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第11話 激震! 御使い様、まさかの「ちーちゃん」呼び!?


キーンコーンカーンコーン!


けたたましい終業のチャイムが、警視庁地下のカフェテリア、もとい『Another World』の司令室に鳴り響いた。壮大な「女神の御使い」の説明を受け、まだ頭の中が宇宙を漂っているような千尋は、その耳慣れた音にハッと現実へと引き戻される。


「霧島さーん! ただいまー!」


「お疲れ様でした」


カフェの入り口から、弾むような声が響いてきた。葵と如月、そして大泉だ。彼らはそれぞれ異世界での任務を終え、オフィスへと戻ってきたらしい。疲労の色は見えるものの、その顔にはどこか達成感が漂っていた。千尋はなんだかんだで初対面からの緊張が解けたこともあり、反射的に笑顔で出迎える。


「葵さん、如月さん、大泉さん! お疲れ様です!」


千尋の溌溂とした声に、霧島も小さく頷き、彼らを労った。


「皆さん、今日も無事の帰還、ご苦労様でした。」


その言葉を聞きつけた葵は、千尋の姿を捉えた途端、まるで電池切れのおもちゃのようにプルプルと震え始めた。その視線は、会議室の大きなモニターに釘付けになっている。そこには、先ほどまで千尋が映し出されていたアストリアの草原の映像が、まだぼんやりと残像のように映し出されていた。


「な、なに……なに、あの可愛い天使は……!」


葵は、まるで宝物でも見つけたかのように、目を輝かせながら叫んだ。その興奮ぶりは、まさに霧島が危惧していた「感情の昂ぶりが予期せぬ事態を引き起こす可能性」そのものだった。20代のアイドルさながらの可愛らしい顔が、完全に興奮で歪んでいる。


「ち、千尋さんなの……? あのちっちゃい天使、千尋さんだったの……? しかも、原付ちゃんは小さいフェンリルになるの……? ぷるぷる、もふもふ……ずるい、ずるすぎる……!」


ぶつぶつと独り言を呟きながら、葵は今にもモニターに吸い込まれそうな勢いだ。その目は完全にハートマーク。その様子は、まるでアイドルのライブで最前列にいる熱狂的ファンさながらだった。


(あれ? あの葵さん、さっきまでクールな印象だったのに……こんなキャラだったの!?)


千尋は、目の前の光景に呆然とした。アストリアでのロリ姿も、フェンリル化したマメ太の姿も、すべてこの年下の葵に見られていたのかと、恥ずかしさで顔が熱くなる。


すると、葵は突如、千尋に向き直り、きらめく笑顔で勢いよく宣言した。


「千尋さん、いや!これからは、ちーちゃんと呼びます! 私の、ちーちゃん!」


「はぁぁぁあ!?」


千尋の脳内で、けたたましい警報ベルが鳴り響いた。


(なんで!? なんで私だけ、あだ名なんだー! しかも「ちーちゃん」!? 可愛いのは嬉しいけど、これは違う! いや、嬉しいのはほんのちょっぴりで、絶対違う! なんか、一気に距離感がバグった!? いや、バグってない!? え、待って、まさか私、狙われてる!? いやいや、そんなまさか、被害妄想だって!)


心の中で叫びが木霊する。葵の脳筋ぶりと、その突拍子もない発言に、千尋はただただ戸惑うばかりだった。

そんな千尋の混乱をよそに、霧島は冷静な声で三人に告げた。


「さて、皆揃ったところで、緊急で連絡事項がある。今日、御披露目の先触れを出したばかりだが、明日、急遽御披露目を行う。」


霧島の言葉に、場にいた全員の動きがぴたりと止まった。


「は……? 明日って、流石に早すぎませんか?」


大泉が冷静ながらも驚きを隠せない様子で問いかけた。彼の常識からすれば、あまりにも急すぎる決定だったのだろう。


「御使い様の御披露目は、アストリアでも最も神聖な儀式の一つ。準備に数日はかかるはずでは……」


大泉の言葉に、葵も、千尋に寄り添うようにして抗議する。


「そうだよ、霧島さん! ちーちゃんの御披露目は、もっと盛大に、華やかにやろうよ! せっかくだから、衣装も準備して、スペシャルな演出を考えてさ!」


(葵さん、あんたは私を一体何だと思ってるんだ……!? 推しのアイドルか何かか!?)


千尋は内心で突っ込んだが、それよりも「明日、急遽御披露目」という言葉が頭の中でループしていた。たった一日で、異世界での「神様のお使い」としてのデビューが決まるなんて、冗談にもほどがある。


これまで決して感情を揺らがせなかった霧島らしからぬ、急な発言に、如月が眉をひそめた。


「霧島さんらしくないですね。何かあったのですか?」


如月は、鋭い視線で霧島を見つめた。その眼差しは、ただならぬ事態を察しているかのようだ。


霧島は、ため息一つで答えた。


「ああ。実は、先ほど千尋さんがアストリアで騎士団二人と接触してしまった。幸い、深入りはされなかった。あの二人なら大丈夫だとは思うが、これは完全に予定外だった。」


その言葉を聞いた瞬間、大泉、葵、如月の三人の顔から、一斉に血の気が引いた。彼らの間で、重苦しい沈黙が広がる。


少し間を置いて、沈黙を破ったのは如月だった。彼の表情は、一転して真剣なものになっている。


「……なるほど。確かにそれならば、明日の御披露目が一番良いかもしれませんね。」


大泉も、腕を組みながら難しい顔で頷く。


「そうですね。下手に時間を置けば、彼らの間で情報が広まる可能性もあります。御使い様の突然の出現は、アストリアの秩序を揺るがしかねないですから。特に、正式な儀式を経ずに目撃されたとなれば、民衆の動揺も大きいでしょう。良からぬ事を考える輩もいるかも知れない。」


「まさか、適性試験で騎士団に見つかるなんて……ちーちゃん、やるねぇ……」


葵は、なぜか感心したような表情で千尋を見つめたが、その言葉には、やはりどこか焦りの色が混じっていた。

急な展開に、千尋の脳内は再びパニックに陥っていた。


(え、え、え、ちょっと待って!? 騎士団に見つかったのが、そんなにヤバいことだったの!? さっき、霧島さん、「特に問題はありません」って言ってなかったっけ!? あれは嘘だったのか!? いや、嘘じゃないけど、問題を矮小化してたってこと!? そして、だから明日、急遽お披露目!? 私、何かとんでもないことをしでかしたってこと!?)


千尋は、目の前で繰り広げられる会話に、思わず口を挟みたくなった。


(もっと説明して! 皆さんで勝手に納得しないでよ! 当事者の私は、ここですよ!? やっぱり、こういう時って、モブキャラ特性が発動しちゃうのかな……私だけ蚊帳の外感、半端ないんだけど!?)


アストリアでの初出勤。それは、事務職の面接から始まり、まさかのバイク便、そして異世界への派遣。しかも、そこで変身までして、さらには「女神の御使い」という壮大な身分を拝命し、ついには騎士団との遭遇まで……。


初出勤とは思えない、あまりにも濃密すぎる時間に、千尋はこれから先の「世界配達」の仕事が、心底心配になった。


(明日、お披露目って言われても、私、何すればいいの!? 神様のお使いって、具体的に何をするんだ!? マメ太、明日もちゃんとモフモフでいてくれるかな……!?)


千尋は、不安と期待がない交ぜになった複雑な感情を胸に抱きながら、ただ、明日という日を迎えるしかなかった。



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