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誇り高き瞳

カラスは眼前に迫ってくる大軍を涼しい顔で眺めていた。初めて見る大軍の行進は圧巻であるがまるで動じていない。

「話には聞いていたがかなりの兵だな。あれじゃあこの要塞もひとたまりもないな」

 呑気に感想を述べているカラスだがフレイラは深刻な顔をしている。

「だからカラスさんがいるんです」

「無茶言うな。俺は君を守るのが仕事だ。戦争は兵隊に任せるさ」

 危機が今まさに目の前に迫っているにも関わらずカラスは戦争に参加する気は全く無かった。それでもフレイラは戦闘が始まりさえすればカラスも重い腰を上げると信じるしかなかった。

 それは作戦を指揮するベイルにとっても同じであり、召喚魔法頼りのこの戦争ではカラスのご機嫌次第だ。フレイラだけ守ればいいと依頼したがどうにかして戦争に参加してくれないかと祈るしか無かった。

 フレイラの説得もベイルの祈りもカラスには通じぬまま時は過ぎ、ウェンスター軍は弓の射程圏内に入ってきた。

 ベイルの指示の下、兵士達は矢を放つが圧倒的に多く装備も潤沢なウェンスター軍の進軍を止める事は出来なかった。

 要塞内は慌ただしく兵士達が動き、怒鳴るような声があちらこちらから聞こえてくる。

「数が多すぎる!」「休まず矢を放て!」「早く矢を持って来い!」「負傷した!」「腕がぁ!」

 フレイラの下へは負傷した兵士が次々に運ばれてくる。

「こちらへ!治します!」

 必死に魔法を唱えるフレイラの横でカラスは我関せずといった顔で突っ立ているだけである。

「カラスさんも戦って下さい!」

「君に危害が及べばな」

「そんな事を言ってる場合ですか!戦争なんですよ!」

 温厚なフレイラはカラスを怒鳴りつけた。しかしカラスは全く動じない。

「それはこっちの台詞だ。瞳の綺麗なお嬢さん」

「だからそれはなんなんですか!」

 怪我を治した兵士が立ち去るとフレイラはカラスに詰め寄った。怒りに震えているフレイラはカラスを鋭く睨みつけた。

 そうしてようやくカラスは口を開いた。まるで駄々をこねる子供を諭すような喋り方で。

「戦場にいながらお嬢さんの瞳は濁ってない。純真で綺麗なままだ」

「だからどういうことですか?」

 相変わらず意味の分からない事を言うカラスにフレイラはイラついていた。

「お嬢さん人を殺した事はあるかい?」

「……無いです」

 カラスからの質問にフレイラは言葉を詰まらせた。

「お嬢さんは俺に人殺しをしろと言ってるんだ。その綺麗な瞳で。自らの手を汚さずにな?」

「それは……戦争ですから」

「いや、お嬢さんにはその覚悟も自覚も足りない。全てが他人事なんだ。今までもそうだったんだろう?誰かを召喚して戦わせて自分は命のやり取りから距離を置く」

「……」

 カラスの言っている事にフレイラは反論できなかった。

「守る為に殺すのと勝つ為に殺すのとでは意味が全く違うんだ。それを簡単に戦えなんてよく平気で言えるな」

「そんなつもりでは……それに私も衛生兵として戦場で戦ってます!」

「衛生兵の仕事を否定するつもりはない。それなら衛生兵らしく振る舞え。死地に行くような命令なんかするんじゃない」

「だからそんなつもりでは……」

「だから覚悟と自覚が足りないと言っているんだ。お嬢さんは後ろで隠れている間に戦えば俺は死ぬかもしれない。死なずとも一生に残る怪我を負う事もある。命令とはそう言う事だ」

 フレイラは何も言えなくなってしまった。それはカラスが言った事実があまりにも自身に刺さってしまったからである。

 何も分からないフレイラは縋るような声でカラスに質問した。

「……私は何をしたらいいんですか?」

「さあな?だが俺は契約がある。契約が終わるまで守ってやるさ」

 それをカラスは冷たく切り捨てた。

 カラスから答えを貰えなかったフレイラはグッと唇を噛み締め考えた。今自分にできる事を。どうすればカラスが戦ってくれるかを。

 カラスにとって関係の無い戦争で戦えなんて自分勝手なお願いだとフレイラは改めて自覚した。それでも見知った兵士が傷付き倒れていくこの状況を黙って見ている訳にはいかなかった。

 フレイラは考えた末、覚悟を決めた。

「カラスさん」

「何だ?」

「カラスさんは私を必ず守ってくれるのですよね?」

「ああ、契約したからな」

「分かりました。私も覚悟を決めます」

 そう言うとフレイラは安全な屋内から屋上に飛び出していった。予期せぬ行動にカラスも驚いた。

「おい、何処に行くんだ!」

 慌ててカラスが追うとフレイラは屋上から更に身を乗り出して地上に向かって飛び降りた。

「フレイラ!何をしている!」

 ベイルも必死にフレイラを止めようとしたが突然の出来事に間に合わなかった。

「風よ!」

 フレイラが魔法を唱えるとフレイラの周りに風が吹き、フレイラの体をふわふわと持ち上げた。そしてゆったり地上に降り立った。

 フレイラの目の前には敵が迫ってきている。そんな中フレイラは顔を上げて屋上にいるカラスに向かって大声を上げた。

「私も戦います!カラスさん!私を守って下さい!私が死ねば契約違反です!」

「何を言ってるんだ!早く綱を下ろせ!フレイラ早く戻るんだ!」

 フレイラの叫びを無視してベイルが部下に指示を飛ばす。

 屋上から綱が下されるとベイルが叫んだ。

「フレイラ!綱を掴め!早く戻ってくるんだ!」

 ベイルがどんなに叫ぼうともフレイラは動かずジッとカラスを見ている。

「やれやれ、困ったお嬢さんだ」

 カラスは諦めたような嬉しいような顔をしながらそう呟いた。

「借りるぜ」

「待て!」

 カラスは兵士が持つ綱を奪うとスルスルと地上に降りていった。それをベイルが止めようとするがやはり間に合わない。

 地上に降り立ったカラスはフレイラに近付いた。

「いいのかい?あのまま上にいればこれからも綺麗なままで生きれたんだぜ?」

「未来の話より今を生き残る事が重要です」

 フレイラは杖を構えた。強がっているがその手は恐怖で小刻みに震えている。

「それもそうだな」

 フレイラの覚悟を聞いたカラスはロングコートから二丁の銃を取り出し構えた。

「合わしてやる。好きに暴れな」

「はい!」

 突如要塞から降りてきた二人に敵兵は動揺したが直ぐに戦闘態勢に入った。

「なんだあいつら!」「魔導士だ!殺せ!」「囲むんだ!」

 二人を殺さんと敵兵が一気に突撃してきた。

「石よ!穿て!」

 フレイラが魔法を唱えると中に石の塊が出現して敵兵目掛けて飛んでいった。石に当たった兵士の体は吹き飛び倒れた。

「ヒュー、魔法ってのは便利だな」

「ありがとうございます」

 敵兵が迫っていてもカラスの軽口は健在であった。

 そんなカラスも二丁の銃から弾丸を放ち、迫り来る敵兵を次々に倒していく。それでも相手は多勢に無勢。二人の命を取らんとぐるりと囲み、戦場に大きな輪ができた。

「囲まれたな。どうする?フレイラ」

 どんな状況でもカラスの表情には余裕がある。それがフレイラを勇気付けた。

「任せてください!炎よ!逆巻け!」

 フレイラが魔法を唱えると二人を中心とした炎の渦が現れ、敵兵との間に炎の壁を作った

「これで入ってこれません」

「こいつはいい。ボーナスステージだな」

 カラスはご機嫌に銃を撃っていく。一方、敵兵は炎の壁に阻まれて近付く事すら出来ず、次々と銃弾に倒れていく。

 二人を囲んでしまった敵兵は矢を射る事もできず、慌てて包囲を解こうとするが銃弾が飛び交いそれどころではなかった。

 あまりに一方的な戦闘が繰り広げられる中、炎の向こうから一人の人影が歩いてきた。全身に鎧を装備したジェイドである。

「退け」

 ジェイドは部下を押し退けてそのまま突き進み炎をものともせず歩いてきた。

 昨日辱めを受けたジェイドだがやはりその圧倒的な威圧感は健在であり、フレイラは息を呑んだ。

「魔導騎士ジェイド……」

「ほう、おっかない騎士様のご登場だ」

 軽口を叩くカラスだがその瞳から余裕が消えた。相手がいかに恐ろしい相手か瞬時に理解したのだ。

「彼女の鎧は魔力が尽きるまであらゆる攻撃が効きません」

「やれやれ、とんだ騎士様だ」

 フレイラの助言を聞いたカラスは腰についているマガジンを付け替えて再装填した。

 ジェイドが二人の目の前まで来ると立ち止まりカラスを見つめた。

「お前が召喚された人間か」

 やはりその声は男が女か分からぬ不気味な声である。

「そうだと言ったら?」

 カラスはジェイドから目を逸らさずジッと見つめた。

「召喚士諸共斬る」

「そうかい、じゃあ俺も仕事なんでね。恨むなよ」

 ジェイドが剣を構えるとカラスも同時に二丁の拳銃を構えた。そして両者動かない張り詰めた時間が訪れた。

 フレイラも屋上にいるベイルも炎の向こうのウェンスター兵も誰もが二人が動き出す瞬間を待ち続けた。

 先に動いたのはジェイドであった。

 剣を構え一気にカラスとの距離を詰める。そわなジェイドにカラスは何発もの銃弾を浴びせる。

 しかしジェイドの鎧には傷一つつける事はなくジェイドは接近した。

「突っ込んで来るのかよ!」

 流石のカラスもこれには余裕の表情が無くなり口元から笑みが消えた。

 ジェイドは剣を振りカラスを両断しようと試みるがカラスはそれを紙一重のところでかわした。

 カラスのロングコートが大きくなびきジェイドの視界を奪うとカラスはジェイドの足に自身の足を引っ掛けて転倒させた。

 倒れ込んだジェイドに銃弾を浴びせるがやはり鎧には傷一つつかない。

 ジェイドは直ぐに立ち上がり構えるがカラスは距離をとって空になったマガジンを地面に落として腰にあるマガジンを装填した。

 しかしジェイドの動きは思った以上に速かった。

 十分距離を空けたカラスにジェイドは急接近し剣を振る。いくら剣で戦うジェイドに対して銃という圧倒的に有利な武器を使うカラスと言えど攻撃が効かない相手には全く歯が立たない。

 ジリジリとジェイドに詰められるカラスの背後に炎の壁が迫っていた。

 目の前にはジェイド、背中には炎の壁と逃げ場が無くなり絶体絶命のカラスはそれでも銃弾を浴びせ続けた。

「無駄だ!」

 ジェイドが叫びカラスに向かって剣を振り下ろそうとすると、ジェイドの足元の土が急に隆起した。

「なっ!地面が!」

 突然の事で体勢を崩したジェイドの隙をつきカラスは挟み撃ちの状況から脱した。

 地面に膝をついたジェイドは辺りを見渡すと遠くで杖を構えたフレイラがいた。地面の隆起はフレイラの魔法であった。

 それを理解したジェイドはフレイラに向かって叫んだ。

「一騎討ちを邪魔するのか!」

 その怒号の様な叫びを聞いたフレイラは臆しなかった。

「すいません、これ戦争なんで」

 フレイラは真っ直ぐにジェイドを睨みつけていた。

 フレイラに気を取られているジェイドに銃弾が飛んできた。カラスはジェイドから距離を取り連射していく。

 ジェイドは立ち上がりカラスではなくフレイラの方へ走っていく。カラスもそれに合わせてフレイラに向かって走っていく。その間もジェイドへの発砲は止めず撃ち続けた。

 ここでジェイドがある行動をとった。

 ジェイドが持ってる剣を前に出しカラスからの銃弾から身を守った。攻撃を防ぐ様な体勢をジェイドは初めてとったのだ。

「防いだな。そろそろ魔力とやらが限界か?」

 カラスの顔に笑みが戻った。

「だとしても剣を振るのだけだ。私にはこれしか無いからな」

「嫌だね……似たもの同士か……」

 カラスはほんの少しだけ悲しそうな顔した。しかしこれは命のやり取りである。ジェイドも魔力が尽きかけてもフレイラに向かって行く。

 カラスはジェイドの兜に銃弾を浴びせ続けた。兜には少し傷が付きヒビが入っていく、それでもジェイドは構いやしなかった。

 カラスからの攻撃を耐えたジェイドはフレイラの前に立ち剣を振りかざした。

 立ち止まったジェイドにカラスは連射していく。銃弾を浴び続けた兜は今にも壊れてしまいそうだ。

 ジェイドがフレイラに向かって剣を振り下ろそうとした瞬間、遂に兜が砕けた。それと同時にジェイドが気絶して地面に大きな音を立てて倒れた。

 ジェイドは倒れたままピクリと動かなくなってしまった。

「ん?脳震盪か?」

「いえ、魔力切れで倒れました」

 フレイラがカラスに説明するとカラスは銃をジェイドの額に向けた。それをフレイラは慌てて止めた。

「待ってください!」

「何だ?今更情けを掛けるのか?」

「捕虜にします。殺してはいけません」

「こいつには戦いしか無いんだ。そして負けた。このままここで死ぬ方が幸せなんじゃないか?」

「それでもです。戦略的冷酷な判断と思われても、世間知らずの甘さと思われても構いません。死んでいい事はありません」

 フレイラは瞳は真っ直ぐにカラスを捉えていた。カラスもフレイラの瞳をじっと見つめた。

 それを見たカラスは銃を下ろした。

「そうかい。ならフレイラに従おう。だがその前に」

 カラスは周囲にいる敵兵に向かって叫んだ。

「おたくらの大将を討ち取った!やる気があるならかかって来い!天国に連れてってやるよ!」

 カラスが叫んでいるが敵兵はどうしたらいいのか判断に迷っていた。命令するジェイドが倒れているからだ。

「ほらさっさと行け!死にてーのか!」

 カラスは敵兵の足元を射撃し威嚇した。するとようやく敵兵は慌てて逃げ出していく。

「撤退だ!」「逃げろ!」「待て!何処に行く!」

 混乱する敵兵は完全に戦意を喪失していた。もはやウェンスター軍に戦争を継続する事はできなかった。

「勝ったぞ!」「やったぞ!」「うぉー!」

 要塞の上ではセントミドルの兵達が喜び騒いでいる。そんな中サボだけが深刻な顔をしていた。

 敵兵が逃げて十分の距離ができるとカラスはフレイラに笑顔を向けた。

「さてと戻るとするか」

「はい!」

 ジェイドを担いだカラスにフレイラは元気よく返事をし、二人は歓声を上げる要塞に戻っていった。


 いつもの様に召喚された人を送り出す集まりが要塞内で行われていたがそこにはカラスがいなかった。フレイラは辺りを見回したがカラスらしき人影は見つからない。

「カラスはさっき便所に行くと言っていた。直ぐに来るだろう」

 ベイルはキョロキョロするフレイラにカラスの行き先を教えてあげた。

 一方、要塞の外ではサボが必死の形相で街道を走っている。

「はぁ、はぁ、ジェイドが捕虜なるなんて!このままでは私が機密を漏らした事がバレてしまう!」

 ジェイドに召喚魔法の機密を漏らしたのはやはりサボであった。ジェイドに襲われた際、命可愛さに簡単に機密を話したのだ。

「くそ!ハルフルト要塞に行ってベイルの不正を暴露してやる!そうすれば全てが有耶無耶だ!同時にあの魔導士も軍法裁判にかけてやる!」

 サボはベイルがカラスに要塞の金で報酬を払った事をネタに自分だけは助かろうと画策していた。

 サボが走っていると突如右足に激痛が走り盛大に転んでしまった。

「ぐがぁ!足が!なんで!」

 右足を見るとドクドクと血が流れている。まるで何かが足を貫通したようであった。

「ぐっ!何だこれは!攻撃!」

 地面でのたうち回るサボの様子をコレリア要塞の屋上から見ている者が一人だけいた。

 スナイパーライフルを構えスコープ越しでカラスは覗いていた。

 片耳にはイヤホンが付けられており、サボの体に付けられた盗聴器から音を拾っていた。この盗聴器はカラスがサボに馴れ馴れしく触った瞬間に付けられていた。

「やれやれ、何処の世界にもクズはいるんだな」

 盗聴器が要塞から離れた事に気付いたカラスは屋上に出てサボの事を監視していた。そしてサボの計画を全て知り要塞の屋上から射撃したのだ。

「何処から……攻撃を!とにかく身を隠さなければ!」

 サボは右足を引き摺りながら街道から逸れて森の中へ入っていった。

 森の中で右足の血を必死で止めようとするサボだが痛みと突如攻撃され為重大な事を忘れていた。

 草を踏む様な音が聞こえてサボが顔を上げると周りには血の匂いに釣られた狼の魔物が集まっていた。

 狼は殺気立ち、侵入者を殺そうとジリジリと近付いてきた。

「狼!やめろ!来るな!来るな!」

 カラスのイヤホンからサボの断末魔が響いてくる。

「クズにはお似合いの末路か」

 カラスは呟きライフルの片付けを何事無かったようにその場から去った。


 その後カラスはしれっとフレイラの下へ戻ってきた。つい先程サボを撃ったことは誰にも言っていない。

「契約は果たされました。カラスさんありがとうございました」

 フレイラはカラスに深々と頭を下げた。

「いいって事よ。報酬もたっぷり貰ったからな。まさか金貨とは恐れ入った」

 カラスは金貨が入った皮袋を嬉しそうに持っている。

「籠城戦では無用な物だ。持っていけ」

 渡したベイルもカラスの成果に満足そうである。

「これならまたいつでも呼んでくれ」

「出来るは分かりませんが心に留めておきます」

 カラスはフレイラの瞳をジッと見た。

「フレイラもいい瞳になったな」

「それは褒めているんですか?」

「ああ、暗い世の中でも真っ直ぐないい瞳だ。ずっとそのままでいてくれ」

「はい」

 カラスの言葉は本心でありそれはフレイラにも十分伝わった。

「じゃあな。中々面白い世界だったぜ」

「さようなら」

 そう言うとカラスは魔法陣の中へ消えていった。その淡白な別れがカラスらしかった。

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