休息
「フレイラさんは今日からここで寝て下さい」
フレイラがミシェルに案内された部屋は物が積み上がっている倉庫であった。兵士が使う武具の数々が収納されており寝室として使うのには違和感があった。
「ここですか?」
フレイラは戸惑いのあまり聞き返してしまった。
「すいません、軍規により女性には男性とは別の鍵の掛かる部屋を用意しなければならないのですが、そういった事態は想定しておらず倉庫しか該当しませんでした」
「そうですか……」
「流石にフレイラさんを他の兵士の部屋に入れるわけにはいかないので申し訳ないのですが我慢してください」
ミシェルの表情は本当に申し訳なさそうだ。今日の戦闘で素晴らしい戦果を上げたフレイラを倉庫に案内しているのだ。命の恩人とも言える相手にするにはあまり無礼な行動である。
「いえ、お気遣い感謝します」
「それでは朝の鐘がなるまでお休みください」
ミシェルは部屋の鍵を渡して去っていた。
フレイラは部屋に入り中を見回した。部屋の中に灯りはなく、小さな窓が付いているだけであった。
「光よ」
フレイラが魔法を唱えると小さな光が現れて倉庫の中を優しく照らした。
日が落ちかけて中の様子が見にくかったが埃はなく掃除が行き届いていた。荷物も綺麗に積み上がっておりしっかりと管理しているのが分かる。ミシェルが用意してくれただろう簡易的な布団も床に置かれており、フレイラが思ったほど酷い環境ではなかった。
フレイラは荷物を置き杖を壁に立てかけて布団の上に腰を下ろしぼっーと窓の外を見た。
窓からは空しか見えないがほんの少しだけ星が輝いている。
「本当に戦場に来ちゃったんだ……生き残れるのかな……」
フレイラは膝を抱えて身を縮めた。
「ベイルさんの話では戦況はよくないって言ってたし……二週間も戦うのか……」
考えれば考えるほど嫌な想像をして不安な気持ちで押し潰されそうになった。
フレイラは両頬をバンと叩き嫌な思考を頭から追い出した。
「ううん!ここで生き残って報奨金を貰わなきゃ!とにかくお金を稼がないと!」
決意を固めたフレイラだが少しすると眠ってしまった。
今日は近くの村で採集をしていたら突然知らせが入り、そのままコレリア要塞に向かうことになった。そしてビクトを召喚して直ぐに戦争が始まった。
息つく暇もなく動いていたフレイラは部屋で一人になった途端、緊張の糸が切れて疲れが一気に押し寄せた。
慣れない要塞の一室でフレイラは一人、朝まで熟睡をした。
国境近くではウェスター帝国軍が野営の準備を行っていた。それぞれ飯の準備や天幕を張る者など慌ただしく動いている。
ただどの顔も暗く沈んでいた。
それもそのはず、目の前で巨大な炎の虎が次々に投石機を破壊していったのだ。勝てる戦争だと甘く考えていたウェスター兵はその衝撃から立ち直れずにいた。
そんな暗く沈む野営地にあるテントの一つで作戦会議が行われていた。
「あれはなんだ!聞いていないぞ!」
部下に怒鳴りつけているのはコレリア要塞の襲撃を指揮したルザル少佐だ。威圧的なルザルの態度に部下は縮こまっている。
「強力な魔法を使用した事から王室魔導部隊でしょうか?」
「だとしても何故ここにいる!イリイストが主力部隊を引き付けているのではないのか?」
「分かりません、ただあんな少年が本当に魔導部隊なのでしょうか」
「じゃあ私が見たアレは幻だとでも言うのかね!投石機が破壊されたのだぞ!説明してみろ!」
「いえ、そう言う訳では……私も確かに見ました」
不可能煮え切らない反応に苛つくルザルは力任せにドンと机を叩き頭を抱えた。机の上から小物がポロポロ落ちていく。
「上にはなんて報告すればいいんだ!油断している奴らに仕掛けたら全ての投石機を壊されておめおめ逃げ帰ったのだぞ!」
「幸い死傷者は出ていません」
何とか落ち着いてもらおうと部下も良い報告をするがルザルの腹の虫は収まらない。
「そんな事は些細な事だ!我々は何人死んでもあの要塞を落とさなければならないのだ!攻城兵器無しでどう戦えと言うのだ!」
「一度本国に帰りましょうか?」
「馬鹿も休み休み言え!そんな時間は無い!イリイストの連中に軍事演習で必要な金を全て払って漕ぎ着けた作戦だ!こんな事で帰ってたまるか!」
「それは分かりますが……」
「少なくとも援軍が到着する前に何か成果を上げなければ私の立場が危ぶまれる……」
「立場が何だって?」
突如テントの外から男の声がした。冷たく人を見下すようなそんな声だ。
「誰だ!」
ルザルがテントの入り口を見ると一人の男が入ってきた。その姿を見たルザルは驚いた。
「ダイナー!何故ここに!お前の部隊はまだ着かない筈だ!」
ダイナーと呼ばれた男は真っ赤な燃えるような髪をしており、その目つきは全ての人間を冷酷に見つめる鋭いものであった。
そして片手には禍々しい真っ黒な杖を持っていた。
「将軍の発案だ。念の為ってことで近くで待機してたんだよ」
「そうだったのか……」
将軍の名を出されたルザルは引き下がるしか無い。何か言いたげだが気まずそうな顔をして黙ってしまった。
「それよりもなんだ?投石機を全部破壊されたらしいな」
「未知の戦力が相手にいたのだ!それを掴めなかった諜報部の責任だ!」
ルザルは苦しい言い訳をしているがダイナーはそんな事かまいはしない。
「それを将軍の前で言えるのか?」
「ぐっ、だがお前が来たなら話は早い!この場では私が作戦指揮をとっている!ダイナー、お前は私の下に入ってもらう。明日コレリア要塞を制圧する」
ルザルは明日の侵攻に向けて息巻いているがダイナーの返答は意外なものであった。
「断る」
ダイナーは呆気なく上官であるルザルの命令を拒否した。
「何だと!上官命令だ!」
まさか断られると思ってなかったルザルはダイナーに詰め寄った。
それでもダイナーは余裕そうな笑みを浮かべいる。
「筋書きはこうだ、上官殿は投石機の破壊に巻き込まれて勇敢な死を遂げたと」
「どういう事だ!」
「爆炎よ」
ダイナーが魔法を唱え杖が光るとルザルの目の前に炎の塊が現れた。赤く光その塊はテントの中を不気味に照らした。
「待て!ダイナー!お前!」
ルザルがダイナーを止めようと手を伸ばした瞬間、炎の塊は爆発しルザルは見るも無惨にバラバラになってしまった。
「うわぁぁぁ!!」
目の前の惨劇に部下は叫び顔からは血の気が引き腰を抜かしてしまった。
「騒ぐな、戦場で死ぬなんて当たり前のことだ。上官は残念ながら戦死してしまった。これからは俺が指揮を取る、それでいいな?」
「は、はい……」
目の前に杖を突きつけられた部下は何も文句を言えず、ただダイナーに従った。自分もバラバラになった上官と同じ運命を辿るのだけは避けたかった。
そんな恐怖で立ち尽くす部下とは対照的にダイナーは不気味な笑みを浮かべていた。
「一体どんな魔法を使ったか知らないが俺がいれば何も問題ない。全て破壊し尽くしてやる」