新しいキミと私
二人の出口。
<アヤカ目線>
今誰に会いたいですか?
そう聞かれたら迷わずユウキの名前を挙げるだろう。
顔が見たい
声が聞きたい
ユウキの笑顔が見たい
あの日から一度も会わないまま明日から学校へ行く。
もし嫌われてたら?
もう心変わりしてたら?
そんな不安もあるけど
とにかく会いたい。
毎日そんな風に考えてた。
体は元気だしもう痣も目立たない。
暇を持て余して近所を散歩していた。
ここの公園は学校の帰り道だし、もしかしたら姿が見えるかも。
そう考えたりもしたけど。
部活もあるし、期待はしてなかったんだ。
太陽が傾いて、風が頬を撫でる。
今日は天気が良かったけど風が吹くと、薄手のカーデでは少し肌寒い。
(そろそろ帰ろうかな)
冷えてきた体を抱きしめる。風が吹く、ザワザワッと公園の裏の雑木林が音を立てた。
突然、後ろから回される誰かの腕。
「きゃっ……」
びっくりして小さな声を上げる。
けど、なぜか嫌じゃない、懐かしいような温かさ。
「……アヤカ」
耳元で囁く声に、心臓がバクバク鳴り響く。
ずっとこの声が聞きたかったから。
顔だけゆっくり振り返るとユウキの瞳とぶつかった。恥ずかしげな瞳は不安げに揺れている。
「ユウキ……」
思わず声が震える。
「あ……ゴメン……」
我に返ったように、慌てて離れようとするユウキの背中を追いかけて思わず手を回す。
――逃げないで……。
言葉にならない想い。
思い切りユウキの胸に顔を埋めるかたちになった。 腕を回したユウキの体は予想以上にがっしりとしていて、改めて男性として意識してしまう。
自分の大胆な行動に恥ずかしくなってユウキの顔が見られない。
でも今離したら、ダメだと思った。
ユウキの体温が私に伝わる。
ユウキの大きな心臓の音も。
ユウキの腕がそっと私を包みこむ。
「「ゴメン……」」
二人の声がハモる。
思わず顔を見合わせて笑った。
「あっち、座ろうか」
照れ隠しのように、ユウキが端にある木製のベンチを指さして促す。
急に体が離されて間を通る風に冷たさを感じながら、「うん」と頷いて、歩きだすユウキに付いていく。
「退院してからも、ずっと……会いにいかなくてゴメン」
座ってすぐ、前を向いたまま気まずそうにユウキが呟いた。
「うん……」
まだ目の前にユウキがいるのも信じられない気分だった。
ユウキに告白された事ががすごく前のように感じていた。やっと素直になれた自分の想いも、正直伝わってる自信がなくて。すごく宙ぶらりんで……。
「……不安だったよ……苦しかった」
正直な気持ちを吐き出す。
ユウキが辛そうに眉間に皺を寄せる。
でも……。
「でもね、それはユウキのせいじゃないから」
一番伝えたかったこと。
ユウキがゆっくりと私を見る。
「あの日あんなことがあった事も、ユウキが会いに来なくて辛かったのも、全部私の気持ちの問題なの」
会わない間に自分の気持ちを見つめ続けて、私はそう答えを出していた。
誰のせいでもない。
誰も責められない。
まっすぐにユウキを見つめて言う。
納得がいかないようにユウキがすぐ言葉を返す。
「でも、あの日俺がアヤカを無視したりして、一人にしなければ……」
「私だってユウキを無視してた。告白してくれてから、二人の関係が変わるのが怖くなって、ユウキを無視してた」
驚くような表情で私を見つめるユウキに言い聞かすように。
「ユウキはどう思ってた? 不安になったかな。誤解した?」
一度見舞いに来てくれたヒロくんから聞いた。
『アイツは俺たちの事誤解してたんだよ』って。
なんであんな風に無視したのかそれで理解出来た。
「一緒だよ」
長い付き合いで、それを責任感の強いユウキが一人で自分を責めてるだろうことも想像できたから。
「そうかな……」
視線をそらして戸惑うように呟く。言葉は少ないけど、ユウキの周りの張り詰めた雰囲気が柔らかくなった気がした。 そして私は一番聞きたいことを尋ねる決心をする。
「みんなから、聞いたよ。……ユウキは私を助けて出してくれたんだよね」
雨音、
男たちの荒い息、
ビデオのライト。
思わず声が震える。
いけない。心配させたくない。そう思うのに不安な鼓動が喉を震わす。
「見たん、だよね?それでも、ユウキは、私の事嫌になって、ない?」
聞きたくない……でもちゃんと知らないと。
日にちが過ぎて冷静になればなる程、あの場所のあのタイミングのあの状況、そしてあの状態の私を、ユウキに見られた事が。
それを聞くのが、怖くて怖くて。
大丈夫……何度も自分に言い聞かせたけど。 ユウキのの口から気持ちを聞かないまま、先に進めない。そう感じていた。
今度は私が目を逸らして俯く。寒気を感じて、勝手に体がカタカタ震えだす。
沈黙がすごく長く感じた。
(手……)
ベンチの端を無意識に強く掴んでいた手を取って、ユウキが握ってくれる。
「本当は……俺なんかより他の誰かの方がアヤカを幸せに出来るんじゃないかと思った。幼なじみに、戻った方がいいのかなって」
ズキンズキン胸が痛む。一番言われたくない言葉にショックを隠せない。
思わずユウキを見つめた。
ユウキは前を向いている。
そんなのやだ!って叫びたかった。
でも声が出ない。
目の前が涙で、
不安で
どんどん曇っていく。
――やっぱり……もう無理なの?
すれ違い過ぎた時間を取り戻したい。
でももう何もなかった頃には戻れない。
(ただの幼なじみに戻る事は私には出来ない……)
私の傷も
ユウキの傷も
もうなかった事には
出来ないから。
誰のせいでもない
誰も責められない
私は自分の気持ちを一度もちゃんと伝えて無いことに気づいた。
それでも私はユウキが好きだから……。
「私……「それでも俺はアヤカが好きなんだ」
私が言おうとした言葉が、被さる様にユウキの声で聞こえてきた。
「やっぱ無理。他の奴に絶対アヤカを渡したくないし」
こっちを見てハニカミながら笑うユウキ。
「本当に?」
思わず聞き返す。
一瞬茶色がかった瞳が真剣に光って繋いだ手にそっとユウキの唇が当てられる。
「本気」
その行為に驚いて
頬を染め目を見開く。
「何度も何度も諦めようと思ったけど、やっぱりダメだ……他の誰かじゃダメなんだ。俺がアヤカを守りたい。俺がアヤカの傍にいたい」
私を見つめる
ユウキの真剣な目
熱い言葉が
触れられた部分を伝わって
どんどん私の中に響いて染み込んでくる。
心臓の動きが
激しすぎて
息が出来ない。
告白されるのは二度目。
でも、まったく違う人から言われているような感覚に襲われる。
はくはくと酸素を求める魚のように。
息を整える余裕もないまま、まだ言ってない言葉を懸命に吐き出す。
「私も。ユウキじゃないと、ダメだよ……ユウキが好きだよ」
嬉しくても涙がでることを初めて体験した。
涙声で笑えるくらい情けない声になって、恥ずかしかった。
照れ合う瞳で見つめ合いながら、握る手の指を絡ませ合う。
恋人同士のように。
繋がった気持ちを実感する。
「……!」
その時、
一瞬
ユウキの唇が
私の唇に、
触れた……。
そして、
きつく
抱きしめれる。
「ユ、ユウキ……!」
「やべぇ、俺、今めっちゃ嬉しい……」
ユウキの思いがけない大胆さは私の一番切ない部分を絶妙なタイミングで刺激する。
恥ずかしくて堪らないのに、嬉しくて仕方ない。
ユウキが同じ気持ちなのは体の全てから伝わってきた。
「大好きだよ、ユウキ」
ユウキの腕の中から、涙でくちゃくちゃな顔で見上げる。
言いたくて
言いたくて
堪らなかった。
――やっと伝わった。
「俺も……」
潤む瞳が色っぽい。
見たことないユウキ。
これからも私の知らないままユウキをたくさん見たい。
私の事も一杯知って欲しい。
小さな頃のユウキも
今のユウキも
これからのユウキも
全部全部私に下さい。
再び近づくユウキに
私は目を閉じる。
たくさんのすれ違いや誤解、悲しみや痛みがこの今に繋がってる。
それなら私は全てを受け入れよう。
あの暗闇がこの温もりに続いている事を知った私には、もう恐いものなんてなにもないから。
進みだそう。
光差す出口へ。
一緒に……。




