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フレイラと主人公召喚

「司令部からの要請によりメーディア魔法学院から派遣されましたフレイラと言います。よろしくお願いします」

 フレイラと名乗った少女は緊張した面持ちで長い杖をギュッと握って立っている。腰まで届くほどの長い髪は青く綺麗に手入れが行き届いていた。メーディア魔法学院の象徴である深緑のローブを着こなすその姿はまさしく社会を知らない学生そのものであった。

「フレイラと言ったか?」

「はい」

 ベイルの問いかけにフレイラは緊張しながら返事をした。

「司令部からは何て言われた?」

「この近くで採集をしていたら学院から連絡が入り、ウェスター帝国の侵攻を止める為にコレリア要塞へ行けと」

「実戦の経験は?」

「野外活動中に魔物との戦闘を少々」

「引きこもりよりまだマシか……」

 ベイルは頭を抱えて呟いた。まさか司令部が学生を送ってくるとは夢にも思わなかった。それはミシェルも同じで眉間に皺を寄せて怪訝な顔をしていた。

 ベイルは少し黙り改めてフレイラに質問をした。

「優秀な魔導士と聞いたが本当か?」

「学院の成績は十位以内に入っています」

 確かに優秀な魔導士だがベイルは別に学校の成績を聞きたかった訳ではない。戦場では学校の成績なんてものは全く役に立たない。

 ベイルは多くの兵士を見てきた。優秀な人材として入隊してきた若者も呆気なく死んでしまう。そんな非常な現実が戦場に常に存在する。

「君はここが戦場になると分かって来たのか?」

「はい、それは分かっています」

「君みたいな魔導士は本来戦場に相応しくない。それにまだ君は学生だ、要請を断っても問題ないだろ」

 ベイルはフレイラを優しく諭した。魔導士だから帰ってもらうだなんて考えていない。ベイルとしては子供が戦争で命を散らすのを見たくないのだ。

「ここで活躍すれば研究費を融通すると約束してくれまして……私の家はその……あまり裕福じゃないので」

 フレイラは言いにくそうに答えた。ここでベイルは先の会話を思い出した。

「もしかしてこの近くで採集していたのも?」

「はい、買うお金も採集依頼するお金も全然足りないので自分で集めていました」

 魔導士は研究室から出ないと言われおり、欲しい研究資料や素材は全て金で解決するのが当たり前である。

 高額な授業料を払い学院に行き、最新の研究設備を整え、貴重な素材を入手する。魔導士はとにかくお金が掛かる。その為平民の魔導士は殆どおらず、名門魔導士の一族や貴族ばかりが魔導士として生きていけるのだ。

「金の為か……」

 ベイルは少し考えた。フレイラは他の魔導士と違い謙虚で大人しそうな雰囲気を纏っている。それだけで兵士と魔導士とのいざこざは無くなる。真面目そうで金の為にしっかりと働いてくれそうだが、役に立つかは別の問題だ。

「君は戦場に立てるかね?」

 ベイルは最後の質問した。

「多くの魔法を学んできました。戦闘も雑事もやれる事は何でもやります」

 フレイラの覚悟を聞いたベイルは少し考えたのち結論を出した。

「分かった。一緒にこの戦争を生き残ろう。ただ特別扱いはしない。必ず俺の指示に従ってもらう」

「はい!」

 ベイルは手を差し出してフレイラと握手を交わした。これでフレイラは正式にベイルの部下となった。

「良いのですか?」

 ベイルの判断に驚いたミシェルは思わず口を挟んだ。

「仕方ない、戦力は一人でも欲しい。それ司令部が派遣した人間を追い返したら向こうの顔に泥を塗る事になる。後の事を考えると司令部とは仲良くしないとな」

「戦争の最中でも顔を立てないといけないのですか?」

「戦争の最中だからだ。後ろから刺されたらたまったもんじゃない」

 二人が話していると扉が急に開かれた。

「報告します!敵軍を目視で確認!およそ二千!攻城兵器も確認されました!到着まで二時間と思われます!」

 部屋に入ってきた兵士が伝えるとベイルは直ぐに指示を出した。

「直ぐに小隊長を集めろ!作戦会議を行う」

 そこから五分もしないうちに小隊長達が作戦室に集まった。

 作戦室は長机にいくつもの椅子が置かれただけの質素な部屋である。机の上には周辺の地図が広げられており、戦況を確認できるようになっていた。

 そこにフレイラも参加していたが、皆ジロジロと厄介者の様にフレイラを見た。

「集まった様だな。では作戦会議を始める。報告によると敵軍の数はおよそ二千、攻城兵器も確認できた。司令部からは二週間耐えろと命令があった」

 ベイルが司令部からの命令を伝えると小隊長達は口々に声を上げた。

「無茶です!」「今日も保つかどうか分からないんですよ!」「中央は何を考えてんだ!」

 好き勝手に喋り憤る小隊長達をベイルは叱責する事などできない。

「それは俺もそう思う。何でもハルフルト要塞に兵が集まるまで耐えて欲しいらしい」

 狼狽える小隊長達にベイルは更に悲しい事実を伝えた。

「それじゃあ捨て駒じゃないか」「司令部はいつもこれだ!」「戦場を分かってない!」

 ミシェルは興奮する小隊長達を宥めて、ベイルと話し合った事を語った。

「ベイル部隊長はこの要塞を捨て撤退戦に移行する事も検討している。二週間耐えるのは現実的には不可能であり、ハルフルト要塞に向かいつつ撤退戦をすれば最悪全滅は避けられます」

「まあ、それも今日を生き延びてからだ。とにかく後の事は考えるな。奴等を全力で迎え討つ」

 ベイルの作戦に皆黙ってしまった。簡単そうに言うが撤退戦も厳しい戦いになるのは目見えていた。

 そんな中、小隊長の中でも嫌味な顔つきの男がフレイラを見て質問した。

「ところでベイル部隊長、彼女は?何故ここに魔導士、しかも学生がいるのですか?」

「ああ、司令部から派遣されてきた魔導士だ。戦力の足しにしてくれと」

「メーディア魔法学院に在籍しています。フレイラと言います。よろしくお願いします」

 フレイラは深々とお辞儀をした。

 丁寧な挨拶だが嫌味な男に続き周りも不満そうにフレイラを見た。こんな危機的状況に魔導士という足手まといまでいたらたまったもんじゃない。

 ベイルは自己紹介がてらフレイラに質問をした。

「そうだ、フレイラは何が出来るんだ?」

「えっと、一通りの基礎魔法は習得しています。それと専門は召喚魔法です」

 ベイルは召喚魔法という聞き慣れない言葉に更に続けて質問をする。

「魔法に詳しくないので全く分からないのだが、召喚魔法とやらは戦場で役に立つのか?」

「召喚するものによりますが戦況に大きく影響を及ぼす程のものは召喚出来ません。鳥とか馬とか……大型の魔物なんかは十人規模で召喚をしますし……」

 小隊長達は落胆した顔や最初から期待していないで表情を変えない者など様々であった。

「なら基礎魔法で出来る事をやってもらう」

 ベイルも諦めかけたその時、

「あっ!」

 フレイラは何か思いついたのか大きな声を出した。

「なんだ?」

「すいません、大きな声を出して。一つだけありました。戦況を変えられるものが」

 フレイラの言葉に作戦室の空気が変わった。何かこの絶望的な状況を打破できるのではないのかとほんの少しだけ期待したのだ。

 それはベイルも同じであった。興奮を隠しながらフレイラに続きを促した。

「それは何だ?」

「主人公召喚です」

「主人公召喚?」

 また馴染みのない言葉にベイルは聞き返してしまった。周りの小隊長達も何なのか分かっていない。

「はい、英雄譚に登場する様な主人公を召喚するのです。どんな逆境や危機も乗り越えて活躍するまさに主人公です」

 あまりにも突拍子もない話にベイルも驚きを隠せない。

「そんな馬鹿げたもの本当にあるのか?」

「古代召喚魔法の研究をしているときに見つけました。かなり強力な魔法だと記述されていました」

 フレイラの話に小隊長は好き勝手に話し始めた。

「確かに一人で大隊を殲滅した英雄の話はあるが……」「子供向けのお伽噺だ、馬鹿馬鹿しい」「だが本当ならこの戦争に勝てるぞ?」

 作戦室はざわめき始めたがまだフレイラの言葉を怪しんでいる。

 ここでベイルが一つの疑問を口にした。

「もしそれが本当なら願ってもないが、何故そんな強力な魔法を誰もが使っていないんだ?戦況をひっくり返す事ができるならどこの国も使っている筈だ。何か重大な欠点があるのだろう?」

 ベイルの至極真っ当な疑問にフレイラは答えを持ち合わせていた。

「それは人を召喚するからです。動物なら使役できますが人は出来ません。召喚したものを操れないのは危険性があります」

「つまり主人公のご機嫌に振り回される訳か……」

 ベイルは考えるため黙ってしまった。召喚したところで命令を聞かないのであれば邪魔者でしかない。

 ベイルが黙っていると嫌味な小隊長が口を挟んだ。

「いいじゃないですか、やってみましょうよ。今は一人でも戦力が欲しい状況です。戦えるなら戦場に立たせて、戦えないなら後方で雑事でもやらせましょう。撤退戦でも囮すればいいんです」

 嫌味な小隊長はフレイラを小馬鹿にした目で見ている。

「確かに一理ある。少し考えさせてくれ」

 後は部隊長であるベイルの判断するだけだ。この場にいた全員がベイルを固唾を飲んで見守っていた。

 少しの沈黙を置き、ベイルの答えは、

「分かった。フレイラ、主人公召喚をやってくれ。今すぐにだ」

「はい」

 フレイラは大きく返事をすると鞄の中から紙を取り出し少し空いたスペースで杖を握り呪文を唱えた。

「英雄譚の主人公よ!契約をここに!我が声に応え、現世に顕現しその力を大いに奮え!」

 フレイラの呪文に反応するように床に召喚陣が現れて光り出した。

「召喚!」

 激しく召喚陣が光ると人影が見えた。

 誰もが期待と不安の眼差しで見つめる中、光の中から現れたのは……

「何処だここ?あれ?会場じゃないのか?」

 鼻に絆創膏を貼り付けた少年であった。

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