一日、ありがとうございました。明日からもよろしくお願いします」


レオンハルトは「はい」と真面目な短い返事を、ディートリヒは「任せとけって!千尋様が無事に戻れてよかったよ」と、いつもの緩い口調で返してくれた。その言葉に、千尋の張り詰めていた気持ちが少しだけ緩んだ。



オフィスに戻ると、霧島が笑顔で迎えてくれた。


「無事の帰還、ご苦労様でした。今日の業務日誌、お願いします」


千尋はパソコンに向かい、今日の業務内容を淡々と打ち込んでいく。しかし、心の中では、今日一日ずっと気になっていたことがあった。頭から離れないのは、子供の体にへばりついていた黒い靄と、ユリウスの悲しそうな顔。業務日誌を書き終えると、千尋は意を決して霧島に尋ねた。


「霧島さん、魔石に吸い込まれるあの黒い靄は、瘴気ですよね?」


「そうです。アストリアでは、魔法を使用すると発生する副産物のようなものです」


霧島の返答に、千尋はさらに疑問を投げかけた。


「瘴気は、魔法を使うと発生するんですよね?今日、私が回った治療院は、常に魔法を使用しているので、大きめの魔石を使用していると聞きました。でも、あの…」


千尋は言葉を選びながら、今日見た光景を思い出す。


「治療を受けていた人たちの中に、傷口に瘴気が付いていたり、小さな子供の胸辺りに瘴気が付いているのが見えたんです。小さな子供は、まだ魔法なんて使えそうもないのに、どうして瘴気が…?」


千尋の問いに、霧島は驚いたように目を見開いた。御使い様には、皆、瘴気を見ることができる。しかし、それはアストリアでの生活に慣れ、徐々に魔力に順応していく中で、だんだん見えるようになるものだ。千尋がアストリアに来てまだ二日しか経っていないにもかかわらず、はっきりと瘴気を視認していることに、霧島は驚きを隠せなかった。千尋の潜在能力は、彼が想像していた以上に高いのかもしれない。


「魔物から受けた傷には、瘴気が付いてきます。冒険者たちは、常に小さな空の魔石を持っていて、その魔石に瘴気を吸収させてから、ポーションで回復をするんです」


「なるほど…」


千尋は頷いた。冒険者が常に魔石を持っている理由が分かった気がした。


「しかし、深い傷などは、全ての瘴気を吸収しきれないため、ポーションが効きにくくなる。そして、空の魔石は貴重で高価なため、ランクの低い冒険者は、魔石に容量以上の瘴気を吸収させようとして、完全に瘴気を取り除くことが出来ないことがある…それが、治療院に運ばれてくる患者さんたちの症状です」


千尋は、冒険者の厳しい現実を突きつけられ、言葉を失った。


「子供の場合は、ごく稀に、生まれつき魔力が低いことがあります。魔力が低すぎると、瘴気を自然に跳ね返すことができず、瘴気のせいで病気になってしまうことがあるんです。貴族などは、幼いうちは空の魔石を持たせて瘴気から子供を守ります。成長すると魔力が増えるので、子供の時だけ持たせればいい」


霧島の言葉に、千尋は深く考え込んだ。


「しかし、平民では高価な空の魔石を買い続けることができないため、命を落とすことも珍しくありません。酷くなる前に治療院に来れば、治療はできますが、治療院も決して安い費用ではありません。なので、平民の間では、子供が二回も治療院の世話になることがあると『この子は弱い』と判断され、三回目にもなると諦める親も出てくる…」


千尋は、アストリアの華やかな王都の裏に隠された、悲しい現実を知った。瘴気という目に見えないものが、人々の命を、そして家族の絆までも脅かしているのだ。


千尋が、今日のユリウスの治療院で起きたことを話そうとした、その時だった。


「お疲れ様でーす!」


元気な声が聞こえ、葵たちが戻ってきた。皆の顔に疲労の色は見えるが、どこか充実した表情をしていた。


全員が揃ったところで、千尋は今日ユリウスの治療院で起きたことを話した。


子供に瘴気が憑りついていたこと、ユリウスの魔法が効かなかったこと、そして、マメ太が瘴気を口にしようとしたから、千尋がそれを引き剥がし、魔石に詰め込んだこと。


話を聞いていた全員が黙り込み、考え込んでいた。部屋に重い沈黙が流れる。


その沈黙を破ったのは、葵だった。


「えっ、ちーちゃん!あの黒い靄を触ったの!?」


「触ったというか、引き剥がすというか…」


千尋は、曖昧な返事をする。葵は信じられないといった様子で、如月と大泉の方に確認するように聞いた。


「ねえ、あの黒い靄って触れるの?掴めるの?」


大泉は困惑した表情で首を振り、如月は「試したことはありません」と答える。


葵は千尋に駆け寄り、心配そうに千尋の手を握った。


「ちーちゃん、あの黒い靄を触って大丈夫だった?痛くなかった?」


「大丈夫です。アストリアでは瘴気は穢れたものとして扱われてますけど、地球ではエネルギーとして使われてますし、ちょっとピリッとするくらいの覚悟でした。でも、実際は何ともなかったです」


千尋はそう言って、再び今日の出来事を思い返した。


(あの時は、マメ太が危険なものを口にしてしまうんじゃないかと、それだけは絶対にダメだと思って、咄嗟に…)


千尋が取った行動は、親子のことよりも、マメ太の身を案じる無償の優しさからくるものだった。


しかし、その行動がアストリアの人々にとっては、子供の命を救う「奇跡」として映ったのだ。千尋は、そのことに気づいていない。ただ、ユリウスや母親が心から感謝してくれたことに対し、少しだけ申し訳ない気持ちになっていた。



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