第二話
「エレアとエルンスト様の恋の行方は、沢山の人たちが見守っているというのに。このままじゃ、進展なんて夢のまた夢だわ。わたくしがなんとかしないと」
セルナの小さな言葉を聞き取れず、わたくしは聞き返しましたが、彼女は笑ってごまかしました。そのまま彼女は立ち上がって、窓の傍まで歩いていきます。
「……あら、あれはエルンスト様。何をしていらっしゃるのかしら」
セルナはそう言って窓の外を注視しています。ここは学園で、エルンスト様も学生なので、彼が外にいることはおかしなことではありません。
それでもセルナの言い方が気になって、わたくしも立ち上がって彼女の隣に並びました。
窓の外に目を向けると、日の光を反射して眩しく輝く薄い金髪を持った青年を見つけました。エルンスト様です。彼の前には、コスモスのような桃色の髪を持った女子が立っています。
「カタリナじゃないの。エルンスト様に何かお話かしら?」
セルナの言葉を聞きながら、わたくしは二人の様子を窺いました。ここからなら、二人の表情がよく見えます。
カタリナというのはわたくしとセルナの友人で、とても可愛い子です。そんな彼女とエルンスト様が二人でいらっしゃるのは、珍しいことでした。
カタリナは手に何かを持っているようです。赤いバラでしょうか? 彼女がそれをエルンスト様に差し出すと、彼は目元を和らげて微笑みました。カタリナも頬を染め、俯いています。
ずきん。
……? 何でしょう。変に胸が痛みました。
「まさか、浮気!? なんて面白——大変なことなの!」
セルナは何故か興奮した様子でわたくしを見ました。彼女は窓越しに彼らを指さして、きりっと顔を引き締めました。
「エレア。これは許されることではありません。エルンスト様に直接問いただすべきです」
「急に言葉を正して、どうしたのですか?」
「いい、エレア! このまま浮気を放置していては、貴女が最後辛い思いをするかもしれないわ。……そこで、わたくしにいい案が一つあるの」
勢いよく顔を近づけられ、わたくしは思わず一歩足を引いてしまいました。彼女は頬を紅潮させたまま、ずんずんと歩いて机に置いてあった雑誌を手に取りました。
彼女は迷いなくあるページを開いて、わたくしに見せつけます。
『最新のトレンドは、婚約破棄!
フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!
※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』
「……何ですかこのトレンドは」
「最近の主流は、婚約破棄よ! エルンスト様に婚約破棄を提示してみたらどう!?」
どう!? と言われましても、わたくしと彼の婚約は家で決められたものですから……と言える雰囲気ではない。心なしか鼻息が荒いわたくしの親友が恐ろしく見える。
それにしても、婚約破棄がトレンドだなんて、時代は変わったものです。昔は政略結婚が当たり前で、恋愛結婚の方が珍しかったようですし、婚約破棄だなんて家の看板に泥を塗るようなものだったそうです。
雑誌側は強調していませんが、これが成功しなかった例もかなりあると思うのです。もし婚約破棄を提示して簡単に受け入れられてしまったら、傷ついて終わってしまうでしょう。
わたくしも、そのようになる可能性はありますし……。
「大丈夫よ! エレアはエルンスト様の本心を知るべきだわ。もしこれですんなりと受け入れられたら、所詮そういう男だった、離れられてラッキーって思えばいいのよ。わたくし、エレアには幸せな恋愛を体験してもらいたいの」
セルナは目を細めながら、わたくしの手を握りました。とにかく恋愛のネタが欲しいというオーラが出ていることに目をつむると、彼女はわたくしのことを考えて提案してくれたようです。
わたくしは少し目を伏せて、自分の心に問いかけました。
エルンスト様との関係を、このままにしていてもいいのでしょうか?
もし彼がわたくしではなくカタリナの方を好いているのなら、わたくしは身を引いた方がいいのではないでしょうか? わたくしではない方を愛している人と結婚するのは、確かに辛いですから。
「……分かりました。わたくし、エルンスト様に婚約破棄を提示してみます!」
「いいわ、その調子よ! どうなったか、結果を必ず教えてね! できればエルンスト様との会話を詳しく覚えておいて! これはいいネタになるわ……」
ぐふふ、と変な笑みを浮かべたセルナに少し恐怖を覚えましたが、彼女から勇気をもらえた気がして、わたくしは強く頷きました。