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大地に向かって撃て

「あれが敵軍ですか……こちらと比べると随分多いですね」

 双眼鏡越しに要塞に向かって進軍してくる敵を見てもローレンは冷静であった。これまで経験した宇宙規模の戦争からしてみれば剣や槍で戦うこの世界の戦争は子供の遊びに等しかった。

「ああ、こちらは消耗する一方だが向こうの人的損害は殆ど無い。元々負け戦だが召喚魔法のおかげで何とか耐えているんだ」

「じゃあこの戦争って勝ち目無いですね」

 ベイルがそれとなくローレンに戦う様に言ってみたがローレンは我関せずと言った具合だ。

「ロボットさえ動けばそうでもないさ」

「そうですね」

 ベイルは更に踏み込んでみたがローレンの反応はイマイチである。

 そんなローレンが敵軍を見ているとある事に気が付いた。

「なんか向こうの兵士の目付きがおかしい気がするんですが、それも普通の事なんですか?」

「ん?どういう事だ?」

「いや、全員血走ってる様に見えます」

 ベイルも望遠鏡で敵兵の顔を見ると明らかに様子がおかしかった。目は血走って不自然な汗をかいており、まだ戦闘も始まっていないのに肩で荒い息をしていた。

「本当だ……なんだ?様子のおかしい……昨日は普通だったぞ?」

 ベイルも同様の感想を漏らした事によりフレイラはある可能性を考えた。それは魔導士としてやってはいけない禁忌の存在である。

「ベイル隊長、私も見たいです」

「これを使え」

「ありがとうございます」

 ベイルから渡された望遠鏡を覗き込んだフレイラは敵兵の様子をじっくりと観察した。

「……もしかしたら精神魔法かもしれません」

「それを使うとああなるのか?」

 フレイラが発した精神魔法と言う言葉にベイルは聞き馴染みが無かった。

「はい、無理矢理興奮させて恐怖心や疲れを感じなくさせる魔法です」

「そんな便利なものがあるんだな」

「ですが精神魔法は肉体への負荷が凄まじく使用するには多くの制限がされています。だから戦争でも使用してはいけない筈です」

「向こうもなりふり構ってられないと言う事か……」

 フレイラの話を聞いているベイルにミシェルが進言をした。

「もし本当に精神魔法が使用されたとしたら向こうに魔導士がいる事になります。召喚魔法が向こうに渡った今、かなり危険な状況ですね」

 ミシェルの言葉を聞いたフレイラは突如駆け出した。突然この事にベイルは驚きフレイラを呼び止めた。

「何処へ行く?」

「ロボットに乗ります!」

「動かせないんだろ!」

「ですが私にできる事は乗ることしか出来ません!敵軍が来るまでに動かして見せます!」

 そう言い残しフレイラは一人で中庭に向かった。フレイラの勢いに押されて呆気に取られたベイルはすぐに我に帰った。

「ローレン、フレイラについて行ってくれ」

「分かりました」

 ローレンは嫌がる事なくあっさりベイルの指示を受け入れると駆け足でこの場を去っていった。

 ベイルができる事はフレイラとローレンがロボットを動かすまで耐えるだけであった。

 

 中庭ではフレイラがロボットに乗り込もうとしていた。しかしどうやってハッチを開けるのか分からずロボットの周りをウロウロしていた。

 一人で勇んでロボットの前にやってきたがフレイラは見事に空回っている。

「退いてください」

 突如フレイラの背後からローレンが声をかけた。まさか来るとは思っていなかったフレイラは驚いた。

「ローレンさん!どうしてここに?戦いたくないのでは?」

「戦いませんよ、ですが僕がいないと起動もできないでしょう」

「ありがとうございます」

 ローレンはロボットに近付きハッチを開けて見せた。

「早く乗って下さい」

 ぶっきらぼうなローレンの指示を受けたフレイラはコックピットに乗り込んだ。

 フレイラが操縦席に座るとローレンはハッチを閉めて、あちこちのボタンを押してロボットを起動させた。どうやら本当にローレンは手伝ってくれるようであった。

「時間がありません。さっき教えた通りに動かして下さい」

「はい!大きさを意識する……力を入れ過ぎない……」

 フレイラは操縦桿を握り、ローレンに教わった事をぶつぶつ呟きながらロボットを操作していく。

「操縦桿を見ないでモニターを見て下さい」

「はい!」

 ローレン指導の下、フレイラはロボットの操縦を試みるが一向に歩く事すら出来ない。

 何度も体勢を崩して自動でロボットが持ち直し、そしてまた動かそうとして体勢を崩す。その繰り返しであった。

 そしてロボットが歩ける様になれば今度は腕も動かさないといけない。やらなければならない事は多く残っているがまだそれすら届かない。

 屋上にいる兵士達も緊張の面持ちでフレイラの特訓を見守っている。目の前には多勢の敵軍がジリジリと近付いている。

 フレイラの集中が切れないように皆小さな声で頑張れと応援していた。

 そうして何度失敗したか分からないが遂にフレイラは操縦桿から手を離して俯いてしまった。

「動いてよ……」

 まるで祈る様にフレイラは呟いた。しかしそんな事ではロボットは動かない。初めて乗ったフレイラでもそんな事は重々承知であった。

 コックピットの中に気まずい重い空気が流れていく。

「フレイラさん」

「何ですか?」

 黙ってしまったフレイラにローレンは声をかけた。俯いていたフレイラは少し顔を上げてローレンを見た。

「フレイラさんはさっき言ってた精神魔法とかは使えるんですか?」

「使えますが?」

「何で僕に使わないんですか?それを使えば僕は戦うかもしれないのに」

 それはローレンにとっては当然の疑問であった。無理矢理戦場に立たされて来る日も来る日も戦い、嫌だと言えば脅迫や暴力によって命令に従わせる。そんな組織に属していたローレンはフレイラの行動はあまりにも無駄が多かった。

 精神魔法を使い戦わせればこんな無駄な訓練をする必要はない。

 そんなローレンの疑問にフレイラは当然の如く説明を始めた。

「精神魔法は戦争で使ってはいけません。それにローレンさんは戦いたくないのでしょ?そんな人を無理矢理戦わせるなんて私には出来ません」

「例えここで死んだとしても?」

「……死ぬのは怖いです。実は心の中では揺れています。本当にこれでいいのか……ずっと考えています」

「なら……」

「でもやっぱり無理矢理戦わせる事は出来ないって結論になるんです。それが私の弱さや甘さだとしても」

 弱音を吐いていた先程の姿とは打って変わってフレイラの瞳は真っ直ぐ曇り一つないものであった。でも足は微かに震えている。

 フレイラは恐怖の中で一人戦っているのだ。

 そんな顔をされたローレンはいよいよ観念した。この人は自分の上官と違うんだとはっきりと理解した。

 ローレンはボリボリと髪の毛を掻いた。そして諦めた様な表情でローレンは「はぁ、退いてください」と呟いた。

「え?でもローレンさんは……」

「いいから」

 ローレンは無理矢理フレイラに代わり操縦席に座った。フレイラは操縦席の後ろに立ちローレンを見守ることしか出来ない。

「掴まっていて下さい」

 そうローレンが言うや否、ロボットが立ち上がると背中にあるブースターから炎が吹き出した。空高く飛び上がり要塞を飛び越えて大地に立った。

 その姿を見た要塞の兵士達は一斉に歓声を上げた。ロボットが戦場に降り立つ。たったそれだけで勝利を確信する事が出来のだ。

 ロボットの右腕を前に突き出すとそこから赤い光線が大地を貫いた。そして腕を薙ぎ払い敵軍の前を光線で焼き尽くした。

「こんなものが存在していいのか……」

 ベイルは味方が放った攻撃に恐ろしくなった。

 敵軍とロボットの間には焼けた大地の境界線が出来上がった。

 ローレンはスピーカーのスイッチを入れてマイクに向かって叫んだ。

「それ以上近付けば今度は当てる!死にたくなければ撤退せよ!もう一度言う!死にたくなければ撤退せよ!」

 突如現れた巨大ロボットに、そして圧倒的な攻撃に魔法で恐怖心を和らげている敵軍も恐れ慄いた。明らかに生身の人間がどれだけいようがどうにかできる相手ではない。

 敵軍は止まりその場に立ち尽くした。恐怖して足がガクガクと震えており、精神魔法によって何とか耐えているが今にも逃げ出してしまいそうだ。

 その光景をモニターから確認したローレンは大きく息を吐いた。

「まあ、戦いませんがこれで大丈夫でしょう」

「ありがとうございます!」

 ローレンは戦わずしてこの日の戦闘を終結させた。人的、物的被害は全く無く完全勝利と言っても過言ではない。

 暗い表情であったフレイラにも明るさが戻り、喜んでいると空に大きな魔法陣が現れた。それはローレンを召喚した時より数倍大きく要塞からでもそれを目視することが出来た。

「なんだあれは……」

 要塞から見ていたベイルは何かとてつもなく嫌予感がした。

 魔法陣が光出し、大地を不気味な光で照らし出した。

 そして魔法陣の中から人間のものではない巨大な足が降りてきた。鋭く巨大な爪を有したその足から徐々に全体が姿を現した。

 長い尻尾に小さな手、鱗の様な硬そうな皮膚に全てを噛み砕くような鋭い牙に巨大な二本の角。その巨体が魔法陣から現れ大地に降り立つと辺り一体に地響きが起こり大地を揺らした。

 かなり距離がある要塞でも揺れ、立っているだけで精一杯であった。

 その巨大生物はこの世界では見た事のない異形の怪物であった。ただ一人ローレンだけがその姿について言及した。

「……怪獣」

 そう漏らした次の瞬間、怪獣の口が突如光出した。その光は徐々に大きくなり口から光が溢れ出すと周囲を燃やし尽くす程の熱線が要塞に向けて放たれた。

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