長い夜〜アヤカ〜
長い夜・序章
<アヤカ目線>
今、私は
暗闇の中にいた。
天井が高く、埃っぽい広いスペースに何かが並んでいる。段ボールやコンテナだろうか。窓は小さな明かり取りが並んでいる程度。月明かりもなく星さえ見えない。
トタンを打つような小さな雨音が聞こえる。
暗闇に目が慣れると
ぼんやり
縛られた足首が
目に入った。
後ろ手に縛られた
手首の紐も
簡単には外れそうもない。
(どれくらい時間が経ったんだろう?)
暗い倉庫のような場所で手足を縛られている……。 想像したこともない状況に緊張と不安で胸がムカムカした。私は頭痛のする重くダルい体を何かの台にそっと預ける。
雨音に混じって外から男たちの声が微かに聞こえてきた。
低い笑い声。
沸き上がる不安から現実逃避するように目を閉じる。
意識が重く沈んでいく……。
暗い闇の中
ユウキの声
ユウキの大きな手
力強いユウキの腕を
思い出す。
それと同時に
傷ついた目をして
私を冷たく突き放し
一人歩き去っていく
ユウキの背中を
思い出していた。
――ユウキの、あんな目。初めて見た……。
グランドに降りる階段で部活が終わるのを待っていた。
ユウキが必ず通る道
伝えたい事があった。
でも、部室から最後に出てきたユウキは私に気付くと、驚いて気まずそうに
目を逸らした……。
(え?)
ドクンっと心臓が不安なリズムを打つ。
そのまま私の前を素通りしていくユウキ。
まるで、存在しないかのように。その背中に慌てて声をかける。
「ま、待って! ユウキ。話があるの」
私の言葉に一度は止まってくれたけど
「……聞きたくない」
聞こえるか聞こえないかわからいなくらい小さな、傷ついた声で呟いて。
ユウキは行ってしまった。
突然できた二人の間の溝に動揺して、私はユウキの背中を見ながら呆然と立ち尽くした。
冷たく突き放されてはじめて、ユウキがいつでも優しく受け入れてくれる。そう思ってた自分に気付く。
私は告白してくれたユウキを押し退けて、返事も曖昧にしたままユウキを避けてたのに。
「調子に乗ってる」と言う陰口を思い出す。
――その通りだ。
無視されて気まずそうに避けられる事が、こんなにも辛いなんて知らなかった。
いつも優しいユウキ。私を好きだと言ってくれたユウキの拒絶するような背中が……忘れられない。
もう何粒目かわからない涙が頬を伝う。
あの背中を追い掛けてたかった。
もう一度振り向いて欲しくて、
話を聞いて欲しくて。
でも、私はただ動けずにいた。甘やかされた心は、また拒絶される事が怖くて、何も言葉にする事が出来なかった。
気が付いた時には男たちに囲まれていた。
「彼氏に振られたのかな? 俺たちと遊ぼうよ」
ニヤニヤ笑う見覚えのある顔。
(昨日の男たちだ)
私の顔色が変わるのを見ると後ろにいた一人にハンカチで口を塞がれる。
「おっと、大声は出さないでよ〜」
声をあげようと大きく息を吸い込むと目の前がクラリと揺れた。
いつもの貧血とは違う、薬品の匂いに気分が悪くなる。
「悪いけど、ちょっと付き合ってもらうよ」
薄れていく意識の中
男たちの顔と拒絶されたユウキの顔が交互に回って……。
頭痛と共に目覚めると、この場所にいた。
――ヒロくんにも注意するように言われたのに……。
昨日、海でヒロくんに抱きしめられた時。
自分の気持ちに自信が持てなくなって、一度はユウキを忘れようと思った。
でも、そう思えば思う程
溢れる気持ち
流れる涙
戸惑う私に
「そんなにユウキがいいんだ……」
ってヒロくんは呆れるように呟いた。
そうかこんなにもユウキが好きだったんだ。
そしてその単純な言葉は私の胸にストンと落ちた。
ユウキじゃないと駄目なんだ。
ヒロくんの言葉で自覚した。
「まだアヤカは何にも伝えてないんだろ?」
あの時ヒロくんはそう言ってくれたんだ。
――そう、私はまだ何もユウキに伝えてない。
今すぐにでも数時間前に戻ってユウキの背中を追い掛けたかった。
拒絶されようと
何されようと
かまわない。
ずっと私の中にあった気持ち。
「ユウキが好き」
形を変え色を変えて少しずつ育ててきた想い。
色々あって見えなくなってたけど、それは確かにここにあった。
ユウキに好きだと言われてから、想像以上に成長していた。自分でも気付かないくらいのスピードと大きさで……。
数時間前は、いつでもこの想いを伝えられると思っていた。また、普通に朝が来て、もう一度。何度でもチャンスがあると思っていた。
背中が見えなくなるまで見送った、あの時までは……。
倉庫らしい、重い扉が開く音がして、私の意識は現実に引き戻される。
数人の黒い人影。
顔はよく見えない。
私は出来るだけ体を小さくして物陰に隠れる。
「アヤカちゃーん。ちょっと俺たちと遊ぼうぜー」
ふざけ合いながら男たちが近づいてくる。
逃げようにも動けない。 縛られた手足に苛立つ。自分の非力さや無力さが悔しい……。
黒い影が
近づくにつれ
沸き上がる恐怖心。
影から伸びてきた手が
触れる。
「可愛い顔して、男好きって、ホント?」
嫌悪感で思考が止まる。
「うわぁ、足もスベスベ」
スカートから出てる足を触られて吐き気がする程の悪寒を感じる。
「触らないで!」
睨み付けて大声をあげる。
「いいね〜。この状況でその強気」
後ろの男が愉快そうに笑う。
「ここ港の倉庫だから、いくら声出しても誰も聞こえないよ」
暗くても男たちが厭らしく笑うのが分かる。
「こんな可愛い子とヤれるなんて俺たち役得だなぁ〜」
更に伸びる手を縛られた両足で蹴って避ける。
「元気だな〜、まぁそのくらい嫌がってた方が画になるよね」
そう言われて後ろの一人がビデオカメラのようなものをこっちに向けているのに初めてきづいた。
(この人たち、本気だ……)
体中の血の気が引く。
迫ってくる男たちに力の限り大声で叫んだ。
「いやぁ! 近寄らないで!!」
――ユウキ!!
無意識にユウキを呼ぶ。
ただひたすらに
ユウキに会いたかった。
神様なんているのかわからないけど、祈った。
どうか、
願いが叶うなら。
今すぐに
この想いを彼に
伝えさせてください。
男たちの汚れた手に
穢れる前に……。