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第15話:王都の休日と、動き出す思惑の影 (前半)


「きゃあ! ちょっと、イザベラ、ちーちゃんを離して! 誘拐はダメですー!」


冒険者ギルドに響き渡る葵の悲鳴は、千尋の耳に未だこびりついているようだった。SSランク冒険者であるイザベラは、「子猫みたいで可愛いんだから、少しの間、抱っこさせてよ」と、千尋を軽々と抱き上げ、まるでぬいぐるみを愛でるように頬ずりをした。そのカオスな状況から千尋を救ってくれたのは、如月の静かな一言だった。


「イザベラ、御披露目の儀式を終えたばかりの御使い様を、これ以上困らせないでください。我々には報告義務がありますので、そろそろ失礼します」


如月は、イザベラに対して常に敬意を払いながらも、決して譲らない毅然とした態度でそう告げた。彼の言葉に、イザベラは一瞬だけ拗ねたような表情を見せたが、やがて千尋をそっと地面に下ろすと、不満げな口調で言った。


「ちぇ、せっかく面白い御使い様を見つけたと思ったのに。瞬の言うことなら仕方ないか」


イザベラは、如月に向かってそう告げると、興味を失ったかのようにギルドの奥へと消えていった。


「危なかった〜! ちーちゃん、大丈夫だった? いきなり誘拐されそうになって、葵、心臓が口から出るかと思ったよ!」


葵は、まるで自分が被害者であるかのように千尋に駆け寄り、その肩を抱きしめた。千尋はそんな葵の姿に苦笑いを浮かべるしかなかった。


「はは、大丈夫だよ、葵さん。それより、私、そろそろお腹が空いたかな……」


千尋は、緊張で疲弊した体を癒やすかのように、王都の活気にあふれた雰囲気を楽しもうとした。


「レオンハルト、ちーちゃんと葵、くれぐれもよろしくお願いします」


如月は、千尋と葵に小さく頷くと、颯爽とギルドの裏口から走り去っていった。その姿は、まるで風のようだった。


「じゃあ、私たちもそろそろ行こうか! ちーちゃん、お腹空いたんでしょ? 美味しいものがたくさんある王都を案内してあげる!」


葵は、千尋の手を握り、王都の賑やかな通りへと向かおうとする。しかし、その瞬間、二人の前にレオンハルトとディートリヒが立ちはだかった。


「お二人、どこへ行かれるのですか? 御使い様方を、このような雑踏の中へお連れするわけにはいきません。危険です」


レオンハルトは、いつもの真面目な口調でそう告げた。


「えー、レオンハルト、せっかくちーちゃんと王都観光するんだから、大丈夫だってば! 危険なことなんて、絶対にさせないから!」


葵は、不満そうな表情でレオンハルトを見上げる。


「いえ、そういうわけにはいきません。御身に何かあっては、我々第二騎士団の名折れとなります」


レオンハルトの言葉に、千尋は困惑した。せっかくの王都観光だというのに、騎士団の二人に見張られるのは、少しばかり息苦しい。


「レオン、そんなに堅いことを言うなよ。御使い様も、たまには気晴らしがしたいだろう。それに、俺たちが一緒なら、危険なことなんて絶対に起こさせないさ」


ディートリヒが、レオンハルトの肩を叩き、千尋に微笑みかけた。その笑顔は、どこか悪戯っぽい光を宿している。


「ディートリヒ……!」


レオンハルトは、ディートリヒを睨みつけるが、ディートリヒは肩をすくめるだけで、一向に気にしない。


「御使い様、俺たちが王都を案内しますので、どうぞ、ごゆっくりと楽しんでください」


ディートリヒは、千尋にそう告げると、葵と一緒に王都の通りへと歩き出した。レオンハルトは、しばらくの間、二人の後姿を複雑な表情で見つめていたが、やがてため息をつくと、彼らの後を追った。



一方、ギルドマスターの部屋では、大泉とザムザが、静かに酒を酌み交わしていた。


「憲治、御使い様方に、騎士団長が付き添うとは、どういうわけだ?」


ザムザは、グラスを傾けながら、大泉に尋ねた。


「ああ、まあ、もともと第二騎士団は、御使い様関連の担当だ。たまたま、今までは必要なかったがな」


大泉は、淡々と答える。彼の言葉には、どこか含みがあるように聞こえた。


「まあな、憲治、瞬、葵に護衛は要らないよな。だが、今回の御使い様は少し違う」


ザムザは、大泉の言葉に頷きながら、千尋の姿を思い浮かべた。御披露目の儀式での、あの神聖な光。そして、幼い姿。


「ああ。ちーちゃんは、あの姿だからか、御披露目の時にも、気になる視線がいくつかあった。それに、彼女の持つ『祝福』の力は、我々が知るものとは違うようだ」


大泉は、そう言ってグラスを空けた。ザムザも、大泉の言葉に納得したように頷く。


「それに、可愛いもんだ。ちーちゃん、か」


ザムザがそう呼んだことに、大泉は何も言わなかったが、その表情には、どこか満足げな色が浮かんでいた。


「あの二人は、特にあのレオンハルトは、御使い様をどう見ている?」


「あいつは、ちーちゃんの幼い姿に、騎士としての使命感と、個人的な保護欲が入り混じっているようだな。ディートリヒは、そんなレオンハルトを面白がっているようだが、本質はちーちゃんのことを真摯に思っている。あの二人を味方につけておくのは、良策のはずだ」


大泉は、そう言って酒を飲み干した。ザムザも、大泉の言葉に頷き、再びグラスに酒を注ぐ。


「しかし、御披露目でのあの光は、一体……」


ザムザは、そう呟きながら、遠くの王都の景色を眺めていた。その瞳には、遠い昔の記憶が宿っているかのようだった。



時を同じくして、『Another World』のオフィスでは、如月が霧島に、御披露目の儀式の報告をしていた。


「……以上が、御披露目の儀式の詳細です。教会での式典は滞りなく終了しましたが、懸念事項が一つ」


如月は、そう言って、教会のモニターに映し出された、千尋が光に包まれる映像を再生した。


「この光景は、過去の御使い様には見られなかったものです。千尋さんが祝福された際、私たちが感じたのは、ただの神聖な力ではなく、まるで世界そのものが喜んでいるかのような、不思議な感覚でした」


如月の言葉に、霧島は、いつもの冷静な表情を崩さず、ただモニターの映像を見つめていた。しかし、その瞳の奥には、わずかな動揺が垣間見えた。


「やはり、君もそう感じたか。彼女の『適応能力』は、我々の想定を遥かに超えているようだ。そして、あの光は、単なる祝福ではない」


霧島は、そう言って、タブレット端末を操作し、千尋のステータス画面に表示された『女神の寵愛(ランク:Ex)』という項目に、『予測不能』と書き加えた。彼の指がわずかに震えているように見えた。


(『女神の寵愛』か…。まさか、あの伝説が本当に存在し、しかも千尋さんに発現するとは。もしこの力が世に知れれば、彼女は『御使い様』としてではなく、信仰の対象として、あらゆる勢力に利用されることになる。それでは、我々の計画が…いや、何より、彼女の身が危ない。)


霧島は、そう言って、如月を部屋から退出させた。如月が去った後、霧島は一人、モニターに映し出された千尋の姿を見つめていた。


「まさか、『女神の寵愛』が、あそこまで強力に発現するとはな……。これは、我々の計画にも大きな影響を与えるだろう」


霧島は、そう呟くと、再びタブレット端末を操作し始めた。彼の瞳の奥には、千尋がこれから辿るであろう、波乱の未来を見据えるような、深い光が宿っていた。



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