長い夜〜ユウキ〜
守りたいものが
傷つくことに傷ついて。
(ユウキ目線)
あの日
あの夜
俺たちにとって最悪な
でも特別な夜
何も起こらなければよかった。
でも何も起こらなければ気付かなかっただろう。
自分より
何よりも大切な
守るべきもの。
あの時決めたんだ。
もう決して
キミを傷つけないと。
俺はキミを想い続けるよ。
これからも、
ずっと、ずっと。
ただ、
今でも
聞けない事がある。
アヤカ
俺はあの夜
本当にキミを救うことが出来たのかな?
――雨が振り出した。
コンビニでちょうど兄貴と合流した時、アヤカの携帯に新藤から連絡が入った。
「埠頭の倉庫にいるって! 会社名は……」
新藤が言う社名を暗記する。
「私もすぐ追うから……。早く行って!」
すぐに兄貴の車で向かう。気持ちが焦って信号がやたらに多く感じた。
もうアヤカが誰を好きだろうと、誰のものであろうと関係ない。
とにかく無事でいてほしい。早く救い出したい!
それだけだった。
兄貴は、忠告を聞かなかった俺を責めることなく、真っ直ぐ前を見ながらハンドルを握って、車中でも口数が少なかった。
ただ、一言。
「俺はアヤカに振られたんだ」
そう言った。
「今、アヤカが一番会いたいのはお前なんだよ」
その言葉に
俺は
その日の自分の態度を
胸が潰れそうな程
後悔したんだ。
振り出した雨がだんだん大粒になってきた。
雨が車のフロントガラスを強く叩きだした頃
埠頭に着いた。
埠頭には倉庫が立ち並び入り組んでいる。
新藤から聞いた会社名をナビで検索したけど、場所は特定されなかった。
おおよその場所で車を止める。そこから飛び出してもつれるように走りだす。
「アヤカー!!」
ただとにかく叫び続けた。
倉庫の屋根を叩く雨音が大きく音を立てて邪魔をする。
ふと目が止まる。
立ち並ぶ暗い倉庫
ただ一つだけ、
怪しく小さな光りが漏れている。
そこへ向かって夢中で走りだす。
僅かに空いてる倉庫の扉から漏れだす。
その光は
アヤカを照らしていた。
制服のシャツの
ボタンは千切れ、
乱され
白い肌が
露になっていた。
そこに男の
汚らしい手が
張り付いている。
スカートを
捲し上げられて
開かれる足。
彼女を照らす
その光源。
それは……。
(ビテオカメラ……)
泣き叫ぶアヤカ
そしてアヤカの頬が男に殴られた。
――全てがスローに見えた。
生まれて初めて
人に殺意を感じた。
「おいっユウキ!」
後ろから兄貴の声がした。それに構わず、
俺は走りだす。
まず手前のビデオカメラの男を飛び蹴りを入れる。
うめき声とビデオカメラが飛んで地面に叩きつけられる音が倉庫に響く。
振り返る二人の男
アヤカの身体をまさぐり、押さえている奴の顔面を殴り飛ばして、転がる腹に蹴を入れる。
それから、唖然とした間抜け面で下半身を出してる奴の胸ぐらを掴んで、飛び出ている汚らしいモノごと蹴り潰す。
よろけて倒れるそいつの横っ腹をさらに勢い良く蹴り入れた。
何度も
何度も
何度も
「……キ! やめろ! ユウキ!! 死ぬぞ!」
兄貴に両脇を抱えられ止められるまでがむしゃらに蹴った。
気が付けばそいつは血を吐いて痙攣していた。
やっと我に返る。
男のその姿をみても
納まらない怒り。
その時、後ろから小さな小さな声がした。
「ユ、ウキ?」
まだぐったりと倒れたまま、こっちを見てる。
――アヤカ!
兄貴の腕を解いて駆け付ける。
「アヤカ……」
言葉を失う。
すぐに制服のジャケットを脱いでアヤカにかけた。
殴られてぼぅっとしてるのか視線が定まらない、腫れぼったく涙に濡れた瞳。
顔半分の目の周りが真っ青になって頬は赤く腫れている。口の端からは血が見えていた。多分口の中が切れているんだろう。
よく見るとアヤカの手首は後ろ手に縛られていた。
足元にも紐が落ちていて、足首にも縛られた後があることに気付く。
再び今すぐにでも男達を皆殺しにしてやりたい衝動が沸き上がる。
「本当に……ユウキ?」
声が擦れ、囁くような声が聞こえて踏み留まる。
まだぼんやりとした揺れる瞳がこっちを見ていた。
「……そうだよ」
目を合わせて安心するように見つめる。
そっと手首の紐を解いていく。
――胸が、千切れそうだ。
なのに涙はでない。
沸き上がる憎しみが止まらない。
男達も
自分も、許せなかった。
悔しくて。
虚しくて。
彼女を守れなかった
こんな目に合わせてしまった、自分が……。
小さく震える細い体
その愛しくてたまらない存在を抱き締める。
「もう、大丈夫。大丈夫だよ……」
自由になった細い腕が弱々しく背中にまわる。
しがみ付くように……。
「ユウキ……ユウキ」
小さな擦れた涙声で何度も何度も名前を呼ぶ。
どれだけ
俺を呼んでいたんだろう。
どんな思いで……。
俺はただ、ただ、
彼女を抱き締める。
ゴメン
無視してゴメン
置きざりにしてゴメン
こんな酷い目に合わせて
ゴメン
ゴメン
ゴメン……。
アヤカ……ゴメン。
心の中で
言葉に出来ない謝罪を何度も何度も繰り返す。
何より大切で
誰より愛しい
アヤカ
彼女がふと体を離して朦朧とした瞳で俺を探す。
「ユウキ……」
「……ここに居るよ」
俺が答えると、
安心したように
微笑んで
言ったんだ。
「ユウキ……好きだよ」
そして彼女は
瞳を閉じた。
思わず
涙が
零れた
一番欲しいはずの言葉が、胸の一番痛い所に突き刺さる。
意識を失った彼女を抱き締めながら大声で泣いた。
サイレンの音が聞こえる。
駆け寄ってくる幾つかの足音。
アヤカが運び出された後も、何もかもを無視して俺は崩れるように泣き続けた。
――今でも思い出すと胸が軋む。
自分の無力さや
自分の幼さ
狂いそうになるくらいの怒りと目眩がするくらいの愛しさ。
そして最後に必ず思うんだ。
アヤカ
俺はキミに
想われる権利が
あるんだろうか。




