それぞれの想い<ユウキ>
ユウキ×アヤカ
<ユウキ目線>
インターホンを押して玄関の前で待つ
数えきれない程来てるのに……。なんだか少し緊張してる自分が笑える。
「アヤカー! ユウちゃん来てるよ〜」
住谷家の中からサキおばさんの元気な声が響く。
深呼吸をして、まだ昇りきっていない朝の日差しを見上げた。
扉の開く音、少し足早に階段を下りてくる足音。
「…おはよ」
「お、おはよー」
少し癖のある長い髪を揺らしながら笑顔で出てくるアヤカ。何度も何度も見てきた風景なのに、なんだかすごく久しぶりな気がする。
そう思ってるとアヤカも同じようなことを言う。同じこと考えてるんだな…。そんな気やすさにホッとする。
最近のアヤカのことはずっと気になってたけど、帰りはずっとユリちゃんと帰っていて話す機会がなかった。
ユリちゃんとの帰宅は日課になっていて、断る理由もなかなか思いかず。めずらしく朝練がない今日、思い切ってアヤカと登校しようと思って誘いに来た。
――他にも気になることがあるし。
見下ろすとアヤカの斜め横からの顔が見える。ずっと当たり前みたいにこの距離にいたのに、少し違ったように見えるアヤカの表情。
俺はアヤカのこと、なんにも知らなかったのかな……。最近、どんどん湧いてくる疑問に自分でも手に負えなくなってきてる。
でも、いざとなったら何を聞いたらいいかわからず、言葉をアレコレ選んでいたら、
ふっとアヤカがこっちを見上げた。思わず目を逸らしてしまう。
(なにやってんだ?)
気持ちを落ち着かせて再び不思議そうに見上げるアヤカに向き直る。
「どうしたの?」
――なにから聞こう。
「最近……」
「最近?」
「……どう?」
「どうって……」
呆れ顔をされる…。たしかに、我ながら間抜けな質問だ。なかなかどう言葉をつなげればいいか思いつかないで焦ってたら。
「……ユウキこそどう? ユリちゃんと仲良くやってる?」
逆にされた質問に気まずさを感じる。
実は最近、帰りもなんとなくうわの空でユリちゃんを怒らせてしまったのだ。
原因はというと、アヤカに最近のことを聞くために忘れないように色々考えてたから。
自分でも呆れる程ひとつのことしかできないのだ。
ユリちゃんの怒る気持ちもわかる。
「私といるときは私のことだけ考えてほしい……」と涙目で言われた時、胸が痛んだ。
タカヤに言わせれば、
「ユウキは女心がわからなすぎ」なんだろう。
社交的で器用に人を虜にするタカヤには何もかなう気がしない。少し軽い気もするけど男前だしで人気があるのも頷ける。
いつも明るい髪を手ぐしセットでオシャレに決めていて、いろんな女の子に声をかけてるけどけして遊び人なわけじゃない。
勘もよくていわゆる女心がわかるタイプだ。
――似てるんだよな……。
それは身近な誰かを彷彿とさせた。つまり自分とは正反対なタイプ。だからこそ気になる存在。
「……まあね」
とりあえず無難に答える。
黙ってたらまた誤解を生んでしまう。焦りながら前を向いて考える。
遠回しに聞くのはむいてない。
(はっきり聞こう)
「最近……困ったこと、ない?」
「え!? 困ったこと?」
驚くアヤカ。
なかなか答えてもらえず勢いで言葉を続ける。
「こないだ、呼び出されてなかった?」「え?」
「三年とか……他にも。こないだタカヤと一緒に帰ったんだろ?そん時最近困ってるって言ってたって聞いて……俺には話せないの?」
目を丸くしているアヤカ。
何も言わないアヤカにこんなにも苛立ってることに今更気付く。
タカヤには話したのに……。そのことが苛立つ気持ちに拍車をかけて、思わず責めるような口調になってしまう。
「……話せないっていうか……」
戸惑う表情で小首をかしげるアヤカ。
「興味ないかと思ってた……」
アヤカの言葉に、自分のキモチに、思わずカッと赤くなって顔を背ける。興味ないならこんなに悩まない。
「心配……してくれたの?」
「……まぁ……」
自分でも首まで赤くなってるのがわかる。
「……ありがとう」
つぶやく声はとても柔らかかった。
見るとアヤカはうつむいてる。
言い方キツかったんだろうか。
思わず覗き込みながら慌ててフォローの言葉をさがす。
「……なんかあったら俺になんでも言えよ。相談のるから……」
「うん……」
小さな返事があってほっとした。まだ聞きたいことはたくさんあった。
でも、アヤカといるとなんだかどうでも良くなってくる。
思えばいつでもそうだった。小さな頃からアヤカといると居心地がよく、まわりが恋愛だのなんだの言ってるときも、サッカーに打ち込めたのはそばにアヤカがいたからかもしれない。
今更そう思う自分を不思議に思ってると、
「……でも、大丈夫だから……。ユウキにはユリちゃんがいるんだし、私は私で……」
そう呟くアヤカの声が耳に届いた時妙な焦りに襲われた。
アヤカはアヤカで…?
誰かと付き合うとか?
最近言いよられた奴で気になる奴がいるんだろうか?
誰だ?
どんな奴?
三年とか。
それとも……。
身近な顔がよぎる。嫌な汗。
「……タカヤとか?」
自分の声が思った以上に硬く響いた。
驚いた表情のアヤカ。
「タカヤくんとは呼び出されたりする事、少し話をしただけだよ……」
タカヤは違うか……。自分のことは棚に置いて、やたらとアヤカの相手が気になる。
――好きな奴がいるのかな……。
そう思った瞬間、胃か胸かぐっと掴まれたように激しく痛む。
自分の反応に動揺する。
これまでずっと見ないふりをしてきた、胸の奥の騒つき。そして今、それが妙に心地いい不安感に変わり。心臓がやたらうるさく鳴り響いている。
生まれて初めての体の反応に目が回る。
自分でもここまで突き付けられてやっと自覚する。
――自分はアヤカに惹かれているのだ。
すぐにユリの顔が浮かぶ。(俺……なにやって……)
混乱して焦る気持ちを知ってか知らずかアヤカはずっと黙って歩いている。
斜め横の顔はいままで見たことないような、辛そうな表情。
「……アヤカ?」
思わず声をかけた。
アヤカは小さな肩に乗せた黒髪をビクッと震わせてゆっくり見上げる。
その黒目がちな瞳が潤んでいた。
なにか、思い悩んでるのだろうか?
それなら自分がなんとかしてやりたい。
何が辛いのか
どうしたいのか全部聞いて全てを叶えたい。
今までよりずっとハッキリした濃い感情が波のように押し寄せる。
――俺が、傍にいるから……。
思わずそう言いかけた時、アヤカはゆっくりと口を開いた。
「……いつも、ユウキに甘えてたけど。もう、これからは一人でも、大丈夫だから……」
一言、一言、ゆっくりと。
「心配してくれて、ありがとう」
そう言って微笑むアヤカは息を飲むほどキレイで、体中から沸き起こる抱き締めたくなる衝動を必死で抑えた。
――なんなんだ、これ。
今まで一度も抱いたことの無い荒っぽく甘い感情。ユリちゃんにも感じたことのないという現実が背筋に甘い衝撃が走らせた。
彼女に
触れたい
抱きしめたい
独り占めしたい
理性じゃなく激しい衝動
そして今の自分にはその全てが叶わないことに気付き、切なくて下唇を噛む。
すぐ手の届く所に、愛しい存在がいるのに遠い。
それがこんなにもあまく切ないなんて知らなかった。
生まれたて想いに戸惑いながらその事実に呆然とした。
新しい世界は俺を恍惚とさせ、混乱させた。
俺はそこから一言も口を開くこともなく、
ただ初めて恋した彼女の隣を歩き続けることしか出来なかったんだ……。