始まりと終わりの予感
ユリ目線
教室、廊下、至るところで彼の目は彼女を追っている。どこまでも、どんな時も。優しく愛しく切なく。
私にはわかる。きっと今の彼の瞳の色は私と一緒。
ただ、その瞳がこっちを向いていないことが恐ろしく悲しい。
愉しくもないのに何度も何度も朝の光景を反芻する。
今朝、二人の姿を見た私は、何も始まってないのに何もかもが終わるような気がした。
ホームルーム中の教室の1日終わる独特の雰囲気の中、窓ガラスの向こうをみると朝とは打って変わったどんよりと垂れ下がった雲。
今にも降りだしそうなその天気は、あまりにも私の気持ちに似ていて、笑えない。
――昨日までは晴れてたのに……。
昨日までは良かった。
小さなケンカはあったけど、私のことを一生懸命理解しようとしてくれてる。そんな温かさが彼の手から伝わってきてた。
(あっという間に夢が覚めていく……)
彼の手を取って、みっともなくても大声をあげて私のものだと割って入ってもよかった。ただ、そうするにはあまりにも二人の姿は自然過ぎた。
二人の関係がどんなものか、これからどんな風に変わっていくのか、私にはわからないし知りたくもない。
ただ、私の知っていた彼は昨日までの彼で、今日からの彼ではないんだ。
今の私は身も心も疲れてる。担任のダラダラとしたホームルームもやっともうすぐ終わりそう。
――すごく間抜けな1日だったな……。
今日私はクラスの違う彼に会いに行った。でも一言も声をかけることも出来なかった。彼は隣のクラスの彼女をひたすら、ただ流れ落ちる想いをそのままに見つめ続けていた。
甘い甘い空気を纏い見つめる彼の姿。私はそんな彼を知らない。見たこともない程深刻で、それでいて幸せを噛み締めるようなあの瞳。
彼の恋するもの独特の雰囲気に息をのんで、私はただただ胸に刻み付けるように見つめていたんだ。
雨が窓を叩く音がしてきた。大粒の雨がどんどん窓ガラスを濡らしていく。
空は真っ暗。
まるで私の心と体ごと黒く濡らしていくような大雨。
――今日は部活休みになりそう……。
そのことが益々私の気持ちを重くさせる。ホームルームの終わりが告げられる。もう少ししたら、彼が私を迎えにくるだろう。
――律儀な人だから。
まったく弾まない胸。それよりも彼に会うのがこわかった。私を見る暗く陰った瞳を見たくない。
私は誰よりも早く立ち上がり、教室から駆け出した。
早く早く。
これから始まるであろう、終わりの予感から逃げるように。
私は他のどんな時よりも早く教室から、大好きだった彼から逃げ出した。