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第14話 王都の冒険者ギルドは、カオスで大騒ぎ


御披露目の儀式を終えた私たち御使い様が次に案内されたのは、王都の中心部から少し離れた場所にある、冒険者ギルドだった。教会での厳かな雰囲気とは打って変わって、道中、千尋たちに同行するのは、先ほど自己紹介を済ませた第二騎士団長のレオンハルトと、その隣に立つ副団長のディートリヒの二人だけだった。教会を出た瞬間、先ほどの神聖な光景が嘘のように、彼らの表情は再び引き締まり、周囲への警戒を強めているのが見て取れた。


その時、これまで自己紹介の場にいなかったディートリヒが、千尋に近づき、片膝をついて深々と頭を下げた。


「御使い様、この度はご降臨、誠におめでとうございます。第二騎士団副団長、ディートリヒ・フォン・エーレンフェルトと申します。昨日は無礼をお許しください。」


昨日、草原で千尋を見て驚きを隠せずにいた彼は、今は真面目な表情で挨拶をしている。しかし、その瞳の奥には、どこかおどけたような光が宿っているように見えた。


「い、いえ! こちらこそ、突然驚かせてしまってすみませんでした……!」


千尋は慌ててそう答える。彼の真摯な態度に、千尋は再び顔が熱くなるのを感じた。


「ディートリヒ、無駄話はいい。御使い様方をギルドへご案内するぞ。」


レオンハルトが、冷たい声でディートリヒを制止する。その表情は相変わらず真面目で、千尋たちに背を向けた彼の横顔は、どこか苦悩を秘めているようにも見えた。


(あ、この人、やっぱり私に警戒してるんだ……。そりゃ、こんな子供みたいな御使い様、見たことないもんね……)


千尋は、レオンハルトの視線に、少しだけ胸がチクリと痛むのを感じた。しかし、千尋の知らないところで、レオンハルトは、彼女の幼い姿を見るたびに、胸の奥で渦巻く感情を必死に抑え込んでいた。


(御使い様は、神聖な存在。ましてや、あのように幼いお方を……、騎士の務めを全うする上で、あってはならないことだ……! 私は、彼女を守る盾とならなければならない。それ以上でも、それ以下でもない……!)


彼の冷たい態度は、千尋への好意と保護欲を必死に理性で抑え込もうとする、彼の騎士としての矜持の現れだった。


冒険者ギルドは、王都の建物の中でもひときわ大きく、ごつごつとした岩肌のような外観をしていた。正面の扉は冒険者たちで賑わっているようだが、私たちはそこからではなく、裏手にある小さな扉から入ることになった。


「裏口から入るなんて、なんか秘密工作みたいだね!」


葵が目を輝かせながら言う。


「御使い様の御身を、粗暴な冒険者たちにお見せするわけにはいきません。特に、最近は不穏な動きを見せる者もおりますゆえ、警戒を怠るわけにはいきません。」


レオンハルトが、冷徹な声でそう答える。彼の言葉に、千尋は再び緊張が走るのを感じた。


裏口の扉を開けると、そこには驚くべき光景が広がっていた。広大な中庭には、私たちのフェンリルたちだけでなく、様々な動物たちがのんびりと寛いでいた。大きなグリフォンが日向ぼっこをしていたり、ユニコーンが水を飲んでいたり……まるで動物園のようだ。


(わぁ! すごい! みんな、こんなところでリラックスしてるんだ!)


千尋は、その光景に再び目を輝かせる。


すぐに、ギルドの職員らしき男性が千尋たちをギルドマスターの部屋に案内してくれた。彼の案内でたどり着いた部屋の扉を開けると、そこにいたのは、がっちりとした体格の男性だった。年齢は40代くらいだろうか、短く刈り込んだ髪と鋭い眼光は、荒々しい冒険者たちを束ねる者としての威厳を感じさせた。


ギルドマスターは、千尋たちを見るとすぐに、頭を下げた。


「御使い様方、この度はご降臨、心よりお慶び申し上げます。」


「顔を上げていただいて結構です。いつも通りで構わない。」


大泉が落ち着いた声でギルドマスターに声をかける。


大泉の言葉に、ギルドマスターはチラリと騎士団のレオンハルトとディートリヒを見た。彼らはまだ、御使い様に対して敬意を払っているため、ギルドマスターもどうすればいいか迷っているのだろう。


「大丈夫だ、ギルドマスター。」


大泉は、そう言ってギルドマスターの背中を軽く叩いた。その仕草に、二人の長年の信頼関係が垣間見える。


(おいおい、御使い様方がこんなにフランクなのか!?)


ディートリヒは目の前の光景に内心で驚きを隠せないでいた。教会での厳かな雰囲気とは打って変わって、御使い様たちがギルドマスターとこれほど親密に接しているとは。普段、王城で見る御使い様たちは、もっと威厳があり、近寄りがたい存在だったはずだ。彼らの態度の軟化ぶりに、ディートリヒは戸惑いを覚える。


「じゃあ、お言葉に甘えて。」


ギルドマスターは、そう前置きをして、千尋の前に歩み寄った。そして、千尋の幼い姿をじっと見つめ、にやりと笑った。


「冒険者ギルドマスターのザムザ・バルバロスだ。聞いてはいたが、確かに小さいな。」


ザムザは、そう言いながら千尋の頭を優しく撫でた。


「それに、将来が楽しみの可愛さだ。ようこそ、アストリアへ。」


その言葉を聞いた葵が、ギルドマスターの目の前で、嫌ー! と叫び出した。


「嫌ー! ちーちゃんが! ちーちゃんが誘拐されちゃう!」


葵はそう言って、ザムザに掴みかかろうとする。しかし、如月がその肩を掴み、冷静に引き止めた。


「葵、落ち着け。ザムザはそういう意味で言っているわけではないだろう。」


「でも! ちーちゃんは私のプロデュースするアイドルなんだから! 他の人に取られちゃう!」


葵はそう言って、不満そうにザムザを睨みつける。


(なんだ、このカオスな状況は!?)


ディートリヒは、目の前の光景に頭を抱えたくなった。御使い様が、ギルドマスターに頭を撫でられ、それに激怒する別の御使い様。そして、それを冷静に引き止める御使い様。普段の彼らが持つ神聖なイメージとは、あまりにもかけ離れた光景だった。


(それにしても、レオン……)


ディートリヒは、隣に立つ親友のレオンハルトに視線を向けた。レオンハルトは、ギルドマスターが千尋の頭を撫でた瞬間、一瞬だけ表情を硬くし、千尋に駆け寄ろうとしていた。その行動は、ディートリヒの目には、明らかに「保護欲」に見えた。


(まさかとは思ったが、今までどんな美女が近寄って来ても見向きもしなかったくせに、まだ少女の御使い様に、そんな反応をするとは……。お前、そんなやつだったのか、レオン!?)


ディートリヒの脳内では、親友の意外な一面に、驚きと、ほんの少しの呆れが入り混じっていた。


その時、扉からコンコンとノックの音がした。ザムザが返事を返す前に、扉が勢いよく開き、一目で強者がもつオーラを漂わせた、とても美人な女性が入ってきた。彼女の纏うオーラは、教会で感じた大司教の神聖なオーラとはまた違う、力強さと野生を感じさせるものだった。

入って来たのは、王都で唯一SSランクのパーティーのリーダー、イザベラだった。


「瞬、やっぱりいた。騒がしいと思ったら、お前たちの声だったんだよ。」


イザベラは、そう言いながら如月に話しかける。その口調は、御使い様に対してあまりにも気安いものだった。

そのあまりの気安さに、レオンハルトとディートリヒが動こうとする。


「無礼な! 御使い様に…!」


レオンハルトが剣の柄に手をかけた時、如月が手で制止の合図をした。


「相変わらずですね、イザベラは。御披露目が終わったら、きっと来てくれると思っていましたよ。」


如月は、そう言いながらイザベラに向かって微笑む。


「お前、いつも呼び出しには来ないくせに、こんな時だけは鼻がききやがって。」


ギルドマスターのザムザが、呆れた声でそう言う。


イザベラは、そんな二人のやり取りを無視するように、千尋の前に歩み寄った。そして、千尋の目線に合わせてしゃがみ込む。


「初めまして、御使い様。王都で唯一SSランクの冒険者パーティーのリーダー、イザベラと申します。御降臨、心より歓迎いたします。」


彼女の言葉には、先ほどのギルドマスターと同じく、威厳と親しみが同居していた。


「あ、ありがとうございます! わ、わたくし、千尋と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします!」


千尋は、イザベラの圧倒的なオーラに少し気圧されながらも、なんとか自己紹介を済ませる。


イザベラは、千尋の挨拶に満足そうに頷くと、突然、千尋の両脇に手を差し入れ、ひょいと抱き上げた。


「本当に可愛い御使い様だな。こんなに小さくて、まるで子猫みたいだ。」


流石にこの行動には、レオンハルトが怒りを露わにし、千尋に向かって駆け寄ってくる。


「おい、離せ! 御使い様を軽々しく触るな!」


「ちょっと! ちーちゃんを抱き上げるなんて、イザベラでも許しません!」


葵も、そう叫びながらイザベラに向かってくる。


そんな二人から、イザベラはひょいと身をかわし、千尋を抱きかかえたまま、部屋の中を走り回る。


「きゃあ! 助けてー!」


千尋は、驚きに固まっていたが、突然の状況に悲鳴を上げた。


(うわぁー!なんだろう、このカオス! 御使い様って、こんなに大変な役職だったの!?)


千尋は、イザベラの腕の中で、ただただ悲鳴を上 げるしかなかった。異世界での生活は、思っていたよりも、ずっとずっと波瀾万丈になりそうだ。


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