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第15話:王都の休日と、動き出す思惑の影 (後半)


王都の活気あふれる通りに、人々の話し声やどこからか聞こえる吟遊詩人の歌、そして馬車の車輪が石畳を転がる音が響き渡っていた。千尋と葵、そしてレオンハルトとディートリヒが歩いていた。


千尋と町の人々のやりとりに、レオンハルトは思案げな表情で彼らを見つめていた。これまでの御使い様とアストリアの人々の間には、明確な線のようなものが存在した。女神様の眷属として、誰もが踏み入れることのできない、神聖なバリアのようなものがあった。だが、今、葵と千尋に対する人々の対応には、わずかながら違いがある。葵が醸し出す威厳と御使い様としての神々しさに対して、千尋は見た目のせいか親近感のようなものが存在する。それがこれからどう作用するのか、彼の心には一抹の不安がよぎっていた。


(御使い様は、遠くから見守るべき神聖な存在。しかし、あのような無邪気な笑顔を見せられると、まるで妹を見守る兄のような感情が湧いてくる。これは、騎士としてあるまじきことだ。私は、彼女を守る盾とならねばならない。ただそれだけだ。だが、もし、彼女がこのまま、周囲の人々を惹きつけ、その親近感を利用されるようなことになれば……。いや、そんなことは絶対にさせない。)


「わぁ、見て見て、ちーちゃん! あれ、可愛いアクセサリーのお店だよ! 私、あそこでイヤリング買いたいな!」


葵は、まるで子供のように目を輝かせながら、千尋の手を引く。千尋は、その活気に満ちた雰囲気に、先ほどまでの緊張が解けていくのを感じた。


「うん、可愛いね! でも、葵さん、お仕事中に大丈夫なの?」


「大丈夫だって! ちーちゃんと一緒なら、全部、お仕事だから! 騎士団も、ちーちゃんの護衛と、王都の視察ってことで、一石二鳥でしょ?」


葵は、そう言って、レオンハルトとディートリヒにウインクをした。


「……全く、仕方ないな」


レオンハルトは、苦笑いを浮かべながら、首を横に振った。彼の冷たい態度は、どこか和らいでいるように見えた。


「よーし、ちーちゃん! まずは、パン屋さんに行こう! ここのパンは、絶品なんだよ!」


葵は、千尋の手を握り、パン屋の方向へと走り出した。千尋は、その活気にあふれた雰囲気に、自然と笑顔になっていた。


「ちーちゃん、ここのパン、すごく美味しいんだよ! ほら、この焼き立てのパン、すごくいい匂いでしょ?」


葵が、千尋の口元にパンを差し出す。千尋は、そのパンを一口食べると、驚きに目を丸くした。外はカリッと香ばしく、中は驚くほどふっくらとした食感。口いっぱいに広がる芳醇なバターと小麦の香りが、千尋の心を解きほぐしていく。


(こんなに美味しいパンがあるなら、この世界も悪くないかも…)


その無邪気な表情に、葵は満面の笑みを浮かべた。


「ちーちゃん、初めての異世界で、美味しいものをたくさん食べて、幸せになってほしいな!」


葵は、そう言って、千尋の頭を優しく撫でた。その光景を、ディートリヒは微笑ましそうに見つめていた。


「レオン、良かったじゃないか。御使い様が、あんなに楽しそうにしている」


「……ああ」


レオンハルトは、短くそう答えるだけで、千尋の楽しそうな姿を、ただじっと見つめていた。彼の表情は、相変わらず真面目だったが、その瞳には、どこか安堵の色が浮かんでいるように見えた。


(この安堵は、騎士としての使命感からくるものなのか、それとも…いや、今は考えるべきではない。)


「それにしても、レオン。御使い様の周りって、どうしてこうも騒がしいんだろうな」


ディートリヒは、そう呟きながら、千尋と葵の二人を、穏やかな眼差しで見つめていた。彼の言葉に、レオンハルトは何も答えず、ただ静かに頷いた。


千尋は、葵と王都の観光を楽しんでいた。パン屋さん、アクセサリーのお店、そして、香ばしい匂いが漂う露店。どれもこれも、千尋にとっては初めての光景で、胸が弾むようだった。しかし、その賑やかな街の片隅で、二人の騎士が、千尋の姿を遠くから見つめていることに、千尋はまだ気づいていなかった。


「ちーちゃん、そろそろお昼にしようか! 葵のおすすめのお店があるんだ!」


葵は、そう言って、千尋を王都の奥にある一軒のレストランへと連れて行った。そのレストランは、外観はそれほど豪華ではないが、中に入ると、温かみのある木造の空間が広がっていた。店内に足を踏み入れると、暖炉の薪がパチパチと爆ぜる音が耳に心地よく響き、香辛料の効いたシチューの匂いが食欲をそそる。


「ここ、葵のお気に入りのレストランなんだ! 美味しい料理がたくさんあるから、ちーちゃんもきっと気に入るはずだよ!」


葵は、そう言って、千尋を窓際の席へと案内した。窓からは、王都の街並みが一望できる。


「わぁ、素敵なお店だね!」


千尋は、そう言って、目を輝かせた。


「お二人、楽しんでいらっしゃいますね」


ディートリヒが、そう言って、千尋たちに近づいてくる。レオンハルトは、少し離れたところで、窓の外を警戒している。


「ディートリヒも、レオンハルトも、一緒にどうですか? 美味しい料理、一緒に食べましょうよ!」


葵は、そう言って、二人に声をかけた。


「いや、我々は……」


レオンハルトが、断ろうと口を開きかけたその時、ディートリヒが、レオンハルトの言葉を遮るように言った。


「ありがとうございます、葵様。では、お言葉に甘えさせていただきます」


ディートリヒは、そう言って、レオンハルトの肩を叩き、席についた。レオンハルトは、渋々といった表情で、ディートリヒの隣に腰を下ろした。


「レオンハルトも、どうぞ、お気遣いなく。美味しい料理を食べて、リラックスしてください!」


葵は、そう言って、レオンハルトに微笑みかける。レオンハルトは、葵の言葉に何も答えず、ただ静かに食事を始めた。しかし、その表情は、少しだけ柔らかくなっているように見えた。


千尋は、そんな彼らの姿を微笑ましく見つめていた。異世界での初仕事は、不安と戸惑いの連続だったが、同僚たちと、そして騎士団の二人と、こうして一緒に食事をすることで、少しずつ、この世界に馴染んでいけるような気がした。


「さあ、ちーちゃん! どんどん食べて、元気を出して、明日からの仕事も頑張ろうね!」


葵は、そう言って、千尋の皿に料理を乗せる。千尋は、その優しさに、胸がいっぱいになった。


「ありがとう、葵さん!」


千尋は、そう言って、満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、まるで、王都の街並みを照らす太陽のように、明るく輝いていた。



しかし、千尋たちが食事を楽しんでいる頃、王都の裏路地では、不穏な空気が漂っていた。


「おい、聞いたか? 新しい御使い様が、教会に現れたらしいぜ」


「ああ、聞いた。なんでも、幼い姿の御使い様だってな」


「しかも、女神の祝福まで受けたらしいじゃねえか。そんなの、歴史書にも載ってねえ」


「あんなのが、本当に世界を救うのかよ」


男たちは、そう言って、不気味な笑いを浮かべた。彼らの瞳には、嫉妬と、そして千尋に対する不信感が宿っていた。


「ちっ、御使い様だかなんだか知らねえが、俺たちには関係ねえ。俺たちの目的は、『瘴気の根源』だ」


男たちの会話は、闇の中に消えていった。しかし、その言葉は、まるで千尋の未来を暗示するかのように、不吉な響きを放っていた。千尋の異世界での生活は、まだ始まったばかりだ。そして、彼女の知らないところで、巨大な陰謀が、静かに動き始めていた。


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