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第16話 食卓を囲む温もりと、迫りくる思惑の影


「わぁ、このシチュー、すごく美味しい! お肉がトロトロで、野菜の甘みもしっかりしてる!」


冒険者ギルドでの騒動から一転、千尋たちは王都の喧騒を離れた一軒のレストランで、ようやく穏やかな時間を過ごしていた。使い込まれた木のテーブルや椅子が並ぶ温かな店内には、暖炉の薪がパチパチと爆ぜる音と、食欲をそそる香辛料の匂いが満ちている。窓から差し込む午後の光が、四人の顔を優しく照らしていた。


向かいに座る葵は、千尋の無邪気な笑顔に満面の笑みを浮かべる。


「でしょ? ここは葵のお気に入りのレストランなんだ! ちーちゃんも気に入ってくれてよかった!」


「はい、こちらは王都でも有名なお店です。料理長は元宮廷料理人でございますから」


ディートリヒが満足そうに自分の料理を口に運びながら言った。その隣で、レオンハルトは相変わらず真面目な顔で窓の外を警戒している。


(まさか、こんな風に、御使い様方と食事をすることになるとはな……)


レオンハルトは、隣で楽しそうに話す千尋たちの姿を横目で見ていた。普段、威厳ある御使い様として接してきた葵とは違い、千尋はまるで歳の離れた妹のようだ。彼女の無邪気な笑顔を見るたびに、騎士としての職務を全うしなければならないという理性と、彼女を守りたいという本能が、心の奥底で葛藤する。無意識のうちに、剣を握る手に力がこもった。


そんな穏やかな時間が流れる中、千尋は時折、窓の外を警戒するレオンハルトの姿を気にしていた。


「レオンハルトも、どうぞ。せっかくの美味しい料理なんだから、一緒に楽しまないと」


葵がそう言って微笑みかけると、レオンハルトは、一瞬だけ警戒の表情を緩めた。その顔に浮かんだ柔らかな色が、すぐに真剣な面持ちに戻る。小さく頷く彼の表情は、ほんの少しだけ和らいでいるように見えた。


その時、レストランの扉が勢いよく開き、一人の男が入ってきた。豪華な装束を身につけたその男は、いかにも貴族といった風体だ。男は店内の客を見回すと、千尋たちの席にまっすぐ向かってきた。


「御使い様方、ご挨拶が遅れ、大変申し訳ございません。王都貴族院に所属する、オルフェウス・フォン・グランツァーと申します」


男はそう言って、優雅な仕草で深々と頭を下げた。その瞳は、千尋の幼い姿をじっと見つめている。


「千尋様、我ら貴族院は、御身の御降臨を心より歓迎いたします。つきましては、ささやかではございますが、我がグランツァー家が主催する歓迎の宴にご招待申し上げたく……」


オルフェウスの言葉に、千尋は困惑した。まだ異世界に来て間もないというのに、もう貴族の宴に誘われるとは。


「申し訳ありませんが、オルフェウス様。千尋様は、まだ王都に慣れていないため、お招きはご遠慮させていただきます」


レオンハルトが、冷たい声でオルフェウスの言葉を遮った。彼の隣に座るディートリヒも、笑顔の裏に警戒の色を浮かべている。


「これはこれは、レオンハルト様。第二騎士団長自ら御使い様方の護衛とは、よほどのご寵愛ぶりですね。ですが、御使い様は、特定の者に独占されるようなお方ではございません」


オルフェウスは、レオンハルトの言葉をいなしながら、千尋に甘い笑みを向けた。その視線の奥には、千尋の力を利用しようとする、明確な思惑が見え隠れしていた。


「千尋様、ご安心ください。御身を心より敬愛しております。ですが、あのような者どもの甘言に騙されてはなりません。彼らは、御身の力を独占しようとする、武力だけの集団なのです!」


オルフェウスは、そう言って千尋に手を伸ばそうとした。その瞬間、レストランの扉が再び勢いよく開き、一人の男が足早に入ってきた。


「オルフェウス、ここでの無礼な振る舞いは許されないぞ」


大泉が、冷たい声でそう告げた。彼の言葉に、オルフェウスの顔から笑顔が消えた。


「御使い様……! なぜ、ここに……」


「オルフェウス、我々は女神イリス様の眷属。御身の御厚意には感謝するが、我々の予定は既に決まっておる」


大泉は、オルフェウスの問いに答えることなく、冷徹な声でそう告げた。オルフェウスは、大泉を睨みつけ、侮蔑に満ちた声で言った。


「『女神イリス様の眷属』? ふざけた名を名乗る者どもが。御披露目で、あの様な祝福を頂いたのは千尋様だけではないか。まさか、その力の秘密を、お前たちだけが独占しようとしているのか?」


オルフェウスの言葉に、大泉の表情はわずかにこわばった。彼は、オルフェウスが千尋の特別な力を知っていることに、驚きを隠せないでいた。


「オルフェウス、これ以上の無礼は、見過ごせない」


普段の温和な笑顔を一切消し、ディートリヒが冷徹な声でそう告げた。その表情は、まるで氷のように冷たかった。レオンハルトもまた、剣の柄に手をかけたまま、オルフェウスを鋭い眼差しで見つめている。オルフェウスは、二人の騎士のただならぬ気配に気圧され、悔しそうに千尋を睨みつけると、やがてレストランを後にした。


「ご心配をおかけして、申し訳ありません。ですが、これが、この世界の現実です。あなた方の力を狙う者は、王都に数多く存在します」


レオンハルトは、そう言うと千尋に深々と頭を下げた。続いて、葵と大泉にも頭を下げ、護衛の不手際を謝罪する。


「……何が、何だか、よく分からないけど……、あの人、なんだか怖かった」


千尋は、そう言って、大泉の背中に隠れるように身を寄せた。大泉は、千尋の頭を優しく撫でた。



その頃、明るい陽光が差し込むレストランとは対照的に、薄暗い『Another World』のオフィスでは、如月と霧島がタブレット端末のモニターを並んで見つめていた。


画面には、レストランでのオルフェウスと千尋たちのやり取りが、リアルタイムで映し出されている。


「……オルフェウス・フォン・グランツァー。貴族院の中でも、最も力を持つグランツァー家の嫡男か。やはり、動きが早かったな」


霧島は、そう言って、タブレット端末に表示されたオルフェウスのプロフィールを睨みつけた。


「彼の狙いは、間違いなく千尋さんの『女神の寵愛』です。あの力は、世界を動かすほどの可能性を秘めている。それを知れば、誰もが利用しようとするでしょう」


如月は、神妙な面持ちでそう告げた。


「ああ。御披露目の儀式で発現したあの力は、過去の記録を読み解く限り、『女神の寵愛』間違いない。だが、問題は、その力がなぜ、このタイミングで、しかも千尋さんに発現したかだ」


霧島は、そう呟くと、オフィスの壁に掛けられた巨大な世界地図を見つめた。地図上には、いくつかの印が記されている。


「『女神の寵愛』は、世界が大きな危機に直面した際に、女神が送り出した存在に稀に与えられる力だ。この世界の過去を遡っても、三度しか確認されていない。そして、そのいずれもが……力を狙う者たちによって、その身を滅ぼされている」


霧島は、そこで言葉を区切った。その表情は、苦悩に満ちている。


「千尋さんを、その悲劇の歴史を繰り返させるわけにはいかない」


霧島は、そう言うと、如月に一つのタブレット端末を渡した。


「如月、君に頼みがある。千尋さんの『女神の寵愛』を隠蔽し、彼女が普通に仕事ができるよう、新たな計画を立ててくれ。千尋さんの力のことは、絶対に話さないように。この計画は、私と君、そして大泉の三人で極秘裏に進める」


霧島の言葉に、如月は驚きを隠せないでいた。それは、これまで霧島が立ててきた、壮大な計画を根本から覆すような、大胆な提案だったからだ。


「ですが、霧島さん。それでは、我々の計画が……」


「計画など、どうでもいい。千尋さんの命と、彼女の笑顔を守ることが、我々の第一の使命だ。」


霧島は、そう言って、椅子から立ち上がると、オフィスの窓から見える王都の街並みを見つめた。彼の瞳には、千尋の無邪気な笑顔が焼き付いている。


「千尋さんを、この世界の闇から守り抜く。それが我々の、新たな任務だ」


霧島は、そう呟くと、再びタブレット端末を操作し始めた。彼の瞳の奥には、千尋がこれから辿るであろう、波乱の未来を見据えるような、深い光が宿っていた。


千尋の異世界での生活は、まだ始まったばかりだ。しかし、彼女の知らないところで、巨大な陰謀と、それを阻止しようとする者たちの思惑が、静かに、そして複雑に絡み合い始めていた。


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