初めての恋
ユウキの初恋
朝、けだるげな空気の中、同じ制服の生徒達が行き交う、いつも通り慣れた学校への道。
慌てて走っていたり、一人黙々と歩いていたり、二人だったり三人だったり、自転車だったり。
そんなありふれた朝の登校風景の中、
俺はアヤカに恋をした。
ずっと自分は恋愛に向いてないと思っていた。
四つ上の兄は大学三年で、社交的なさっぱりとした顔立ち。昔から愛想がいいから二割り増しには男前に見えて、同級生から下級生、近所のおばちゃんにまでよくもてた。
年が少し離れているから余り一緒に遊んだ記憶はないけど、いつも兄と比べられていた。
自分でも背は高いけど、部活焼けで年中黒い少し濃すぎる顔は間違っても爽やかだとは思えない。
何しろ赤面症であがり症。小学校の時にサッカーを始めて、やっとスポーツ中は声をだせるようになったけど、人見知りはまだ治らない。
初対面の、特に女子とは何を話したらいいかわからず、気まずさから顔が赤くなってますます話せなくなってしまう。こんな風だから、毎年クラスメイトとも三学期にやっと話せるようになってクラス替え。という感じになっている。
緊張しないで話せる異性は、アヤカ、従妹の小学校三年生のミカちゃん、アヤカのお母さんのサキおばさんくらいだ。
そんな自分が、どうして有川 ユリと付き合うことを決めたのか……曖昧な感情ではなかったか。
ずっとどこか他人事のような感じがしていた。
なにかとんでもない、後戻り出来ないことをしでかしてしまった子供のような、そんな苦い気持ちが胸に広がる。
サッカー部のマネージャーをしているユリちゃんとは最近やっと話すようになったばかりで、彼女のことはよく知らなかった。
ただ、半年くらいまえからタカヤやチームメイト、もう一人のマネージャーの女子からもユリちゃんが自分を好きだと聞かされてた。まさか、と思いつつも、自分を好きな子がいる。そう言われることは自分をとても良い気分にさせた。
ユリちゃんはよく働いてくれて感じのいい子だったし、見た目も清楚で好感が持てた。
ただ……あの日の突然の告白にすぐ付き合うと返事をしたのは、
前の日、酔っ払った兄に幼なじみと近所のおばさんくらいしか女気がないと
からかわれたせいではないと言い切れるだろうか。
「ユウキも彼女の一人くらい連れてきてみろよ」
そう言われたのは初めてではなかったけど、やっぱり多少の悔しさがあったのかもしれない。
きっかけはどうあれ、ユリちゃんと付き合うことを決めた。
多少の違和感は感じながらも、出来る限り大切にしなければと本当に思っていた。
――この気持ちに気付く今日までは……。
どう表現したらいいかわからない。
ただ、もう昨日までとは確かに違う感情が自分の中にあって、抑えようと思っても突然暴れ狂ったように外へ出たいと出口を探す。
気付けば全身でアヤカを探してる。
隣のクラスのアヤカの笑い声だけが昨日よりスピーカーをつけたようにはっきりと聞こえる。
アヤカが今誰かに声をかけられ、いつ呼び出されてるか…そう思うと焦って気持ちが落ち着かない。
今、自分は廊下にいてアヤカの姿を目で追っている。無意識に近寄る奴ら全てに嫉妬する。
廊下が暗くなった気がして窓の外を見る。大きな雨雲が見える。
――もしかしたら、今日は部活が休みになるかもしれないな……。
ユリちゃんの顔が浮かぶ。
それでも、不器用な自分が、この気持ちを隠して今まで通り付き合うことは出来ない。
――俺って最低だな。
小さく息を吐く。
言うなら早い方がいい。
こんな自分に告白してくれた相手を、出来るだけ傷つけたくない。
恋をした……。
それだけことが、こんなにも心を甘くし、苦しく締め付けて、そのこと以外考えられなくしてしまうなんて知らなかったのだ。
もうすぐホームルームを始めるために担任がやってくるだろう。
恋する人の姿と声に後ろ髪を引かれながら、教室へと入る。
初めての気持ちの激しい浮き沈みに甘く、息苦しい疲労感を感じつつ、ゆっくりと席に着く。
雨が窓を叩き始めた。