表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/44

第13話 異世界デビューは、盛大に、そして予想外に


荘厳な騎士団に先導され、私たちはアストリアの王都へと向かっていた。白銀の鎧を纏った騎士たちの隊列は、まるで生き物のように整然と進む。彼らの馬の蹄の音が、広大な草原に響き渡り、その音は千尋の胸の鼓動と重なっていた。遠くにそびえ立つ白亜の城壁と、その向こうに広がる壮大な街並みが、徐々にその姿を現す。その威容は、地球のどんな高層ビルよりも、歴史と神秘を感じさせた。


王都の正門をくぐり抜けた瞬間、まるで別の世界に足を踏み入れたかのような感覚に陥った。門の向こうから、一気に人々の熱気が押し寄せてくる。


「わぁ……!」千尋は思わず声を上げた。門の向こうに広がっていたのは、磨き上げられた石畳が敷き詰められた道と、中世ヨーロッパを思わせる木造の建物が立ち並ぶ活気に満ちた街だった。道行く人々は、私たちの姿を見ると、一斉に立ち止まり、目を輝かせ、そして歓声を上げる。その歓声は、まるで自分たちが凱旋する英雄になったかのようで、千尋は気恥ずかしさと高揚感が入り混じった複雑な気持ちになった。


「ちーちゃん、王都の門を通ったよ! すごい歓声だね!」


隣を走る葵が、興奮した様子でこちらに話しかけてきた。彼女は御披露目の前だというのに、全く緊張していないように見える。その瞳は、まるで初めて見るお祭りに来た子供のようにキラキラと輝いている。


(ちーちゃん……。葵さん、私の見た目に合わせて、完全に子供扱いしてるんだよね。私、29歳のアラサーなんだけどなぁ……。なんだかむず痒いというか、ちょっと複雑な気持ちになるな。でも、この状況で「私、アラサーです!」なんて言えるわけないし……)


「うん、すごい……! みんな、私たちのこと歓迎してくれてるんだ!」


「当たり前だよ! ちーちゃん、御使い様はアストリアの希望なんだから!」


葵の言葉に、千尋は胸の奥が熱くなるのを感じた。しかし、その高揚感も束の間。千尋の周囲を、葵、如月、大泉が、まるで鉄壁の護衛のように固めていることに気づく。彼らは、千尋に何か危険が及ばないよう、常に周囲を警戒しているようだった。その厳かな雰囲気に、千尋は再び緊張が最高潮に達するのを感じる。


(え、ちょっと待って。さっきまで、あんなに和やかな雰囲気だったのに、なんで急にこんなに厳かな感じに!?)


千尋が内心でパニックになっていると、葵がこっそりと耳打ちしてきた。


「ちーちゃん、御披露目が終わったら、王都観光しようね! きっと楽しいから!」


葵の言葉に、千尋は思わず「観光」という単語に反応してしまう。


「観光!楽しそう!」


「あと、御披露目のときは、自己紹介とこれからの抱負? みたいな感じだから、あんまり難しく考えなくていいからね!」


葵はそう言うと、千尋にウインクをした。


(自己紹介と抱負……! もっと早く言ってよぉぉぉぉ!)


観光という甘い誘惑に喜んだのもつかの間、千尋は一気に現実に引き戻される。緊張で胃がキリキリと痛み始めた。


騎士団に先導され、私たちは王都の中心部にある、ひときわ大きく荘厳な建物へと向かった。それは、まるで世界遺産のような、立派な教会だった。巨大な石造りの壁は、悠久の時を物語るかのように歴史を感じさせ、そびえ立つ尖塔は天に届かんばかりだ。その威容に、千尋はただただ圧倒される。


教会の門をくぐり、中に入ると、さらに圧倒的な光景が広がっていた。きらびやかな衣装を纏った人々が、ずらりと並んで私たちを待っている。彼らは皆、私たちの姿を見ると、一斉に頭を下げた。


(うわぁ……! 皆、すごい偉そうな人たちだ……! しかも、全員頭を下げてる……! 私たち、本当にそんなに偉いの!?)


千尋は、その光景に再びパニックに陥る。


私たちは、その頭を下げた人々の間を、まるでレッドカーペットを歩くかのように進んでいく。そして、聖なる光を放つ女神イリスの像がある、一番奥の場所へとたどり着いた。そこで、葵、如月、大泉と並んで立ち、千尋もようやく一息つくことができた。


すると、大泉が静かに声をかける。


「皆様、顔を上げていただいて結構です。」


その言葉を合図に、人々は一斉に頭を上げた。その中には、騎士団の姿も見える。彼らの表情は、緊張と期待が入り混じっていた。


王族からの挨拶から始まり、大司教が御披露目の儀式の開始を宣言した。大司教の厳かな言葉が教会に響き渡る。その声は、まるで天から降り注ぐ光のように、教会の隅々まで響き渡り、千尋の心に直接語りかけてくるかのようだった。彼の纏う神聖なオーラは、千尋がこれまで感じたことのない、圧倒的な威厳を放っていた。


そして、ついに千尋の自己紹介の番が回ってきた。


(やばい! 緊張する! 何を話せばいいの!?)


千尋は頭の中が真っ白になりながらも、なんとか自己紹介と抱負を口にした。


「わ、わたくし、千尋と申します……。この世界に来たばかりで至らぬ点も多いかと存じますが、皆様のお役に立てるよう、精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします……!」


言葉を紡ぎながらも、千尋の額には冷や汗が流れていた。しかし、なんとか無事に挨拶を終えると、教会中に温かい拍手が響き渡る。その拍手は、千尋の緊張を少しだけ和らげてくれた。


その時だった。


千尋の頭上、教会の最奥に鎮座する女神イリスの像が、突如としてまばゆい聖なる光を放ち始めた。その光は、まるで意思を持つかのように、まっすぐに千尋へと降り注ぐ。光の粒子が千尋の体を包み込み、彼女のフリルのドレスをきらめかせた。


教会にいた人々は、その光景に一斉に息を呑んだ。そして、次の瞬間、驚きと興奮が入り混じった大歓声が、教会の高い天井にこだました。


「おおおおおっ!」

「聖なる光だ! 御使い様が祝福されている!」

「これぞ、真の御使い様のご降臨の証!」


人々は口々に叫び、中には感極まって涙を流す者までいた。


この現象は、今までの御使い様の御披露目の儀式では、一度も起きたことのない出来事だった。


千尋の隣に立つ葵、如月、大泉も、その光景に驚きを隠せない様子で千尋を見つめていた。


葵は目を丸くし、口をあんぐりと開けている。如月は、普段の冷静さを失い、わずかに眉をひそめ、その瞳には驚愕の色が浮かんでいた。大泉もまた、長年の経験を持つベテランとは思えないほど、呆然とした表情で千尋を見つめている。彼らの視線は、千尋の幼い姿と、その頭上に降り注ぐ聖なる光を交互に捉え、何かを測りかねているようだった。


(え、何これ!? また私、何かやっちゃった!?)


千尋は、突然の光と周囲の反応に、再びパニックに陥っていた。頭の中は真っ白だ。自分が何をしたのか、全く理解できない。ただ、この光が、自分に向けられていることだけは分かった。


光がゆっくりと収束し、教会に再び静寂が戻る。しかし、その場の熱気は、以前にも増して高まっていた。

儀式が無事に終わると、私たちは教会の奥にある応接間に通された。そこには、先ほどのきらびやかな人々が、私たちの到着を待っていた。


応接間に通されると、王族など主要な役職、貴族、騎士団の自己紹介がはじまった。


「アストリア国王、アルベルト・フォン・アストリアです。御使い様方のご降臨、心より歓迎いたします。」


国王は、威厳に満ちた声で自己紹介をした。その声には、長年国を治めてきた者の重みが宿り、千尋は思わず背筋を伸ばした。彼の纏う豪華な衣装と、その瞳の奥に宿る知性は、まさに王者の風格だった。その隣には、王妃と第一王女が控えている。王妃は優雅な微笑みを浮かべ、第一王女は好奇心に満ちた瞳で千尋たちを見つめていた。特に国王の視線は、千尋の幼い姿に、どこか探るような色を帯びているように見えた。


そして、騎士団の自己紹介の番になった。


「第二騎士団長、レオンハルト・フォン・ヴァイスシュトラールと申します。」


千尋は、その声に思わず顔を上げた。そこにいたのは、昨日草原で出会った真面目そうな騎士だった。彼の視線は、千尋の幼い姿をじっと見つめている。その視線に、千尋は再び顔が熱くなるのを感じる。彼の表情には、昨日感じた驚きと、どこか複雑な感情が混じっているように見えた。


自己紹介が終わると、私たちは少しだけ会話を交わし、教会を後にした。応接間の豪華な調度品や、きらびやかな人々との会話は、千尋にとって、まるで夢の中の出来事のようだった。


「ちーちゃん、緊張したね! でも、ちゃんと挨拶できて偉かったよ!」


教会を出ると、葵が千尋の肩を抱き、そう言ってくれた。


「うん……葵さんがプロデュースしてくれたおかげだよ……」


千尋は、力なく笑いながらそう答える。


(御披露目、無事に終わったけど……これから、どうなるんだろう……?)


千尋は、不安と期待が入り混じった複雑な感情を胸に抱きながら、夕暮れに染まるアストリアの空を見上げるしかなかった。四人目の御使い様、千尋の異世界での本当の物語は、今、始まったばかりだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ