十三話 Side:エルンスト
僕の婚約者はいつも可愛い。閉じ込めておきたい。
「エル。顔が怖いよ?」
「兄上こそ顔が緩みまくっていますよ」
エレアノールと彼女の友人であるセルナ嬢、カタリナ嬢が三人で楽しそうに話している姿を見ていた僕と兄上は、お互いに軽口を叩き合いながら歩いていた。
エレアノールは笑みを浮かべていて、その笑みはとても可愛い。その笑みを見せるのは、僕だけでいいのに。
僕の婚約者、エレアノール・ヴィダルは、とにかく可愛いくて愛らしい。だけど、僕のこの重い感情を知られたら嫌われるのではいかと不安になり、僕は彼女に自分の気持ちを伝えたことがないのだ。
愛が重すぎる男は嫌われると、誰かから聞いたことがある。エレアノールに嫌われてしまったら、僕は何をしでかしてしまうか自分でもわからない。もしかしたら、彼女をどこかに閉じ込めて強引に彼女を僕のものにしてしまうかもしれない。
「……はあ」
僕は大きく息を吐いた。兄上はずっと笑みを浮かべている。僕も彼を見習って人の警戒心を解くために笑みを浮かべることを学んでいるのだが、どうしていつも穏やかに微笑んでいられるのか不思議た。
「腹が立ちますね」
「え。僕、何か悪いことした?」
僕はエレアノールにさりげなく愛を伝えても、愛情表現のための贈り物を贈っても、家族からは好評な僕の笑みを見せても、彼女は全く僕の気持ちに気が付いてくれない。鈍感すぎるのも、度を越したら苛立たしいかもしれない。
「兄上も苦労してください」
「ええ……だから僕、何か悪いことした?」
兄上は遊び人のように見えて一途な人だ。彼には心に決めた人がいるらしいが、その人が誰なのか僕は知らない。その相手がエレアノールであれば、兄上であろうと僕は迷いなく斬る。
「……なんか今、僕殺されなかった?」
「気のせいでしょう。あと、勝手に僕の心の中を読まないでください」
このように軽口を叩ける相手は兄上だけだ。僕はいつも気を張って、紳士的であるように振舞っている。きっと、エレアノールも僕のことをそういう人だと思っているだろう。本当の僕を知ると、幻滅されてしまうだろうか。
……嫌われても、幻滅されても、絶対に彼女のことは逃がさないけど。
放課後、カタリナ嬢に呼び出されて中庭を訪れた。コスモス色の髪を持つ彼女は、多くの男を魅了しているらしい。僕のクラスメイトの数名は、彼女に首ったけだと把握している。
カタリナ嬢は伏し目がちで立っていた。僕はできるだけ優しい笑みを浮かべながら、彼女の前に立つ。カタリナ嬢は、エレアノールの大事な友人だ。大切に扱わないといけない。
「こんにちは、カタリナ嬢。僕に何のご用ですか?」
「あ、あの。エルンスト様にお願いしたいことがあるのです」
彼女の様子を見る限り、僕に告白しようとしているわけではないようだ。僕にはエレアノールという婚約者がいるのに、時折その座を奪おうと言い寄ってくる女がいる。そういった類ではないことに安心した。
「僕にできることであれば、何なりとおっしゃってください」
「クラウス様に、この花を渡してください!」
そう言って、カタリナ嬢は手に持っていた赤いバラを差し出した。
兄上に渡したいのなら、直接渡せばいいのに。何か事情があるということだろうか。
「兄上に渡せば良いのですね? 分かりました。とても綺麗なバラですね」
カタリナ嬢は頬を染めて俯いた。バラを褒めたことは正しい選択だったと分かる。カタリナ嬢は、あんなだらしない兄上を好いてくれたということなのだろうか。
兄上が好いている人が誰かわからない今、適当なことを言うわけにはいかない。ただ、エレアノールの大切な友人の彼女の恋はできるだけ応援したかった。
「兄上は喜んでくれるでしょう」
「どうか、よろしくお願いします」
控え目に微笑んだ彼女を見て、僕はとりあえず笑みを浮かべておいた。




