第九話
わたくしたちは場所を移動して、誰もいない部屋に入りました。クラウス様に促され、わたくしは椅子に座ります。
「この場面をエルに見られると、勘違いされそうだね」
ふふっと笑ったクラウス様につられ、わたくしも笑みを浮かべます。
ちょうど、セルナに言われたことを実践できている気がします。ただ、お話しする相手は嫉妬させようとしている人のお兄様ですけれど。
「クラウス様。ご相談とは何でしょう?」
「エレアノール嬢に、聞きたいことがあるんだ」
彼がわたくしに聞きたいこと? 全く見当もつきません。
「貴女は、カタリナ嬢と親しくしているよね?」
「はい」
頷くと、クラウス様はほんの少し頬を赤く染めました。
「……実は、僕は彼女のことが気になっていて。彼女が好きなもの、知っていたら教えてほしい」
まあ。セルナが聞いたらとても喜びそうな内容です。
それにしても、わたくしに恋愛相談をしてしまうとは……クラウス様、相手が悪いです。ちょうど今、セルナは別の活動(何をしているのかはわたくしも把握していません)を行っているところですから、適任者はいないのですけど。
「カタリナが好きなものですか……。すぐに思いつくものですと、お花、ぬいぐるみなど、可愛らしいものですね」
「へぇ……なるほど」
クラウス様は何度か頷いて、視線を下げます。何を贈るのが適しているのか考えていらっしゃるのでしょうか。
以前、カタリナはエルンスト様に赤いバラを贈っていました。もしかしたら彼女はエルンスト様のことを好いているのかもしれません。ですが……流石にそのようなことは、クラウス様に言うことはできませんね。
もしエルンスト様も彼女を好いているのなら、三角関係というものができあがってしまいます。
……変ですね。なんだか胸が苦しいです。
「そういえば、最近の流行に、相手の瞳の色のバラを贈るといいっていうの、なかったっけ?」
「ええ、ありますよ」
まさにその流行のことです。赤いバラは、エルンスト様の瞳の色です。クラウス様の瞳も同じ色ですが……学園内でも同じ色の瞳の人は沢山いるので、考えてみると、この流行はがばがばですね。
「クラウス様も、カタリナに青いバラを贈ってみてはいかがですか?」
「うん、それもいいね!」
クラウス様は明るい笑みを浮かべてそう言いました。きらきらと輝く笑みで、直視するのが眩しいくらいです。カタリナが以前赤いバラを贈っていたことは、内緒にしておきましょう。
「そうだ。丁度、青いバラを持っていたのだよ」
彼は懐から青いバラを取り出しました。どうして丁度持っているのかが気になりますが、ここで尋ねるのは空気が読めていない感じがします。
青いバラを見て誰かを連想したのか、クラウス様は甘く微笑みました。その笑みがあまりにも凶器的(心臓が撃ち抜かれそうなほど端麗な微笑み)だったので、思わず食い入るように見つめてしまいました。写し絵で撮っていたら、かなりの高価格で販売できそうです。
「エレアノール嬢からカタリナ嬢に、このバラを贈ってくれないかい?」
「わたくしから、ですか?」
わたくしが首を傾げていると、クラウス様は立ち上がってわたくしの前に立ちました。
「彼女は僕のことをあまり認知していないかもしれないからね。少しでも、彼女が僕のことを知っておいてほしいんだ。君から贈られたものなら、警戒心も薄いだろうし」
なるほど。クラウス様からの贈り物として、わたくしがカタリナに青いバラを贈るということですね。確かに、あまり関りのない人から贈り物を貰っても、警戒心の方が強くなってしまいそうです。
「わかりました。わたくしに任せてください」
「ありがとう、エレアノール嬢!」
クラウス様から青いバラを受け取って、わたくしは微笑みました。