長い夜〜夜明け〜
長かった夜が明ける。
(アヤカ目線)
倉庫の屋根を叩く雨音が激しくなってきた。
聞こえる音は雨音と
厭らしい男たちの笑い声。
泣いても、
叫んでも、
男達は近づいてくる。
シャツのボタンが飛び散る。
恐怖と嫌悪感で震えが止まらない。胸をまさぐる手に吐き気がした。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を無機質なビデオで撮られていく。
「おい、これ邪魔だな」
足の紐を解かれたとき、(今だ!)
私は力一杯男の体を蹴った。男は勢いよく後ろに倒れ込む。
(やった……)
ホッとしたのも束の間だった。
「……ってーなぁ、何すんだよ! このオンナァ」
思いもよらない反撃に逆上した男の手が振り上げられる。
次の瞬間
目から星が散って見えた。
頭と頬がビリビリする。
殴られたんだ
分かるまで数秒かかった。
鉄の錆のような味が口の中に広がる。
私の心が恐怖に支配される。
開かれる脚。
興奮した血走る男達の目。
下着が取り除かれ絶望感に襲われる。
殴られた頬が痛い。
口の中が腫れてきたのがわかる。
怖い
怖い
怖い
(でも……嫌……!)
それでも
殴られようと、
何されようと
こんな奴らに犯られるのは絶対に嫌だった。
左の脚は目の前の、右の脚はもう一人の男が無遠慮に胸を触りながら掴んでいる。足の付け根を触れようとする直前に、渾身の力で足をばたつかせ抵抗した。
「嫌っ!! 触らないで!」
下着を取り払ったことで目の前の事に夢中になっていたのか、二人の男達がよろける。
「……いい加減、じっとしてろ!」
更に殴られる。
今度は歯を食い縛っていたけど、倍以上の痛みに意識が遠退く。
「ジタバタしやがって、まだ後に二人控えてんだよ! めんどくせぇなぁ、もうこのまま突っ込んじまうぞ!」
朦朧としながら、このまま犯されることを覚悟した。
縛られて擦れた手首
殴られた頬
切れた口の中の肉
叫び過ぎて枯れた喉
泣き疲れて割れるように痛む頭。
身体中から悲鳴が聞こえる。
(……ユウキ)
それでもユウキを想った。
私の身体が穢れても
彼は私を好きだと言ってくれるだろうか……。
私を抱きしめてくれるかな。
腫れた頬を伝う涙の感触。
――そこからは記憶が曖昧になっている。
二発目に殴られてから、軽く意識が飛んでいた。
微かにユウキの匂いと体温を覚えてる。
そして、
次に会ったら
絶対絶対言おうと
決めていた言葉を
伝えた事も。
「ユウキ……好きだよ」
目覚めたら
白い天井
白い壁
白いベッド
白いカーテンの向こうから青白い光。
鳥のさえずりが聞こえる。
(ここ、どこ?)
体を起こす。
体中が痛んで顔をしかめる。頬と頭、そして手首には何か巻かれていた。
(包帯……病院……?)
壁にかけられた時計は五時をさしている。
ベッドの横にある椅子には座ってうとうとしてるエミの姿があった。
「エミ……?」
(どうしてここに……?)
私の声に気付いて目を覚ます。その顔は疲労でやつれて見えた。
「アヤカ……」
赤い目で瞬きを繰り返し、くしゃくしゃの顔をして私を強く抱き締める。
言葉も無く、泣いているのか肩が揺れている。
きっと、夜通し心配してくれていたに違いない。震える彼女の背中を抱く。
記憶の片隅のユウキの声が聞こえる。
――もう大丈夫。大丈夫だよ。
本当に、もう大丈夫なんだ。強く抱き締めるエミの温かい体温で、やっと現実味の無かった「今」を実感する。
夜は明けたのだ。
あの男たちから、埃っぽい暗闇から本当に逃げ出すことが出来たんだ……。
ほっと息を吐くと同時に涙がこぼれた。
エミと二人、
抱き合ったまま
気が済むまで
一緒に泣いた。
しばらくすると個室のドアがノックされて、お母さんと一緒にがっしりとした体型のスーツを着た二人の男の人が入ってきた。
警察手帳を開いて見せてくれる。
若い方の刑事さんが思ったより優しい声で私に話しかけた。
「辛い思いをしたね。君を襲った男たちは三人共捕まえたから、安心してほしい。少し話を聞かせてもらっていいかな?」
調書を作る為にいくつかの質問をされる。
連れ去られた時間と場所、車や男たちの特徴、襲われた場所やその状況も男たちの供述と一致しているか確認の為いくつか聞かれた。
ついさっきの生々しい出来事。
私は吐き気を抑えながらぽつりぽつりと答える。お母さんとエミが目を伏せ、涙ぐむのが分かる。お母さんは私以上に辛そうに口元を押さえていた。
そして話終えた私の頭を抱くようにしてそっと髪を撫でてくれた。
その温かい手が張り詰めていた緊張を解いてくれる。
刑事さんは改めて、私を襲った男たちは三人とも現行犯逮捕して、今警察で取り調べ中であること。
三人とも強制わいせつ罪や婦女暴行の前科があることを教えてくれた。
あのビデオも警察が押収しており、卑劣で悪質な犯行で、厳重に処罰をされるであろう事。いつでも何かあれば話を聞くし、相談に乗ってくれると付け加えてくれた。
取り調べではやはり三年女子の名前が出てきたらしい。思わずエミを見ると
「私に任せて」
と微笑んで頷いた。
その頼もしさに安堵する。
「今回、我々の出番がない程の事件解決の手際に驚いてるんだよ」
二人の内少し年配の刑事さんがメモしていた手帳を仕舞い、ゆっくり私を見つめて話しだす。
「こういった事件は事が明るみに出にくい。被害者からの届けがあって初めて発覚することが残念ながら多いんだ。今回のように前もって我々に情報が無く、現行犯逮捕できる事は稀だと思う」
ゆっくり私とエミの顔を見た。
「君を救い出し、再犯を繰り返す犯罪者を逮捕できたのは、一重に君の勇気と友人達の協力があったからこそだと我々も感謝しているんだ」
三人の内一人はしばらく意識が戻らず警察病院行きだったと教えてくれた。
「体を張って君を救った、彼にも。一言伝えておいてくれないかな」
そう言って二人の刑事さん達は帰って行った。
(私はみんなに守られてる)
エミからヒロくんも探してくれていた事を聞いた。 ユリちゃんが、居場所を聞き出してくれたことも……。
なぜこんな事になったのかはわからない。
男たちが捕まっても、私の傷は簡単には癒えないだろう。
それでも、みんながいる。
エミが
ヒロくんが
家族が
そしてユウキが。
夕方には検査結果が出て、明日には退院出来ることになった。
エミは面会ギリギリまで一緒にいてくれた。
――また夜が来る。
その夜はお母さんが泊まってくれて、久しぶりにゆっくり色んな話をした。本当に、色んな話を。
寝むる前に、
私の手を握って
言ってくれた
お母さんの言葉。
「アヤカ、頑張ったね」
抱え込んでいた、不安や戸惑い。孤独感が、ゆっくり溶けだしていくのを感じた。
(一人じゃないんだ)
心から、そう思った。
電気の消えたベッドの上で目を開ける。
明かりを消しても真っ暗闇じゃない。
隣から聞こえる寝息
窓からの月明かり
私の心の中にある光。
――ユウキ。今何してる?何を思ってる?
ユウキはあの倉庫に来た。男たちの行為を止めて、私を助け出してくれたのは間違いない。
ユウキは私のあの時の姿を見たんだ。あの悲惨な姿を。
(どう思っただろう……)
考えると複雑な気持ちになって胸が苦しい。でも、もう時間は戻せない。何も無かったことにはならないんだ。
ユウキを想う私の気持ちに迷いはなかった。
「ユウキ……会いたいよ」
呟きが夜闇に消えていく。
ただ会いたい。
顔が見たい。
声が聞きたい。
私は、翌日退院して体の傷が癒えるまで数日間学校を休んだ。
でも
ユウキが
私に会いに
来てくれることは
一度も無かったんだ。