エロハプニングの必勝法
「敵軍は!」
要塞の屋上へと急いでやってきたベイルが地上を見ると敵軍の姿はなかった。朝と同じ広い平野が広がっているだけである。
「見えませんね?」
「誤報か?」
フレイラも見たが敵軍の影もなくベイルは誤報を疑った。そんなベイルの下へミシェルが駆け寄ってきた。
「ベイル部隊長、あれご覧ください」
ミシェルに望遠鏡を渡されてベイルが覗き込むと確かに国境から誰かが向かってきているのが見えた。
「騎士?それも一人?」
「おそらくあれはウェスター帝国の魔導騎士ジェイドです」
戸惑うベイルにミシェルが解説をしているとフレイラはその名前に反応した。
「聞いた事があります。魔法を施した鎧を着てどんな攻撃も受け付けないとか」
フレイラの有益は情報はベイルにとって助かったがそれでもジェイドの行動に疑問を抱いた。
「だからといって一人で要塞を落とすつもりなのか?」
「分かりません、もしかしたら交渉するつもりかもしれません」
ミシェルの考えはおそらく違うだろうがそれでも万が一ということもある。そもそも一人で要塞に向かってくるなど想定していない。特殊な状況だからこそいつもと変わらぬ対応をベイルは行った。
「警告を出すぞ」
「はい」
ベイルはミシェルに指示をして巨大な筒を用意してそれに向かって大声を出した。
「ここはセントミドル王国内である!それ以上要塞に近付けば侵略行為とみなし戦闘を開始する!和平交渉をするつもりならその場で立ち止まれ!」
ベイルの声は巨大な筒を通して平野に響き渡った。そのあまりに大きな声に近くにいたフレイラは思わず耳を塞いでいた。
一方、ベイルの警告が届いたであろうジェイドはそれを無視し要塞に近付いてきた。
「目標、歩みを止めません」
ミシェルの報告にベイルも覚悟を決めた。
「戦闘は必至か」
「まさか一人で向かってくるとは……」
要塞を単騎で落とそうするジェイドにミシェルも驚きを隠せない。
「フレイラ、鎧に施した魔法への対処は?」
ベイルは魔法の専攻しているフレイラに質問をした。
「術者の実力によりますが、基本的には魔力が尽きるまでです」
「なら攻撃をし続ければいつかは魔法が解けると?」
「はい、ですがああやって一人で来たことを考えると余程魔力量に自信があるのでしょう」
フレイラからの情報を元にベイルは少し考えて指示を出した。
「分かった、まずは弓矢による一斉射撃だ。とにかく奴の魔力を削ぐぞ」
「はい!」
ミシェルが各隊長にベイルからの命令を伝えていく。
屋上にずらりと並んだ弓兵はただ一人の騎士に注目している。これほどの兵力差を目の当たりにしてもジェイドは真っ直ぐに要塞を目指して歩いている。
淡々と歩いてくるジェイドとは裏腹にコレリア要塞の兵士は緊張していた。敵はただ一人の筈なのに。いや、だからこそ得体の知れない恐怖に支配されていた。
ジリジリと焦ったい時間が過ぎ、遂にジェイドが矢の射程に入った。
それを確認したベイルは改めて警告を出した。
「最後の警告だ!それ以上要塞に近付けば攻撃を開始する!」
それでもジェイドは止まらない。淡々と歩くその姿に恐怖など微塵も感じられなかった。
「構え!」
ベイルが弓兵に指示を出す。その指示が聞こえた瞬間、弓兵は一斉に弓を構えた。
「撃て!」
ベイルの命令によって矢が放たれた。
矢の雨がジェイドに降り注ぐ。これだけの矢を浴びたなら一本くらい鎧を貫通して刺さる筈だが、ジェイドには一本たりとも矢は刺さらず傷一つ付いていない。何事も無かったかの様に歩き続けるその姿は人間ではないかと思ってしまうほどであった。
「全く効いていません」
「休むな!攻撃の手を止めるな!」
ミシェルの報告にベイルは攻撃を続ける様に指示を出す。それを聞いた弓兵は更にジェイドに向かって矢を放った。
しかしイタズラに矢を消費するだけでジェイドに対して全く効いていない。フレイラの話では魔力が尽きれば鎧の魔法が解けるらしいが、見た目が変わらない為、本当に魔力が減っているのか疑わざるを得なかった。
執拗に攻撃を加えても一瞬でも立ち止まる事もしなかったジェイドは遂に要塞の城壁に辿り着いた。
「どうするつもりだ……」
ベイルが不安そうに見つめる中、ジェイドは腰に下げている剣を抜くと城壁に向かって振り下ろした。
ズドーンと大きな破壊音と共に城壁の一部がガラガラと崩れ落ちた。丁度人一人分通れる大きさの穴が城壁にぽっかりと空いてしまった。
ジェイドはその穴を通り当然の如く要塞内に侵入した。
「侵入を許しました!!」
「直ぐに向かうぞ!」
ミシェルとベイルは屋上から要塞内に戻り急いでジェイドの下へ走っていく。フレイラもその後を置いていかれないよう必死に追いかけた。
下の階からは戦闘の音と悲鳴が聞こえてくる。
ベイル達が急ごうにも要塞の作りは複雑で侵入されても簡単に攻略できないようになっている。それが今回仇となりジェイドの下へ向かうのに時間が掛かった。
戦闘音が聞こえる方へ走っていくと遂に標的が姿を現した。
敵地で堂々と立つジェイドの足元にはサボやその部下達が呻きながら転がっていた。
ジェイドは転がる兵士や部隊長であるベイルに目もくれずフレイラを見た。
「見つけた。お前が召喚魔法を使う魔導士だな」
そう言いジェイドはフレイラを指差した。兜で表情は見えないがフレイラに対して強い敵意がある事だけは分かりフレイラはグッと身を縮めた。
ベイルはフレイラを守るように前に出た。しかしそれすらミシェルにはどうでもよさそうでキョロキョロと人探しをする様に見回した。
「今日は召喚された奇妙な連中はいないのか?」
「さあ、どうだと思う?」
「別に関係ない。召喚魔法を使った魔導士を殺せばいいのだからな」
ジェイドが剣を構えるとベイルはジェイドから目を離さずに大声を上げた。
「ミシェル!フレイラを連れて逃げろ!ここは我々で塞ぐ!」
そう言うや否やミシェルはフレイラの手を引いてその場から離脱した。
「了解!こっちです!」
「逃すと思うか!」
ジェイドがフレイラを追おうとするがベイルを始め多くの兵士が盾を構えて進路に立ち塞がった。
ジェイド一人に対して多くの兵士が戦っているがフレイラは心配でしょうがない。
「ベイル部隊長はどうするんですか!」
「部隊長も軍人です。その覚悟はあるかと」
「そんな!」
「とにかく走って!」
不安で足を止めることも出来ないフレイラはミシェルに言われるがままに走り後についていく。
しかしフレイラを守るためにジェイドに立ち向かっていく兵士とすれ違う度に心が痛み、感情を抑えきれなくなった。
「私を守ってもレンスケさんが何も力がなければ意味がないですよ!」
「今日が駄目でも明日があるかもしれません。今は生き残る事だけを考えて下さい。ベイル部隊長が言った通り貴方は我々が生き残れる唯一の希望なんです」
ミシェルの言葉にフレイラは不安や自身に対する情け無さを胸の奥に押し込み、その覚悟を受け取った。
「でも何処へ行けば」
「地下通路を使って要塞から脱出します」
「要塞を捨てるのですか!」
「貴方だけが逃げるのです。それでハルフルト要塞に行き反撃の機会を伺います」
この要塞で防衛戦を始めて四日目、遂に要塞を捨てる事になった。それも要塞を取り囲む様な大軍でもなく、たった一人の魔導騎士の襲撃によってだ。
「ミシェルさんは?」
「勿論一緒に行きます。ただ道中敵の追撃があれば私が残って時間を稼ぎます」
「それなら私も……」
「命を賭けてベイル部隊長が逃してくれたんです。貴方は生き残る事だけを考えて下さい。さあ、この部屋です」
ミシェルが案内したのは何の変哲もない食料備蓄庫であった。
そこの床に置いてある木箱を退かし、さらに床板を外すと地下に続く梯子が現れた。
「ここから降りて、真っ直ぐに行きます」
ミシェルがフレイラを先に地下通路への穴へ入るように促していると背後から背筋が凍る様な冷たい声が聞こえた。
「行かせんぞ」
二人が振り向くと扉の前にジェイドが立っていた。もちろん、その自慢の鎧には傷一つ付いていなかった。
ジェイドが剣を抜きフレイラに向かって突っ込んでいくとミシェルが盾を構え二人の間に割って入った。
「ぐっ!」
ジェイドの剣は魔法で強化されておりその見た目より重く破壊力が増しており、ミシェルの盾を一撃でヒビを入れた。
ジェイドによる追撃の横薙ぎでミシェルの盾は完全に粉砕され、勢いそのままミシェルは壁に弾き飛ばされた。
「ミシェルさん!」
「逃げて下さい……」
フレイラがミシェルに駆け寄ったがミシェルはうずくまり戦うどころか立ち上がる事すら出来ない状態であった。
「さあ終わりだ」
ジェイドの酷く冷たい声が聞こえてフレイラが見上げるとジェイドは剣を振り上げていた。
恐怖で身がすくみ目を閉じると、カンッ!と部屋に響く剣の音が聞こえた。その剣の音はフレイラに対して振り下ろされようとしたジェイドのものではない。
フレイラが恐る恐る目を開けるとジェイドの背後から剣で切り付けたレンスケが立っていた。
「レンスケさん!」
フレイラは思わずレンスケの名を呼んだ。
ジェイドは振り返りレンスケを品定めする様に見た。
「お前が召喚された人間か」
「そうだとしたら?」
ジェイドの威圧感のある声にレンスケは震える声で答えた。声どころか足も手も震えている。
「こんな脆弱な男を召喚して何になるんだ?」
「さあ?何だろうな?俺が知りたいさ」
ジェイドの表情は見えないが声色から明らかに馬鹿にしているのは分かった。それでもレンスケは虚勢を張る。
「レンスケさん逃げて下さい!」
「殺されそうな人がいるのに逃げるなんてできないだろ!」
フレイラの忠告を無視してレンスケは剣を振り下ろした。しかし剣は鎧に当たったが傷一つつけれやしなかった。
「無駄だ。その程度の攻撃、魔力を消費するまでもない」
レンスケはジェイドの横薙ぎによって簡単に弾き飛ばされた。
「ぐあ!」
剣でなんとか直撃は避けたがその衝撃でレンスケは吹っ飛び、壁にたたきつけられた。
「レンスケさん!」
フレイラの悲痛な叫びが部屋に響く。
「さあ、次はお前だ」
ジェイドはフレイラの方を向きゆっくりと歩いた。しかし突如ジェイドは足を止めた。
ジェイドが下を見るとレンスケがジェイドの足を掴んで離さなかった。
「まだ抵抗するか」
ジェイドはもう片方の足でレンスケの頭を蹴っ飛ばした。
「がっは!」
それでもレンスケはジェイドの足を掴んで離さない。歯を食いしばり両手でジェイドの片足をガッチリと抱えていた。
そんなレンスケにジェイドは何度も蹴りを入れる。見ている方が辛くなるようなそんな仕打ちに堪らずフレイラは叫んだ。
「レンスケさん!もういいです!死んでしまいます!」
しかしレンスケは決して足から手を離さない。
「いやだ!死んじまってもここで動かないと絶対後悔するから!」
レンスケの鼻からは鼻血が垂れ、額は裂けて血が流れている。そんな状況でもレンスケは手を離さなかった。
いよいよ痺れを切らしたジェイドは蹴るのをやめて剣を構えた。
「なら死ね!」
ジェイドがそう言うと剣を突き立てレンスケを刺そうと勢いをつけた。
レンスケは最後の力を振り絞って立ち上がり、ジェイドの腹目掛けて飛びついた。
「うおおお!」
「なっ!」
レンスケがジェイドの胴回りに飛びつくとジェイドの鎧が少し光った。そして何故か上半身の鎧がドスンと音を立てて床に落下した。
レンスケは飛びついた感触が鎧ではなく柔らかいものに違和感を覚えた。
「何だこの感触?」
モミモミと、その感触を堪能し顔を上げるとそこには兜と下半身の鎧だけを纏った女性が立っていた。レンスケは女性の胸を揉んでいた。
ジェイドは女だったのだ。
そして鎧が落ちて露わになった上半身は何故かやたらと布面積が少ない下着だけを着用していた。
ジェイドの格好は上から兜、下着、鎧と明らかにおかしなものになっていた。
「え……!!」
この状況にフレイラもレンスケも困惑して動けなくなっていた。そしてジェイド自身も何が起きたか理解出来ないようでピクリと動かないでいる。
そんな静止した時間の中、扉の方からガチャガチャと鎧の音を立てながらベイルが兵士を連れてやってきた。
「大丈夫か!……何だこの状況は?」
ベイルは勢いよく部屋に入ってきたが上裸の変態女騎士が立っており全く状況が飲み込まなかった。
そしてようやく我に帰ったジェイドは「きゃあああああああぁぁぁぁ!!」と悲鳴を上げた。
ジェイドは剣を壁に向かって振り下ろした。
ズドンと激しい音を立てて壁は崩壊して外に繋がった。ジェイドは床に落ちた鎧を拾い上げると壁を破壊してできた穴からジェイドは走り去っていった。
残された者たちは漠然とそれを見守る事しか出来なかった。
「え?どういう事だ?」
ベイルが改めて状況を確認した。
「えーまあ……勝ったと言う事で……」とレンスケが歯切れが悪そうに言い。
「そんな感じ……ですかね?」とフレイラも何と言ったらいいか分からなかった。
「契約は無事果たされました。ありがとうございましたレンスケさん」
ジェイド襲撃からしばらく経ちフレイラがレンスケと別れの挨拶をしていた。レンスケの怪我はフレイラが治したおかげですっかり綺麗になっていた。
「ええ、まあ、お役に立ててなによりです」
フレイラは感謝しているがレンスケとしてはいまいち納得いってなかった。そんなレンスケを察しってかベイルはレンスケの手を強く握り感謝の意を示した。
「君のおかげで全滅は避けられた本当に感謝する」
ベイルの真っ直ぐの目にレンスケは照れ臭そうに笑った。
「まあ、そんなんですけど……なんで鎧が外れたんでしょうね?」
「おそらく、あの鎧は普通の手段では外れない様に魔法が掛けられていたんだと思うのですが、レンスケさんがたまたま魔法を解く場所を触ってしまったんです」
「それで脱げちゃったと……」
「ええ、まさかあんな事になるとは……」
突然半裸になったジェイドを思い出し二人は気まずそうに目を逸らした。
「俺ももっとカッコよく活躍できたらよかったんですが」
レンスケの言葉にフレイラは強く反発した。
「いえ、レンスケさんはカッコよかったですよ。身を挺して私を守ってくれました。レンスケさんの周りに多くの人が集まる理由が分かりました」
フレイラからも褒められたレンスケは顔を赤くし照れている。
「……いや、その、へへ、じゃあもう帰らないとなー。また何かあれば力を貸すから」
照れ隠しだろう。レンスケは魔法陣の上に早々に乗っかった。
「ではさようなら」
フレイラは深々と頭を下げてレンスケを見送った。
「また一緒に訓練しよーなー」
兵士の一人が帰還するレンスケに近付き声を掛けた。この兵士はレンスケと一緒に訓練をした兵士の一人である。
「いやそれは勘弁です。マジで」
「はっは!何言ってんだよ!」
レンスケがすぐさま断ると兵士は笑いながらレンスケの背中をドンと叩いた。
「いって!」
一般兵士なら何なら問題のない軽い打撃である。しかし相手は日頃訓練をしてない一般高校生。更に訓練での疲労が溜まった足には兵士の打撃は耐えられなかった。
レンスケは背中を叩かれた衝撃で大きく前に乗り出した。そのレンスケは顔が丁度前で立っていたフレイラの胸にぶつかる。
「レンスケさん?」
フレイラは自身の胸に顔を埋めるレンスケに凍る様な冷たい声を出した。それにレンスケは顔を上げる事が出来ない。
「いや、だから……これは事故で」
フレイラの顔を見ずにレンスケは必死に言い訳を探している。
「やっぱり貴方は少し痛い目を見ないと行けないようですね……炎よ!」
フレイラは杖に魔力を込めて小さな火の玉を出現させた。レンスケは火の玉を見るや否や魔法陣に飛び込んだ。
「すいませんでした!それじゃあ!」
「こらーーー!!待てーー!!」
逃げる様に帰っていったレンスケにフレイラは火の玉をぶつけようとするが、魔法陣は光りレンスケを元の世界へと帰還させてしまった。