それぞれの想い<アヤカ>
アヤカ×ユウキ
<アヤカ目線>
「アヤカー! ユウちゃん来てるよ〜」
朝、自分の部屋で学校の準備をし終わる頃、母の呼ぶ声が聞こえた。
ユウキが……?
驚きと共に胸が大きな音を立てる。
中学くらいまでは一緒に学校に行くこともあった。 でも二人が通う高校のサッカー部は朝練が必ずあって、バラバラで登校するのが当たり前になっていた。
――なんだろ? 何かあったのかな?
鏡でパパッと前髪を整える。火照る頬を押さえながらはやる気持ちを落ち着かせる。
出来るだけ平常心を装って、足早に家を出た。
「…おはよ」
朝日の中、門にもたれて少し照れくさそうにしてるユウキ。
「お、おはよー」
どうしても嬉しくなる気持ちを抑えられなくて思わず駆け寄る。
「どうしたの? 今日は朝練ない日?」
「うん……」
「そっか。なんか久々だね」
「そうだね」
いつもの柔らかい微笑み。あんなに辛かった胸がいっぱいになる。
単純な自分に苦笑する。何も話さないでただ隣を歩く。
それだけでなんだかすごく幸せな気持ちになってきた。私って本当にユウキじゃないとダメなんだな…。と実感する。
実は最近、何度か声をかけてきた男子と帰ったことがある。でもなんだか緊張して何を話したかも覚えてない。ユウキといると全然違うってことに改めて気付く。
街並みも空も鳥の声も今日はすごくハッキリとても澄んで見える。――好きって気持ち一つでこんなに違うんだな。
ユウキはユリちゃんと帰るとき、こんな気持ちになるんだろうか。考えたら胸がぎゅうっと締め付けられた。息がしたくて、ユウキを見上げる。
するとユウキも私を見てたのかバッチリ目が合った。思わずドキッとする。一度目をそらして再びこっちを向いたユウキは、どこか何か言いたげだ。
「どうしたの?」
「最近……」
「最近?」
「……どう?」
「どうって……」
あんまりにも曖昧な質問に肩透かし。ユウキは時々、本当に言葉足らずで分かりづらい。しかもその後も無言。何か言いたくて言えないことがあるんだろうか。
ユリちゃんのことかな……。痛む胸をそっと押さえてできるだけ明るく聞いてみる。
「ユウキこそどう?ユリちゃんと仲良くやってる?」
「……まぁね」
地雷踏んだ気分。自分で聞いて自分で自爆だ。
「そう……だよね」
ただ前を見て歩き続けてるユウキに戸惑う。
最近は朝練があるとはいえ朝迎えに来ることなんてまずなかった。なにか余程のことがあったんだろう。少ない言葉から私も考えられることを思い浮かべるが、とくに思い当たらない。 というか、つまり私は今、浮かれているのだ。
「最近……困ったこと、ない?」
「え!? 困ったこと?」 突然の思いがけない言葉に慌てる。
こないだの小テストが赤点だったこと。制服の裾が破れたこと。間違って見てないドラマに重ね撮りしてしまったこと。どれもユウキは知らないことばかり思い付く。
もう一つ、あるとすれば、(ユウキとユリちゃんのこと。)
一番言えない事を思い、溜め息をつく。
黙って考え込んでると、
「こないだ、呼び出されてなかった?」
「え?」
「三年とか……他にも。こないだタカヤと一緒に帰ったんだろ? そん時最近困ってるって言ってたって聞いて……俺には話せないの?」
余り見たことのない、少し強い口調のユウキに驚く。
「……話せないっていうか」
見上げても昇りはじめた太陽の影になって、ユウキの表情がよく見えない。ユウキはユリちゃんと付き合いだして、色々忙しそうで。(私のことなんて……)
「……興味ないかと思ってた」
ふぃと向こうを向いてしまうユウキ。その耳は少し赤い。
「心配……してくれたの?」
「……まぁ……」
一気に首まで赤くなるユウキに私まで恥ずかしくなる。
そうか、気にしてくれてたんだな。
「……ありがとう」
胸にあたたかいものが広がる。思わず泣きそうになって慌てて目頭を押さえる。
最近の涙腺の緩さは本当に困る。
「……?」
心配そうに覗き込むユウキ。そんな何気ない仕草に、胸の中に強い思いが一杯に広がっていく。
「……なんかあれば俺になんでも言えよ。相談のるから……」
「うん……」
ユウキの甘い言葉にクラクラ眩暈がする。
いつもそうだった。ずっとそうだった。だから私は安心してた。(……でも違った)
何もかも私の思い込みで勘違い。ユウキに彼女が出来てから、私は一人なにも見えない暗闇に投げ出された気分だった。優しい言葉も、親切な態度も、特別だからではない。ユウキの優しさは私だけのものじゃない。
――ユリちゃんがいるくせに。
いつものユウキの優しい態度も今は私を卑屈にさせる。一緒にいるとうれしいのに、苦しい。
「……でも、大丈夫だから」
なにも大丈夫ではないのに、卑屈な自分が強がりを言う。
「ユウキにはユリちゃんがいるんだし、私は私で……」
勢いで答えるが続きは思い浮かばない。
いつか、また私も恋をするんだろうか。彼氏が出来たりするんだろうか。
ユウキ以外の誰か。考えたこともないことに言葉が続かない。
「タカヤとか?」
「え?」
思いがけない名前が出てきてユウキの顔を見つめる。
一昨日、たまたま部活がないとかで校門でタカヤくんと偶然あって、話の流れで家まで送ってくれた。ただそれだけなのだけど。
クラスは違うけどユウキのチームメイトで仲が良い。
他の男子と帰るよりは気が楽で、最近の私の様子を心配して話を聞いてくれたのだ。
「タカヤくんとは呼び出されたりする事、少し話をしただけだよ……」 まだ捻くれてる自分を押さえられない。なにがそんなに気になるのだろう?
どうしてそんなに心配してくれるんだろう?
なんでそんなに優しいの?
――彼女できたくせに。私を突然一人にしたくせに。
ドロドロとした物が体中を蝕んでいく。
ずっと一緒にいたユウキとの優しい思い出も、小さなときめきも、
すべてがグレーに染まっていくような感じにぞっとした。
「アヤカ……?」
自分の名前を呟く声が聞こえた。
私の中を見透かされた気がして、ゆっくりと見上げる。
私を見つめる茶色掛かったその瞳。サラサラの癖の無い少し長い前髪。心配すると少し眉間に皺がよって、困ったような泣きそうな目になる所。昔から何も変わらない。
――ユウキはユウキだ。
目の前のユウキは、まだ自分の知ってるままの彼に見えた。
制服のポケットに隠れているだろう大きな左手を見つめる。
小さな頃のように、手を繋ぎたかった。今とても心細くて、この暖かな手に触れられたらどれだけ安心するだろうと思う。でも、それは彼女の特権。
前に見かけたユウキとユリちゃんの手を繋ぐ後ろ姿を思い出す。
彼女ができても、変わらず優しくてこうして心配してくれるユウキ。
再び顔をあげる。一人で百面相をしてる私を、大きな体でそっと伺うユウキを見て、自然と力が抜ける。
――ユウキを困らせたくない。
自分の気持ちに蓋をする。
「……いつも、ユウキに甘えてたけど。もう、これからは一人でも、大丈夫だから……」
一言、一言、自分に言い聞かせるように。
「心配してくれて、ありがとう」
不思議そうな驚くようなユウキの顔。
伝えられない気持ちを込めて微笑む。
学校が近づいてきた。
知ってる顔がちらほら見える。もう二人で登校することはないかもしれない。 ゆっくり噛みしめるように学校まで歩きながら、ユウキに甘えきっていた自分にさよならしようと決めた。
――さよならラララ。
そんな詩があったな。
中学の時に大好きでよく読んでいたお気に入りの詩人の恋を失う詩。
失恋の詩なのに、前向きなのが良かった。
――二人はきっと新しい関係になっていける。
切なく痛む胸を励ますようにそう言い聞かせた。
この時の私は、自分の気持ちに夢中で、
変わるということがどういうことなのか
全然分かっていなかったから。