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愛染レンスケの受難

「本当にすいませんでした……」

 フレイラは椅子に座る男に深々と頭を下げた。

「いや、こちらこそ……確認しなかった俺が悪いですし」

 男もフレイラに叩かれて腫れた頬をさすりながら申し訳なさそうにしている。

「直ぐに治しますので」

 フレイラが杖を握り呪文を唱えると杖が光りだし男の頬の腫れがみるみるうちに消えていった。

「まさかと思ってたけど本当に魔法があるんだ」

 男は痛みと腫れが消えた頬を触りながら驚いている。

「これで痛みは無くなった筈です。遅くなりましたが私の名前はフレイラです。貴方を召喚魔法でこの世界に呼び出しました。こちらがこの要塞を任せているベイル部隊長です」

「よろしく頼む」

 ベイルは部隊長なのでフレイラの紹介に堂々としているがフレイラは深々と頭下げて挨拶をした。

「えっと、愛染レンスケって言います。高校二年生です。よろしくお願いします」

 レンスケも頭を少し下げて自己紹介をした。レンスケはブレザーを着たごく一般的な高校生の格好をしており、中肉中背、顔も特別特徴的とは言えない平凡そうな男であった。

 レンスケは心配そうにソワソワしながら自身の去就について質問した。

「それで何で俺は召喚魔法とやらで呼ばれたんですか?何かやばい事に巻き込まれてたりするんですか?」

「ここからは私が説明しよう」

 フレイラに代わりベイルは戦況を伝え、レンスケに戦争に参加するよう求めた。説明を聞いてるレンスケの顔はみるみるうちに青ざめていきベイルが話終わるや否や、

「いや、無理ですって!俺戦いなんてした事ないし!」と全力で拒否した。

 しかしベイルはめげない。これまでもそうであったようにレンスケにも何かあるはずだと確信していた。

「今まで召喚された者もそうだったが必ず戦果をあげていた。だから君にも何か特別な力があるはずだ」

 グイグイと迫るベイルにレンスケは全力で拒否するが周りは誰も止めない。

「いや!無いですって!他の人は何が出来たんですか?」

「石を投げたら炎の虎が出てきて投石機を破壊したり、要塞から落ちても爆破されても無傷であったり、巨大な星を落としたり」

「それって本当に人間ですか?」

「それについては私も疑問に思っている」

 ベイルは自分でおかしな事を言っていると自覚はしているが、実際に目の前で起きた事実である。

 何も期待していなかった子供二人にテンションの高い女の子、それが思いもよらぬ活躍をしたのだからまだマトモそうに見えるレンスケに期待するのも無理はない。

「俺はそんな事出来ませんよ?これまで普通に生活してきただけですし」

「何か特技はないのか?そちらの世界にしかなさそうなものでもいい」

「特技と言っても……大体魔法だって無い世界だからなぁ……」

 どうにもレンスケの反応が今までの三人とも違う事にベイルは違和感を覚えた。これまでの者達は戦うことに否定的であったが自信に溢れていた。しかしレンスケはどうであろう。オドオドし頼りない。

「フレイラこれはどう言う事だ?」

「分かりません。ただ召喚されたと言う事は何か意味がある筈です」

「うーむ」

 理由が分からずベイルとフレイラは二人して悩み始めた。その間ほったらかしのレンスケは何をしたらいいか分からず困り果てている。

 そんな停滞する空気の中、ミシェルが意見した。

「もしかしたら本人がその才能に気付いていないだけでは?無自覚なのか、それとも才能が開花していないなか分かりかねますが」

 確かにミシェルの考えは一理あった。ビクトはボール投げて火が出るのを当然と思い込み、ハツメは爆破されて生き残っても何の疑問にも思っていなかった。

 それならレンスケも本人が当然だと思っている何か特別な才能があるはずである。ミシェルはそう考えた。

 ミシェルの意見を聞いたベイルは改めて考え始めた。

「そうかもしれん。ではどうするか……」

「ひとまず魔力量を見てみますか?量が多ければ強力な魔法が使えるかもしれません」

 ベイルにフレイラが一つの提案をしてみた。

「そうしてくれ」

「レンスケさんお手をお借りします」

「は、はい」

 フレイラがレンスケの両手を握り目を閉じた。これは一般的に知られる相手の魔力を計る方法である。

「今からレンスケさんの魔力量を計ります」

「もしかして俺にも魔法が使えるとか?」

「魔力があったらですが」

 レンスケはワクワクしており、それが表情に漏れ出ていた。ウキウキが顔に出ながらフレイラが計り終えるの待ち続けた。

 部屋に緊張の沈黙が訪れた。

 フレイラが目を開けると「どうだ?」とベイルが一番に聞いてきた。ベイルも期待していたのだろう。

 レンスケから手を離したフレイラの顔は驚愕の表情をしていた。

「信じられません!」

「どうでした!俺、魔力ありました?」

 フレイラの一言にレンスケの期待が一気に膨らんだ。顔のニヤけが止まらない。これは凄い事が起きそうだと期待に胸が膨らんだ。しかし、

「全くありません。魔力は本来誰でも少なからずあるのにレンスケさんにはカケラも感じられません。本当に魔法の無い世界から来たんですね」

「そうですか……」

 フレイラが非常な事実を伝えてるとレンスケは目に見えて落ち込んだ。これにはベイルも残念そうな顔をしているが直ぐに切り替えた。

「じゃあレンスケ君、中庭に行くぞ」

「いいですけど何をするんですか?」

「剣の才能がないか確かめる」

 ベイルの提案を受け入れたレンスケと共に一同はぞろぞろと中庭に向かった。中庭にいた兵士達は突然隊長達が来たことにより何だ何だとざわつき始めた。

 中庭の端っこの方に集まった面々はベイルとレンスケが向かい合っているのをただ見つめていた。

 ベイルは模造刀を二本持ち、そのうちの一本をレンスケに渡した。

「とりあえず打ち込んでみてくれ」

「あ、はい」

 剣を構えたベイルにレンスケは恐る恐る剣を振った。

「とぉぉぉ!!」

 ベイルが構えた剣に当てたがベイルは微動だにしない。

 ベイルはレンスケに発破をかける。

「もっとだ!」

「うおお!!」

「腰を入れて!」

「ぐうおぉぉぉ!」

 どんなに力を込めてもベイルの剣を動かすことのできないレンスケの顔は力を入れ過ぎて真っ赤に染まっていた。

 そんな頑張りを見せたレンスケの評価を「うん、まぁ……そうだな、普通だな」と、どこか気まずそうにベイルは下した。

「イヤだから戦った事ないって言ったでしょ!」

「うーむ、レンスケ君は一体何だったらできるんだ?」

「それ悪口ですよ」

 悪気のないベイルの一言にレンスケは冷静に突っ込んだ。

 その後も何度かベイルとレンスケは打ち合ったがレンスケの輝ける才能の原石を見つけるに至らなかった。

 地面に座り込んで息を整えるレンスケを見ながらベイルとミシェルは相談していた。

「とりあえず彼抜きで作戦を考えた方が良いのでは?」

「うーむ、もう少し見てみよう」

 その時ミシェルがフレイラのある事に気がついた。

「フレイラさん?どうしました?」

 眠たそうにうつらうつらとしているフレイラにミシェルが声を掛けると、フレイラは少し驚いたように体を起こした。その反応は完全に居眠りをしているようだった。

「あ、すいません。昨日の疲れが残ってるみたいで」

 あれだけ熟睡したフレイラであったが昨日の疲れは完全に抜けきっていなかった。

「ここは我々に任せて少し寝てこい」

 そんなフレイラに対してベイルは叱責するどころか休む事を勧めてきた。これにはフレイラも戸惑いを隠せない。

「え、でも」

「ここのところ君に頼りっぱなしだからな。それにいつ敵が来るか分からない。寝れる時に寝ておけ」

「……ではお言葉に甘えて」

 周りの兵士も特に文句を言う者もおらず、フレイラは提案を受け入れた。

 ぺこぺこと頭を下げながら中庭出たフレイラはその足で倉庫に向かった。

 寝室代わりの倉庫に戻ったフレイラは布団に倒れ込んだ。するとあっという間に睡魔が襲ってきた。眠りに落ちる間にフレイラはある事を思い出した。

「そうだ……いつもは話を聞くんだった……レンスケさんの話を聞かないと……」

 フレイラはいつも召喚された者に親身になって話を聞いていた。今日はベイルが主導していた為それを怠っていた。

 しかしフレイラは睡魔に抗えずそのまま眠ってしまった。


 フレイラがハッと目を覚ました時、小さな窓から光が差し込んでいた。

「どれくらい寝てたんだろ……お昼くらいかな?」

 十分寝たと判断したフレイラは皆と最後に別れた中庭に向かった。そこではレンスケがまだ剣を振っておりヘロヘロになっていた。

 フレイラはとりあえずそれを遠巻きで眺めていたベイルに声をかけた。

「どうですか?レンスケさんの様子は?」

「見ての通り何にもならない」

「そうですか」

「まあ、見どころはある。当然召喚されたのにああやって訓練をしてるからな」

 ベイル曰く、レンスケは弱音や文句は言うが訓練は真面目にしているらしい。

「ですがやっぱりただの普通の人に見えます」

「一応要塞の修繕も手伝って貰ったが」

「どうでした?」

「丁寧な仕事だった」

「そうですか」

 他にも弓矢を使ってみたり、重い物を持ち上げさせてみたり、全力で走らせてみたりと思いつく限りの事を試したが手応えは無く、フレイラが眠っている間にレンスケの才能が判明する事は無かった。

「とりあえず休憩にしよう。フレイラ彼に回復魔法をかけてやってくれ」

「はい」

 ベイルの指示されたフレイラは地面に座り込んでいるレンスケの下へ行った。

 体のあちこちに生傷に作ったレンスケはフレイラが近付いているのも気付かないくらい疲れていた。

「大丈夫ですか?」

「まあ、それなりに……」

「今、回復魔法をかけるので」

 フレイラが杖を握りしめ魔力を込める「癒しよ」と唱えるとレンスケの体の傷は瞬く間に治っていった。

「本当に傷が治った、やっぱり魔法ってすげーな」

 レンスケが改めて魔法に感心しているとフレイラは深々も頭を下げた。

「こんな事に巻き込んですいません」

「いいですよ、問題に巻き込まれるのは慣れてますから」

「そう言ってもらえると助かります」

 暗い表情をするフレイラにレンスケはわざとらしく明るく振る舞った。

「それに魔法がある世界なんて滅多に来れる事なんてないし!こんな珍しい体験できて嬉しいですよ!本物の剣とか弓とか初めて持ったし!」

 強がりなのは誰が見てもバレバレだがレンスケはそれでも無理やり笑顔を作りフレイラを安心させようと振る舞った。

「すいません。本来なら私がしっかりしないといけないのに気を遣わせちゃって。戦いだってやりたくない筈なのに」

「いいんですよ。何が出来るわけじゃないけど、助けに呼ばれたなら貢献したいですし」

「ありがとうございます」

 初対面で胸を鷲掴みした時と比べるとレンスケへのフレイラの好感度は上がっていた。あれは本当に悪気がなかったのだろうとフレイラも確信した。

 フレイラは眠る寸前に考えていた事を思い出した。

「そうだ、悩みとかないですか?」

「悩み?」

「以前来た子は怪我をしていて実力を発揮出来なかったんです。もしかしたらレンスケさんの悩みを解決すれば何か起こるかもしれません」

 フレイラの問いにレンスケはしばらく考えた。そして出した答えは。

「まあ、この現状ですかね」

「あーそれ以外で」

 フレイラにあっさりと悩みを否定されたレンスケは改めて考え始めた。

「うーん、楽しく学校生活を送ってるし……何不自由無く暮らしてるし……」

「何でもいいです!どんな些細な事でも!」

 そうフレイラが言うとレンスケは「あっ……」と何か思いついたように顔を上げた。

 しかしどこか気まずそうな照れ臭そうな顔をしてそれを話さない。

「何かあるんですね?」

「いや、まあ……あるっちゃありますけど……」

「お聞かせ下さい!力になります!」

 フレイラの圧に押し切られる形でレンスケはようやく話し始めた。

「えっと、じゃあ……最近学校で気になる子がいて、でも俺には幼馴染の許嫁もいて……どちらも可愛いくてどうしたらいいかなって……」

 レンスケの悩みを聞いたフレイラは絶句した。そして絞り出した答えは、「もう元の世界に帰りましょうか」

「ちょっと待ってよ!恥の忍んで打ち明けたのに!」

「そんなくだらない悩みを解決したところで何になるんですか!」

「いや、俺にはかなり重大な悩み何だよ!それに血の繋がらない妹も俺に気があるみたいだし!最近やけにグイグイ来る後輩もいて大変なんだよ!」

 レンスケの周りにはやたらと女の子が多く、それをまるで困っている様な言い草である。

「自慢ですか?」

「自虐だよ!」

「もう休憩も終わりしましょう」

「ちょっと待って下さいよ!」

 フレイラが立ち上がったがレンスケはフレイラの手を引っ張ってしまった。

「きゃあ!」

 突然の事に態勢を崩したフレイラはその場で尻餅をついた。そしてレンスケも同じく態勢を崩してしまった。

 本来なら耐えられる筈だが、長時間の訓練により足に疲労が溜まっていたのだ。回復魔法は怪我を治せても疲労は治せない。

 そうして二人して地面に倒れ込み、完成した体勢は、フレイラの股の間にレンスケの顔面が押し付けられるなんともあり得ない倒れ方であった。

「レンスケさん?もしかしてこんな事をいつもやっているのですか?」

「いや、いつもじゃない!でも多々あると言うか……不可抗力で起きちゃうと言うか……」

 レンスケは股の間から顔を出して必死に弁明をするがフレイラの心には全く響かない。

「もしかして許嫁や妹にも?」

「まあ、その……たまに?偶然?みたいな?」

「最低です」

「すいませんって!」

 フレイラがレンスケの頬を叩こうとした瞬間、要塞内に警報の鐘が鳴り響いた。

「敵襲!敵襲!」

 その声を聞き要塞内は慌ただしく動き始めた。ベイルが駆け足でフレイラの下へやってきた。

「フレイラ!行くぞ!」

「はい!」

「すまないがレンスケは隠れていてくれ」

 ベイルとフレイラが去ろうとする背中をレンスケが呼び止めた。

「フレイラさんも戦うんですか?」

「勿論です。レンスケさんは自身の身の安全だけを考えてください」

 それだけ言うとレンスケを置いてフレイラはベイルの下へ走っていった。

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