帰還したダイナー
ウェンスター軍の野営地は重い空気が蔓延していた。今まで何度も敗走し空気が悪くなっていたが今日はその比ではない。
開戦当初の明るい声は何処かへ消え去り、深いため息ばかりが充満していた。
会議室代わりのテントに数人の兵士が顔を突き合わせてこれからの事を話しているがどの顔も暗く何をしたらいいか分からないでいた。
「これから我々はどうすればいいのだ」
「ジェイド様もダイナー様もいないのだ」
「誰の指示に従えばいい?」
「そもそもダイナー様がルザル司令官を殺したのがいけないんだ」
「滅多な事を言うな!」
口々に悩みや不満を漏らすが何一つ会議は進展しない。有能な上官を失った組織はこうも呆気なく瓦解しその責任を誰も取りたがらなかった。
責任を取ると言う事は誰かが侵攻するか撤退するかを決めると言うことだ。侵攻しても返り討ちにあい、撤退しても作戦の失敗の責任を取らされる。まさに貧乏くじ以外の何者でもない。
そんな時テントの入り口の幕が思い切り開かれた。
「何を話しているんだ?」
聞き覚えのある声を聞き一斉に振り向くと、そこに立っていたのは二日前遥か彼方に飛ばされたダイナーであった。
「ダイナー様!ご無事でしたか!」
皆は驚き姿勢を正した。ダイナーが戻ってきただけでその場の空気が一気に張り詰めた。先程までの暗い顔が一変して緊張した強張った顔をつきに変貌した。
「俺がいない間どうしてた?」
ダイナーは明らかに不機嫌そうな顔をつきで兵士の一人を睨みつけた。睨まれた兵士は恐る恐る報告するしか無かった。
「それがジェイド様が敵に捕まり……」
そう報告している途中でダイナーは声を上げた。
「はっ!ざまあねえな。それでお前らはここで何をしてんだ?まさか逃げるつもりじゃないよな?」
ダイナーは嬉しそうな顔をしているがその目は笑っておらず、一人一人顔を見回している。誰もが恐怖し目を逸らす事も出来ずジッと耐えている。
ダイナーの機嫌を損ねた者は悲惨な運命を辿る事を誰もが知っており、誰もがその運命に抗おうと必死で息を殺していた。
そんな恐怖が支配する中、一人の兵士が大切な事を思い出した。
「そうだ!ジェイド様からこちらを預かっております」
兵士は髪の束を取り出して緊張で手が震えながらダイナーに差し出した。ダイナーはそれをひったくる様に受け取ると紙の束に目を通した。
「なんだこれ?」
「セントミドルは主人公召喚と言う魔法を使い、異界からあの怪しい連中を召喚しているらしいのです」
「ほう、これをどうしてジェイドが?」
「単身要塞に出向き手に入れてきたようです」
「女のくせに少しは役に立つじゃないか」
ダイナーはニヤつきながら読み込んでいった。そして紙から目を離さないまま「明日侵攻を仕掛ける」と、適当に指示を出した。
そんなダイナーに部下の一人が申し訳なさそうに声をかけた。
「その……」
「何だ?」
ダイナーは紙から目を離さない。だがその声は威圧的で反論を許さない雰囲気を出している。
「我が軍は度重なる敗北により著しく戦意を落としており……明日の進軍は難しいかと……」
「ふ、そんな事か。そんな事ならどうとでもなる」
兵士の不安を他所にダイナーは即答した。そわなダイナーの顔には不気味な笑顔が張り付いていた。
すっかり日が沈み、寝室代わりの倉庫で布団に入ったフレイラは今日の出来事を振り返っていた。
「私……人を殺したんだ……」
夜になり静寂の中で身を置いてようやくフレイラはその事実を認識した。
戦闘中は高揚しており感じられなかったが一人になり冷静になるとその事実が重くフレイラの心にのしかかった。
自らが手にかけた顔も思い出せない名もなき兵士の断末魔が今も頭の中にこだまする。
しかし自分がやらなければ今この場で寝る事もできない。命のやり取りとはそういうものなのだ。
フレイラは戦争の恐怖を胸の奥に仕舞い込んだ。戦争が終わるまで覚悟した気持ちが揺るがぬよう。そして決してこの思いを一生忘れぬよう。




