必殺!!ビクトリータイガーボール!!
要塞の外に出ると兵士達が既に配置につき、敵を迎え討つ準備をしていた。
要塞の上からは遠くまで見渡せ敵軍が目の前まで迫っているのが視認できた。それはあまりにも大軍で、戦争を知らないフレイラでもこの要塞など簡単に攻め落とせそうだと思った。
「何しに来た!お前達は中にいろ!」
二人に気付いたベイルが駆け寄ってきた。
「俺もねーちゃんの為に戦うぜ!」
「子供に何ができる!」
「ビクト君なら必ずお役に立てます!どうかここに置いて下さい!」
「部隊長!投石機に動きがあります!」
副官からの報告に皆が地上の投石機を見た。
投石機に石が置かれて、周りの兵士が綱をギリギリと巻いている。
「物陰に隠れろ!」
ベイルの命令に兵士達は体を屈め身を隠した。
投石機から石が放たれた。それも一機だけではない、要塞を攻略しようと十数台の投石機から一気に放たれた。
コレリア要塞に石が降り注ぐ。石は要塞の壁にあたり凄まじい音を立て砕け、壁を破壊していく。
兵士達はただ石が通り過ぎるを待つのだけで身を屈め続けた。命の危機を感じつつもその場から動けない恐怖は計り知れない。
誰もが身の安全を神に祈るだけであったがビクトだけは違った。
ビクトはフレイラの前に立ち振ってくる岩に真正面から立ち向かった。
「ビクト君!伏せて!危ない!」
大きな石がビクト目掛けて飛んできた。人に当たればその原型すら跡形もなく飛び散るような狂気的な石である。
「来いや!」
その石にビクトは果敢に立ち向かった。
誰もが目を閉じてこれから子供に起こる悲劇から目を背けた。
そしてドスンと大きな音が要塞に響いた。
フレイラは恐る恐る目を開けるとそこには石を胸で受けて立っているビクトの姿があった。
「うそ……本当になの……?」
あまりの衝撃的な光景にフレイラは安堵と言うより恐怖の言葉が漏れた。常識的に考えてあり得ないからだ。
「こんな威力じゃ全然甘いぜ!六年生の筋肉林マチヨのボールの方がまだ重かったぜ!」
ビクトは訳のわからない事を元気よく言っているが当然誰も納得はしていない。そんな訳がないからだ。
周りの兵士達はまるで化け物を見るかのようだった。もう飛んでくる石が怖いとか言ってられなかった。目の前の驚異的な現象に思考が停止していた。
それは遠くから石を放った敵軍もそうであった。望遠鏡で要塞を確認していた敵兵は何か見てはいけないもの見てしまったかの様に足が震えていた。
「どうだ!被害状況は!」
上官に報告を促されたがその返答は要領を得ない。
「子供が……石を受け止めました」
「何を馬鹿なことを言ってる!それを貸せ!」
事実なのだが上官は納得していない。部下から無理矢理望遠鏡を奪い取り要塞を確認した。
「確かに子供はいるが何をやっているんだ?とにかく次の石を装填しろ!」
上官の指示のもと敵兵は投石機の発射準備に取り掛かる。望遠鏡で見ていた敵兵はその場で立ち尽くし動けないでいた。
そんな敵軍の動きを監視していたミシェルは叫んだ。
「まだ来ます!」
「よし!来い!」
「いや、来いじゃなくて」
ミシェルの報告にビクトは気合いを入れたがミシェルが言いたかった事はそうではない。
投石機の第二波が始まった。
次々に放たれていく石に兵士達は身を屈める事しかできないがビクトだけは違った。
ビクトは目の前の石おろか受け止められる石の全てを取り尽くした。時には飛び込み片手で掴んでいく。
走り回り石を取っていく光景は子供が遊んでいる様に見えた。いや、ビクトは本当に遊んでいるのかもしれない。
部下から望遠鏡を奪いこの光景を見た上官も部下と一緒に呆然と立ち尽くしていた。
他の投石機部隊もビクトの大立ち回りを確認したのか敵軍がざわつき始めた。
縦横無尽に走り回り石を受け止めていくビクトにようやくフレイラが質問した。
「君は一体何者なの?なんでそんな事できるの?」
「え?プロドッジボーラーになるならこんぐらい出来ないとな!」
「これより凄い人がいるの!?」
ビクトのおかげでフレイラは守られているが以外の被害は甚大である。要塞のあちこちに投石による欠損が目立ち、ビクト一人ではどうする事もできなかった。
敵軍も要塞の壁に当てる様に投石を始め、ビクトが取りたくても取りに行けなかった。
その時フレイラはある事を思い出した。ビクトが石を受け止めた衝撃ですっかり忘れていたが、ビクトはボールを投げると炎を纏わせる事ができる。
それ思い出したフレイラはビクトに一か八か聞いてみた。
「ビクト君!石を投げて投石機を壊せる?」
「おう!だけど一日一回だけ使える大技だ!それでもいいか!」
「それでもいい!お願い!」
「よっしゃー!やってやるぜ!」
ビクトはボールほどの石を持ち天高く飛び上がった。空中で体を捻り石に力を伝えていく。
「ビクトリータイガーボール!!」
技名を叫び、ビクトの腕から放たれた石が炎に包まれる。するとその炎の形が次第に変わっていき、一匹の大きな炎の虎になって投石機に向かって突っ込んでいく。
ビクトリータイガーボールが当たった投石機は爆発し粉々になった。投石機のすぐ近くにいた兵士は腰を抜かして辺りに投石機の残骸が降り注いでも立ち上がる事が出来ないでいた。
「どうだ!これが俺のビクトリータイガーボールだ!」
ビクトただ一人が元気に騒いでいるが、あまりの出来事に敵味方含めて全員が呆然と立ち尽くした。
しかしまだまだ投石機は残っている。敵軍が混乱している間に何がなんでも次の手を打ちたい。
フレイラは無理を承知でビクトに聞いてみた。
「ビクト君!他の投石機も破壊できない?」
「さっきも言っただろ!あれは一日一回しか投げれないんだ!」
やはりビクトリータイガーボールは一日一回だけの大技の様だ。それはフレイラも薄々勘付いていた。
魔導士も強大な魔法を使えばそれだけ魔力を消費する。フレイラもあの様な巨大な炎の虎を出せばその日は一切の魔法が使用できないだろう。それどころか身の丈に合わない魔法を使えば自分の命の危機さえある。
それでも今はビクトに頼るしかない。フレイラは改めてビクトに質問した。
「何で?もしかして魔力切れ?だから一日一回なの?」
「魔力?違う!何だそれ?肩を痛めるから二回は投げれないんだ」
「へ?」
フレイラは気の抜けた声を出した。
「ビクトリータイガーボールは俺のフルパワーで投げる必殺技だからな!二回も投げたら肩が壊れちゃうんだ!」
「……それ私治せるよ!」
「マジで!魔法使いってすげーな!」
「逆に何で肩痛めるだけでそんな事ができるの!」
「やったぜー!何度も投げれるって最強じゃん!」
ビクトは嬉しさのあまり飛び跳ねている。そんな時でも投石機から放たれた石は要塞に深刻な被害を与えていた。
呆れて頭を抱えるフレイラとはしゃいで一向に次の行動に移らないビクトにベイルが痺れを切らして怒鳴りつけた。
「早くやれ!投石機を破壊する前に要塞が無くなるぞ!」
「はい!すいません!癒しよ!」
ベイルに怒られたフレイラは直ぐにビクトの肩を魔法で治した。
暖かな光に包まれたビクトの肩は見た目では分からないが確かに回復していた。
「すげー本当に治った!うちのチームに入ってくれ!」
「考えとく」
「よっしゃー全部壊すぞ!」
そこからは終始ビクトが圧倒した。
ビクトリータイガーボールで投石機を破壊すれば直ぐにフレイラが癒し、そして次のビクトリータイガーボールが飛んでくる。
兵士もビクトの周りに手頃な石を置いて支援をした。
「ビクトリータイガーボール!」
「癒しよ」
「ビクトリーータイガーーボーール!!」
「癒しよ」
「ビィクゥトォリィィィタイガァァァァァァボォォォォォォルゥゥゥゥ!!」
「癒しよ」
目の前の要塞から巨大な炎の虎が何度も何度も出てくる様は敵軍に深い絶望と恐怖を与え続けた。敵兵は恐れをなして逃げる者もおり、組織として完全に崩壊していた。
この状況を見たフレイラはビクトが言っていた事を振り返っていた。
――こんな事が出来るならドッジボールで世界征服もするか……ていうかアレを人に向かって投げてる競技があるんだ……人殺しをしないって言ってたから当たっても死なないのか……
全ての投石機が壊された敵軍は要塞を攻め落とすのは不可能と判断し撤退をしていった。
「撤退していくぞ!」「うぉー俺たちの勝利だ!」「セントミドル王国万歳!」
圧倒的な勝利に兵士は歓喜した。
そんなか中でも一際元気に喜んでいるのはもちろん勝利の立役者のビクトである。
兵士達から労いと感謝の言葉をかけられてビクト大変ご機嫌である。
ひとしきり盛り上がったところでビクトはフレイラの下へ行きピースをしてフレイラに笑顔を向けた。
「ビクトリー!」
「ええ!」
フレイラも意味はよく分からないがとりあえずビクトの真似をしてピースをした。
少し時が経ち、要塞の食堂ではビクトを見送る為に多くの兵士が集まっていた。
そんな中サボだけは見つからない様に遠くでコソコソしていた。まさか自分が喧嘩を売った相手が化け物だとは夢にも思わなかったのだ。
兵士達の中心にベイルとフレイラ、そしてビクトが立っていた。
「これで契約は果たされました。ビクト君、本当にありがとう」
フレイラはビクトに深く頭を下げて感謝を伝えた。
「いいって事よ!ねーちゃんには足治してもらったしよ!これで今度の試合にも出れるぜ!」
「ビクト君がやってのけたことに比べたら」
「そんな事言うなって!もし俺の力が必要になったら呼んでくれよな!必ず駆けつけるからよ!」
「ありがとう、ビクト君」
ベイルも前に出て手を差し出してビクトと硬い握手をした。
「私からも感謝を述べたい。ビクト君、要塞はところどころ壊れているが戦死した者は一人もいない。我が部隊を守ってくれて本当にありがとう」
「おう!おっさんも頑張れよ!ねーちゃんを虐めんなよ!」
二人の握手が終わるとビクトは光る魔法陣の上に乗った。
「ではさようならビクト君」
「またな!今度来る時はもっとすげー必殺技習得してくるからよ!」
「あれよりもですか?」
「おう!修行してもっとパワーアップさせてくるからよ!」
「ええ……楽しみにしてます」
フレイラはぎこちない笑顔を浮かべた。
「じゃあなー」
ビクトが手を振ると周りの兵士も口々に別れの言葉を言い、勇敢な少年を見送った。
魔法陣が強く光るとビクトの姿は跡形もなく消えてしまった。
ビクトがいなくなった事で兵士達はそれぞれの任務に戻っていく。
「ありがとうフレイラ、君の魔法で被害が最小限に抑えられた」
ベイルはフレイラに礼を言い手を出した。フレイラもそれを握り二人は握手をした。
「ビクト君のおかげです」
「謙遜するな。それと聞きたいのだが」
「何でしょう?」
「あの虎は魔法か?」
「いえ、原理は分かりませんが魔法ではないです」
「じゃあ我々も訓練すれば可能ということか?」
「……無理じゃあないですかねー?」
フレイラは何処を見ているか分からない遠い目をしていた。