最後の帰り道
ユリとユウキ
二人の終わりの日
<ユリ目線>
「……ごめんユリちゃん……ごめん……」
涙でなにもかもが歪む。
(覚悟はしていたけど……)
同じ部活で逃げ回るのにも限界がある。
あの予感があった雨の日から数日後、私はあっけなくユウキくんに捕まってしまった。
「一緒に帰ってくれないかな?」
部活が終わり、部員達もマネージャーもほとんど帰ってからマネージャー室を出た所で声をかけられた。 何日か無理やり理由を作って一緒に帰らないようにしていた……無駄な先送りも虚しく。もう断るネタも尽きてしまった。
無言で目を合わさず頷く。
――初めて手を繋いだ日からまだ数週間しかたってないのに。
宙をさまよう私の手の平は虚しく夜風を握り締める。
私はいつもよりずっと早足で歩いて、ユウキくんは少し後をついてきている。
ずっと無言だった。
早くこの沈黙が終わって欲しくて、でも口を開いて欲しくなくて、ひたすら早足で歩いていた。
そのことになんの意味もないのは分かっていたけど、そうせずにはいられなかった。
足を止めるのが怖い。
目が合うのが怖い。
終わりの予感の全てが……。
家が見えてきた。
「じゃあ、またね」
顔も見ないで走り去る私の腕をユウキくんに取られる。
「待って!」
驚いて体中が彼の声に反応する。
今日初めてまともに目が合った。その辛そうな顔に、胸を突かれて俯く。腕を捕まれたまま向かい合う。
どうみても楽しい話をされる雰囲気ではない。全身で彼の話を拒否してしまう。
「……ユリちゃんに、話さないといけないことがあるんだ」
捕われた腕から伝わる手の平の温かさを感じる。その全てが切ない。
ユウキくんはそんな私の心を知ってか知らずか、
苦しげに話し始めた。
「聞きたくない」
間髪入れずに答える私の態度に一度驚いたように息をのんでから続ける。
「……ユリちゃん。聞いて」
「嫌!!」
愛しい手を振り払い耳を塞いぐ。思ったより大きな声が出て自分でも驚いた。
ユウキくんはそんな私を見るのは初めてだろう。彼はまだ、私の事を何も知らない。何も知らずに終わっていくんだ……。フライング気味に涙が溢れた。
「……俺……」
「聞きたくないってば!!」
耳を塞いだまましゃがむ。
「…ごめんユリちゃん。……もう……ユリちゃんとは付き合えない……」
残酷な一言はしゃがんでいる私の目の前から聞こえた。瞳を開けると、同じようにしゃがんでるユウキくんがいる。
その姿に更に切なくなる。涙が止まらない。
「……私と別れて、住谷さんと付き合うの?」
思った以上に強く責める口調。涙声なのが余計に哀れに耳に響く。
「……アヤカは関係ないよ……俺が勝手に好きなだけだから」
驚いて答える彼が本気で言ってるのが分かる。どこまで鈍いんだろう……ここまでくると呆れてしまう。
「……最初に聞いた時、ただの幼なじみだって言ったじゃない……」
勢いに任せて気持ちを吐き出す。
「……あの時は本当にそう思ってたんだ……」
返ってきた答えは余りにも想像通りのセリフだった。
辛そうに一言一言痛みを堪えるように答える彼に嘘や誤魔化しを感じなくて苛立つ。
苛立ちながら愛しくなって次から次へと涙がこぼれる。
手を伸ばす。
勇気を出して座る彼の手を握った。私の手も心も震えている。
「……住谷さんを想っていてもいい……」
瞳を見つめて、想いを込めて伝える。
「……私じゃ、どうしても、ダメ?」
その手は握り返されることはなく、彼の瞳は痛々しく、苦痛に歪められた顔は逸らされる。
「……ごめんユリちゃん……ごめん……」
目の前が真っ暗になる。
恋の成就が全てを色づかせるものなら、拒絶されることは全ての色を無くす事だと体感した。
目の前の彼を失うという絶望感、虚しく木偶の坊のように乗せた行き場のなくなった手の平と固く冷えた想い。それが憤りになり、怒りの矛先が「彼女」に変わる。
私は居たたまれなさに立ち上がり走りだす。
(ずっと好きだったのに……付き合えて本当に嬉しかったのに……。「アヤカ」に比べれば短いかもしれないけど……)
流れる涙もそのままに家へと駆け込む。
誰にも会うことなく自分の部屋の扉を閉めきった。
遂げられた想いを夢見る間もなくあっけなく断ち切られた。
――住谷さんと何かあったんだ。……あんなにモテてるのに、なんでユウキくんまで奪うの!?
(彼女が曖昧な態度で彼を誑かしたんだ)
幼なじみという曖昧な特権が急に憎らしくなる。
いつでも見え隠れしていた「アヤカ」は私にとっては脅威だった。
――それでも一度は彼は私を選んだ。
その事実だけが私のなけなしの自信を支えていた。
そしてついさっき、その自信はあっさりと崩れ落ちた。
覚悟はしてた……でも、彼を失う現実は思った以上に私の心を不安定にした。
胸の中に次々と生まれる黒々と渦巻く気持ち。
住谷 アヤカという存在が、色を変え形を変えて何度も何度も襲い掛かってくる。暗い部屋の中、しゃくり上げる自分の声だけが滑稽に響いた。
――彼女さえいなければ……。
私は、真っ暗な暗闇の中。
この悲しみの元凶を全て彼女に向けることで
這いつくばった自分の心を光へと導こうともがいていた。