長い夜〜ユリ〜
後悔と自責の念
心の変化
<ユリ目線>
*前話と入れ換えるかもしれません。
「私は何もしらない……帰って!」
住谷さんが車で不審者に連れ去られた。
そう言う新藤さんの突然の訪問に、私はすごく驚いた。
彼女はいつもの冷静な雰囲気からは考えられないくらい真剣で必死で。
動揺した私は扉を開けてすぐに追い返えそうとした。
「お願い! 有川さん! アヤカを助け出したいの。手を貸して欲しい」
それでも扉に体を挟み込むように食い下がる彼女に戸惑う。
――住谷さんが……?
いい気味だと、
そう思い切れないのはなぜだろう。
曖昧に愛想を振りまいて男たちを誑かしてたのは本当だ。
(彼女に悪気がないにしても……)
――恋愛に慣れてなくて不器用。
彼女をしばらく見ていてそう思うようになった。
それは私の知ってる誰かに似ていた。
「アヤカが、怪しい男たちに連れ去られた可能性があるの……」
扉の隙間から
また改めてそう言われて、先輩から聞いた話を思い出す。
――まさか……本当に。
まっすぐに見つめる新藤さんから目を逸らしたまま、場所を変えたいと伝える。
住谷さんへの嫌がらせ、
それは私に同情してくれた友達が、小さな嫌がらせを何度かした事が発端だった。
最初の頃は確かに、いい気味だと思えた。私が傷ついたのは住谷さんのせいなんだから。
ただそれが、先輩マネージャーに漏れて……。三年生にも住谷さんの事を悪く思ってる人が何人かいて。火種が広がっていくのはあっという間だった。
『私の友達も住谷 アヤカが気に入らないって言ってたよ。近々住谷さんヤられちゃうかもね』
親しくしてるマネージャーの先輩が、私に漏らした言葉に、嬉しいと言うよりゾッとした。
『ヤられるって……』
動揺を隠さず尋ねると、
『友達が気に入ってる男子が住谷さんを好きになちゃって、男を取られたとか言って騒いでるの。クラブとかもっと怪しい場所にも出入りしてるタイプの子だから、今日も男友達に襲わせるとか話してて』
可笑しそうに話を続ける。
『あの子、一度気に入らない事があるとトコトンやるからなぁ』
先輩は笑いながら言ってたけど……。私は笑えなかった。
でもあの時はふざけて話してるだけだと思っていた。いつもの陰口みたいなものだって。
「何でもいい。思い出したら、気付いたことがあれば教えて欲しい」
新藤さんの小さな説得にハッと我に返る。
近くの小さな公園に移動しても、私は俯いて黙り続けていた。
私の心が、迷い彷徨う。
「……元はと言えば彼女が悪いのよ。ユウキくんや色んな男子を誑かしたりして」
ためらいながらも思い切って本音をぶつける。
新藤さんの顔色が変わった。でも彼女は何も言わない。
「私が別れる事になったのだって住谷さんのせいだし……」
軽く新藤さんを睨んでそう言ってみたけど……。
「その事については私は何も言えない……でも」
優しく静かに新藤さんが私に語り掛ける。
「多分、誰も悪く無いんだよ。有川さんもユウキくんも……アヤカも」
(ダレモワルクナイ?)
その言葉に激しく心を揺さ振られる。
ユウキくんが住谷さんを好きになって……すごく辛かった。
だから、振られてすぐの時は本当に住谷さんが憎かった。住谷さんへの嫌がらせも当然だと思った。
――誰かのせいにしてないと前に進めなかったから。
翳りのある彼女を見る度チリチリと痛む胸に気付かない振りをして、
自分の傷を癒す為に、目をつむって耳を塞いで、自分の事だけを考えるようにしてた。
本当の彼女を
見ないように。
見たら気付いてしまう
自分の汚さ
自分の弱さを……。
(時間が、こんな風に傷を癒すなんて知らなかったから)
下唇を噛んで堪える涙が……地面に落ちる。
公園の時計を見た。
もうすぐ22時。
新藤さんが言う連れ去らた時間からもう二時間になる。
――もし、先輩が言っていたことが本当に実行されていたら……。
その考えに……背筋に悪寒が走る。涙を拭い、新藤さんを見た。
辛抱強く、私が答えるのを待っている。いつものように気丈に振る舞ってるけど、その体は小さく震えていた。
迷ってる時間はないんだ。
「電話、かけさせて」
一瞬驚いた顔をして、真剣な目をして頷く。
「……どうぞ」
私は携帯を開く。深呼吸をして勇気を振り絞る。
電話帳から掛け慣れない番号に発信する。
今夜、住谷さんに何かあれば、私はきっと後悔する。
「……夜分遅くすいません。有川ですが、三浦先輩ですか? 前に話してた……住谷さんの事なんですが」
「住谷 アヤカの事って何よ?」
「彼女が男たちに連れ去られたんです……。先輩、何か知りませんか?」
隣では新藤さんが息をのんで会話を聞いている。
「あぁ、その事。今更何?……元はと言えばユリちゃん達が始めたことでしょう?」
先輩はしらばく黙った後呆れたような口調で苛立たし気に言い放った。
責められるのは覚悟していた……『私が始めたこと』その言葉が予想以上に重く肩にのしかかる。
なにより先輩が否定しない事に改めて衝撃を受ける。本当に男たちに襲わせたんだ……。
「……すいません。身勝手なのはわかってます。けど……今すぐ居場所を知りたいんです」
おかしいくらい声が震えている。
「……三浦先輩。お願いします。知っているなら、教えてください」
住谷さんが
何をされているのか
私には想像もつかない。
後悔が
不安が
罪悪感が
次々と私を襲う。
人を傷つけても
幸せにはなれない。
同じように自分が傷つくだけだから。
私は、それをもう実感し始めていた。
(私が始めたことなら、私が止めないといけないんだ……)
今は
ただ
彼女を助けたかった。