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第19話 初めての配達と、新たな出会い


窓から差し込む柔らかな朝の光が、オフィスを優しく照らしていた。淹れたてのコーヒーの香りが漂い、いつもと変わらない穏やかな雰囲気が漂っている。昨日の緊迫した出来事が嘘だったかのように、誰もが日常を過ごしている。だが、千尋の心は少しだけ違っていた。今日から、彼女はアストリアでの本格的な仕事が始まるのだ。


王都内をマメ太と一緒に配達・回収する。葵、如月、大泉は別の場所で作業することになり、王都へ向かうのは千尋一人だけ。マメ太と二人きりの仕事に、ウキウキする気持ちと、仲間と離れていることへの不安が混じり合う。


ゲートをくぐると、すでにレオンハルトとディートリヒが馬に跨り、千尋を待っていた。


「ちーちゃんを、よろしく頼む」


大泉が笑顔でそう声をかけると、千尋は思わず照れくさそうに笑った。アストリアではもう、「ちーちゃん」が自分の名前なのだと、少しずつ言い聞かせている。幼い頃のあだ名に戸惑う気持ちもあるけれど、信頼する仲間が呼んでくれることへの嬉しさも、今は感じていた。


「必ずお守りします」


レオンハルトがまっすぐな瞳で告げた。千尋はマメ太に跨がり、レオンハルトたちは馬に騎乗して王都へと出発する。


今日の仕事は、王都にある複数の治療院を回り、地球で使用済みとなった空の魔石を配達、負の瘴気が溜まった魔石を回収すること。昨日、観光で通った城門とは違い、王族や貴族専用のような入り口から王都に入ると、門を守る騎士たちが千尋に丁寧な挨拶をした。千尋は、その格式高い雰囲気に、背筋がピンと伸びるのを感じた。


馬の蹄の音と、マメ太の足音が規則的に響く。


昨日、少しだけアストリアを観光したが、まだまだ千尋の知らない街並みや、個性的な店が続く光景に、彼女は胸を躍らせた。魔法の道具を売る店、空飛ぶ絨毯が吊るされた露店、そして耳の尖ったエルフが営む花屋。色とりどりの花が咲き誇るその店先から、甘く清々しい香りが風に乗って漂ってくる。見るものすべてが物珍しく、千尋はキョロキョロと辺りを見回した。


そんな千尋の様子を、ディートリヒは微笑ましげに見守っていた。それとは対照的に、隣を走るレオンハルトの表情は厳しい。街の隅々まで、まるで悪意を探すかのように鋭い視線を巡らせている。


「レオン、初日からそんなんじゃ持たないぞ」


ディートリヒが軽口を叩くが、レオンハルトは「ああ」とだけ短く返事をした。彼の警戒が解かれることはなかった。


千尋はマメ太の背中で、心の高鳴りを抑えきれずにいた。


「やっぱり、ワクワクする!」


(異世界だ、ファンタジーだ!)


しかし、そんな興奮も束の間、千尋はアストリアの複雑な街並みや、馬車と人がひしめく大通りに戸惑い始める。どちらへ向かえばいいのか、どの道が正しいのか、一瞬判断に迷った時、マメ太は千尋の指示を的確に理解し、レオンハルトたちの後をしっかりと付いていく。時には、馬車が通れないような狭い路地を、器用に抜けたりと、その機転と能力を発揮する。


千尋は、言葉が通じなくても、マメ太との間に確かな信頼関係が築かれていることを実感した。


そして、ようやく一軒目の治療院に到着する。


建物から降りた千尋は、安堵と達成感でいっぱいになった。マメ太の頭を優しく撫でながら、心の中で何度も褒めたたえる。


「マメ太、すごいよ!最高だよ!」


マメ太は、千尋の喜びの感情に呼応するように、嬉しそうに尻尾を振った。


その様子を静かに見つめるレオンハルトの瞳に、かすかな安堵の色が浮かんだ。しかし、彼の表情が再び険しいものに変わるまで、時間はかからなかった。


治療院の扉が開く。そこから現れたのは、白衣を纏い、柔らかな笑顔を浮かべた一人の青年だった。


「新しい御使い様でしょうか?ご降臨、心よりお慶び申し上げます。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」


青年は千尋に優しく話しかけた。千尋は、その丁寧な言葉遣いと穏やかな眼差しに、一瞬言葉に詰まった。彼は、昨日出会ったオルフェウスとは真逆の、温かく清らかな雰囲気を持っていた。


「わ、私は千尋と申します。そちらは、」


千尋は、とっさにレオンハルトたちを指差そうとしたが、青年はすぐに言葉を続けた。


「第二騎士団の方々ですね。いつもお世話になっております。私は、この治療院の院長を務めております、ユリウス・ハルバードと申します」


ユリウスと名乗る青年は、千尋が持っている配達用のカバンに視線を向けた。


「千尋様が、噂の御使い様ですね。この度は、貴重な魔石配達、穢れた魔石の回収を引き受けてくださり、誠に感謝いたします」


ポーションは、アストリアに暮らす人々にとって、怪我や病気を治すための重要な薬だ。高価なものは平民には手が出せないが、冒険者にとっては命綱でもあった。ユリウスの治療院は、ポーションでは治せないような重い傷や病気を、魔法を使い治療する場所だ。緊急を要する時や、より早く完治を望む者たちが多く利用している。


千尋は、そんな彼の真摯な態度に、心から感銘を受けた。


「いえ、こちらこそ、初めての仕事で至らない点もあるかと思いますが、精一杯頑張ります!」


千尋が元気にそう答えると、ユリウスはふわりと微笑んだ。その笑顔は、まるで春の陽だまりのように温かかった。


「あ、ありがとうございます…あの、もしよかったら…私のことを『御使い様』ではなく、『千尋』と呼んでいただけませんか?」


千尋は、少しだけ勇気を出してそう伝えた。特別扱いされることに、まだ慣れていないのだ。


「ええ、もちろん。では、千尋様と。どうぞ中へ、魔石はすでに準備ができております」


ユリウスに促され、千尋は治療院の中へ入っていく。その背後で、レオンハルトはユリウスの柔らかな笑顔と、千尋の嬉しそうな横顔を交互に見つめていた。彼の表情は、先ほどまでの険しいものから、再び警戒の色へと変わっていく。


(ユリウス・ハルバード…平民の出でありながら、若くして治療院の院長にまで上り詰めた優秀な若者。だが…)


レオンハルトの脳裏に、如月から伝えられた情報が蘇る。


(平民層からの支持が厚く、貴族院とも一定の距離を保っている。だが、その裏で、王都に存在する魔術師ギルドとの繋がりも確認されている)


レオンハルトは、ユリウスの背後にある、目には見えない影を探すように、その背中を鋭い眼差しで見つめていた。


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