嫉妬
アヤカの周りの変化
<エリ目線>
想像は出来た。
最近のアヤカは女の私から見ても時々ドキッとする程艶っぽい表情をする。
アヤカの中の眠っていた色香が恋の喜びや痛みで濃い匂いを発しているんだろう。
もちろん本人は気付かない。この手の香りは特定の人間にしか届かないものだから。
アヤカに好意を持っているか……または真逆の感情を持っている人間。
――後者には、さぞかしキツい匂いに感じるだろうな。
いつも通りに委員会が終わった後、なぜか三年男子の先輩から突然声をかけられた。
「新藤さんてサッカー部の高森 ユウキと仲良かったよね?」
「はい?」
「あいつ、彼女と別れたのって本当?」
まだ私が知って間もないというのに、もうそんな情報が回っていることに驚いた。
「えっそうなの? エミちゃん本当? あの二人仲良かったのにね。早くない?」
隣にいた他のクラスの女子も話題に飛び付く。
「そうみたいだけど……」
詳しく聞きたそうな相手を適当にかわして教室を後にする。
ユリちゃんとユウキくんが別れた事は、本人達が思っていた以上に早く周りに知れ渡っているようだった。
多分、アヤカを狙う男子達と、噂好きな女子達による連携プレーの賜物だろう。
(本人達にとってはいい迷惑だろうな)
もちろん、アヤカにとっても。
ユウキくんがなぜユリちゃんと別れたのか、直接何も聞いていないし詳しいことは何も知らない。
アヤカですら曖昧にしか分からない感じだったし。
ただ、最近のユウキくんは明らかに雰囲気が変わった。前はただ不器用で照れ屋な男の子って感じだったけど、その不器用さや照れた感じが一点に絞られるように、熱く、濃い。そんな視線や空気を放っていた。
女の子達はそういう変化に敏感。ユウキくんに注目する女子も増えていたみたいだし。
――そこへ別れ話。広がらない訳はない。
(だから、想像は出来たんだ)
数日前、朝アヤカは体育館シューズを履いて登校してきた。
「上履き、どうしたの?」 私の問い掛けに、不安に陰る顔に無理に笑顔を作りながらながら、
「なんか、下駄箱に無くて……どこいったんだろう?」
と不思議そうに困った顔で笑っていたアヤカ。
この前は授業の直前で体育を休んだ。
アヤカは貧血持ちだからたまに体育を休んだりする。でも、その日は元気で体調も良さそうに見えた。
「どうしたの? 気持ち悪い?」
小さく首を振る。少し様子がおかしい。
「アヤカ?」
「無いの。朝は確かに持ってきたんだけど、今持って行こうと思ってみたら、無い……」
途方に暮れたような声。
「体操服が?」
その問いにアヤカは戸惑うように、力なく頷いた。
探す時間もなく、とりあえずその日の授業は休んだけど、掃除の時間にアヤカの体操服は思いがけないとこから出てきた。
「住谷さんのじゃない?」
クラスの男子が見つけた場所は、ゴミ箱。ご丁寧に全部出されて汚されてる。
その時のアヤカの顔色は真っ青で、倒れるかと思った……。
間違って入るような場所じゃない。誰かが意図的に捨てたんだ。ショックに強張るアヤカを見ていられず、私は怒りが込み上げた。
「誰!? こんなことするのっ」
犯人探しをしようとする私を止めたのはアヤカ。
「……いいよエミ……。理由はわからないけど。なにか誤解があるのかも知れないし、相手もわからないし……。」
少し様子をみよう。
青ざめながら、冷静でいられるアヤカに驚いていると、
「私は大丈夫。エミがついてるもん」
「アヤカ……」
アヤカの無理に作った笑顔が胸に痛くて、思わずそっと肩を抱き寄せた。
「何かあったら私に必ずいってね」
私の真剣な言葉に
――うん……心配してくれて、ありがとう。
安心したようにアヤカは微笑んだ。
下駄箱には頻繁に何か書かれた紙が入ってるみたいだった。アヤカは私にはっきりとは言わなかったけど。
これ以上なにかあったら先生に言って、委員会でも取り上げてもらおう。
そう思っていた。
疲弊してる憂いのせいか、
「アヤカちゃん、なんか綺麗になったね」
と男女問わずそう噂される程、いつも以上に綺麗に見えるアヤカ。
すこし落ち着いたけど、放課後やお昼休みにまだたまに来る
「住谷 アヤカちゃんいますか?」
という訪問や呼び出しも、
「何か用ですか?」
とまずは私が確認するようになっていた。
だいたいその時点で逃げるように去っていく男子が多い。覗いていく女子にもチェックを入れてる私を、
――エミは最強のボディーガードだね。
とアヤカは笑って言うけど。
明らかにユウキくんが別れた後からだから、犯人は何となく目星はついていたけど、アヤカに嫉妬している女子は他にもいて、なかなかはっきりしなかった。
「幼なじみで美男美女なんて出来過ぎてるよね」
そう言われてる事を聞く事は実際多い。
人は自分に無いものを嫉む。
魅力や環境、持って生まれた努力のない立場。
例えば幼なじみ。
私は幼なじみというのは正直不利だと思う。
小さな頃から一緒なら必ず好きになるかといえばそうでもない。逆に近すぎて対象外になりやすいと思う。ユウキくんが今までそうだったように。
――それでも妬まれやすいだろう。二人が魅力的なら尚更。
さっき別れたばかりのアヤカの姿を思い出す。
長い緩やかに揺れる黒髪を机に広げながら虚ろに俯せている。一種の異様な色香が漂っていた。
私はアヤカに惹かれる男子の気持ちが分かる……。
あの、何かを見透かすような澄んだまっすぐな黒い瞳。あの瞳に見つめられると、時々どうしたらいいか解らずに目を逸らしたくなってしまう事がある。
思わず赤くなってしまったり、気まずくなったり、嘘がつけなくなる。
そしてアヤカが微笑むと温かく優しい気持ちになった。花を愛しむ気持ちに似てるなと私はいつも思う。
その反面、
同じ女子としてアヤカに嫉妬する気持ちも理解できた。
アヤカに贖えない魅力を感じつつそれを認めたくない女心。
私の中の味方でいながら、
相手を完全に憎みきれない自分がいたのも事実。
数日後
私はそんな自分を責めることになる。
――だんだんエスカレートしていくだろう嫌がらせ。予測することは難しくなかったはずなのに……。
まさか、あんな事が起きるとは思いも寄らなかったから……。