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第18話 微睡の帰り道と、小さな予感


地球のオフィスへと戻る道中、千尋は不安と興奮が入り混じった複雑な気持ちのままだった。先程の出来事が、まるで一本の映画のように脳裏で再生される。マメ太が突然現れたこと、そして彼の瞳が一瞬だけ深い藍色に変わったこと。それは夢ではなく、紛れもなく現実に起こったことなのだ。


マメ太の背に跨がり、揺られながら千尋は隣を歩く大泉の真剣な表情を眺めていた。そして、レオンハルトの、あの真面目な顔が頭から離れない。


「ねえ、マメ太…」


千尋が不安げに声をかけると、マメ太は小さく「クゥーン」と鳴いた。言葉を話せないマメ太は、千尋の頭にそっと体をすり寄せることができない代わりに、その温かい体温で千尋を包み込む。彼の毛並みの下に隠された筋肉の鼓動が、千尋の不安な心臓の鼓動と重なって聞こえるようだった。


「…どうして、私の気持ちがわかったの?」


千尋の問いかけに、マメ太は一鳴きすると、いつものように風を切りながら元気よく走り出した。


その背に乗って、千尋は一つの可能性に気づき始めていた。


(私の喜びや安心だけじゃなくて…もしかしたら、恐怖や不安といったネガティブな感情も、マメ太に伝わってるのかもしれない)


レストランで感じた、オルフェウスの悪意。それに呼応するように、マメ太は千尋のもとへ駆けつけた。それは偶然ではなく、必然だったのかもしれない。千尋は、マメ太の温かさを感じながらも、その温かさが自分の負の感情によって危険な力に変わってしまうかもしれないという事実に、ゾッとして全身が震えた。


(私の感情を、もっとコントロールしなきゃ…)


千尋は、マメ太の背にそっと触れながら、自分の中で静かな決意を固めた。


門をくぐり、『Another World』の地球オフィスに戻ると、霧島と如月が三人を迎えた。彼らの顔には、張り詰めた緊張が浮かんでいる。


「お疲れ様です!」


そんな緊迫した空気を、葵の元気な挨拶が一瞬にして和ませた。彼女のいつもの天真爛漫なテンションに、皆が少しだけ表情を緩める。


霧島が苦笑いをしながら、静かに口を開いた。


「皆さん、今日も無事の帰還、ご苦労様でした」


皆がいつも通りに過ごしているなか、千尋はマメ太にどこか異変がないかと、慎重に撫で回していた。その姿に、やはり千尋はこの中の誰よりも、マメ太に対する想いが強いと、霧島は感じていた。それは、単なるペットや乗り物への愛着ではなく、もっと深い、魂の繋がりにも似たものだった。


「葵と千尋さんは、今日はもう帰ってもいい」


霧島の言葉に、葵は嬉しそうに飛び跳ねた。


「わーい!ありがとうございます、霧島さん!ちーちゃん、明日からマメ太とのお仕事が始まるね。観光で疲れただろうから、今日はゆっくり休んでね」


葵の明るく元気な雰囲気と対象的な、霧島たちの真剣な表情。千尋は、その間に広がる温度差に戸惑いながらも、出勤二日目にしてはあまりにハードすぎる出来事に、素直に帰宅することにした。



千尋と葵が帰ったオフィスで、霧島たちは話し合いを始めた。


「相手もすぐに行動を起こすことはないだろう。お互いに情報を集める期間があるはずだ」


大泉が硬い声で言うと、霧島は静かに頷いた。


「千尋さんの護衛は、引き続き第二騎士団に任せる。あまりに警戒し過ぎては、余計に何かあると相手に告げているようなものだ。当面は、現行の体制を維持する」


如月は心配そうに口を開いた。


「ですが、千尋さんの能力は…」


「暫くは様子見だ。だが、もし何かあれば、すぐに行動できるように準備を進めておく」


大泉の言葉に、如月は納得したように頷いた。霧島は、静かに窓の外を見つめながら、千尋の能力が持つ可能性と、それに伴う危険性について、深く考え込んでいた。




自宅に着いた千尋は、昼間の出来事が嘘のように静かなリビングのソファでくつろいでいた。


夕食の時、千尋がどこか浮かない顔をしていることに気づいた母親が、心配そうに声をかけてきた。


「千尋、あんた出勤二日目にして、もう後悔してるの? だからバイク便なんて、この年齢から始めるべきじゃないって言ったのに」


母親の言葉に、千尋は慌てて否定した。


「別に後悔なんてしてないよ」


「マメ太と仕事ができるって、張り切ってたくせに」


「そうだよ。マメ太は可愛い」


千尋は、マメ太を思い浮かべながら、素直にそう答えた。


「原付が可愛いって…」


母親は、深いため息をついた。


「…新しい職場には、いい人いないの?」


母親の問いかけに、千尋は少し考えてみた。そして、その脳裏に最初に浮かんだのは、レオンハルトの真面目な顔だった。


「イケメンはいる」


千尋は、思わず小声でそう答えた。


母親は、千尋の口から出た意外な言葉に、一瞬、箸を持つ手を止めて固まった。そして、次の瞬間、まるでスイッチが入ったかのように身を乗り出して叫んだ。


「千尋がイケメンって! あんた、あの俳優の誰それだって、顔がいいのは知ってるけど興味ないって言ってたじゃない! お父さん、千尋にもようやく春が来たみたいだよ!」


母親の声に、千尋は顔を真っ赤にして慌てた。


「ちょっと、そんなんじゃないからね!」


いい人と聞かれ、真っ先に思い浮かんだのはレオンハルトだった。美形なら、如月もいるのに…。千尋は、自分の心の中に生まれた小さな感情に、モヤモヤとした気持ちを抱えていた。それは、この異世界での生活が、少しずつ、彼女の心に変化をもたらしている証拠だった。



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