二人の幼なじみ〜ユウキ〜
二人の幼なじみ〜ヒロキ〜のつづきです。
「……アヤカに何してんだよ……」
ピリピリとした空気。
気が付けば私の数センチ先にヒロくんの顔があった。誤解され兼ねない状況に改めて気付いて反射的にヒロくんから離れる。
「ユウキ……?」
恐る恐る声をかける。
ヒロくんを睨んでいるユウキはいままで見たこと無い程恐い顔をしていて知らない男の人のように感じた。
「意外に早かったなユウキ。そんな顔すんなよ。アヤカが恐がってるぜ」
とくに否定も説明もせず、そんな状況でも軽口を叩くヒロくんの態度にますます気持ちが焦る。
「ち……違うの。ただ、私ヒロくんにからかわれてて……」
「からかった訳じゃないよ。アヤカは可愛いし、俺今彼女いないしね」
そう言って肩に手を回される。
――信じられない!
私の気持ちを知っていて、この状況を煽るような言動をするヒロくんの真意がわからず、ただ食い入るように彼の顔を見つめる。
その間に手が伸びてきてヒロくんの肩を掴んだ。
「……アヤカに触るな」
低く唸るような声。
静かに、でも有無を言わせぬ勢いでユウキの腕が私の腰に回る。
瞬間、抱きしめられるような形になる。汗の乾いた匂い。回された腕の熱さに心臓が跳ね上がる。
気が付けば部屋の外に出されていた。
腕は一瞬で振りほどかれて、添えられた背中の手もすぐに離される。
ただ熱い余韻だけが身体に残る。
そっとユウキを見る。
「ごめん……」
さっきまでとは別人のように、恥ずかしげに目をそらすユウキ。
――いつものユウキだ。
「準備できたわよ〜。みんな降りてらっしゃ〜い」
そんな雰囲気を掻き消すように、日常的な声が一階から響く。
「あっ、今いきまーす」
何事もなかったように、慌ててそれに答える。
振り返るとユウキは無言で自室へ入っていく所だった。
気まずくも全員が揃って誕生日パーティーははじまり、大人たちは様々な話に花を咲かす。
私たちの雰囲気も、
「何?あんた達ケンカでもしたの」
という一言で終わった。大人たちの鈍さもこんな時はありがたい。
ユウキは無口で黙々と食べるだけ。
ヒロくんはまったく何もなかったような態度。でも二人は一度も口をきかない……。
席も二人に挟まれていて、なんだか変に気疲れしてしまった。
食事の後は大人たちはお酒も入り、まだ続いてる宴の中一人先に帰る事にした。
外はもう真っ暗だったけど、煮物の冷めぬ距離というくらい近い道のり。
気にせず玄関を出ると後ろから声をかけられた。
「アヤカ」
振り返るとユウキがいた。とたんに落ち着かなくなる心臓。
「……送ってく」
「近いし大丈夫だよ」
「……大丈夫じゃないよ。もう暗いし」
断る私に構わず並ぶユウキ。
「今まで送ってくれた事なんてあったっけ?」
「……なかったかもな」
過去数回あったかなかったかだと思う。親に言われたとか。
そんな感じでもない今日、なんだか緊張してうまく話せない。
話題を探しながら黙って歩くともう我が家が見えてきた。本当に近いのだ。
お礼と別れの言葉を言おうと見上げると目が合う。
「……さっきは、ごめんな」
食事前の出来事を一気に思い出して、思わず顔が熱くなる。そういえばさっきも謝っていた。
「……なんで謝るの?」
思ったことを口にする。 今日はヒロくんもユウキも少し変だった。突然のことばかりで私の頭も心も付いていけていない。
私の知らない所で幼なじみの『男の子』達は私の知らない『男の人』に変化しているのだろうか。
最近のユウキの顔は、知っているのに見馴れない、どこか大人びた雰囲気。
――もしかして、これがヒロくんの言ってた雄の匂いのことかな……。
同時にヒロくんの近づく顔を思い出してなんとなく気まずくなりユウキから視線を外す。
「兄貴と何話してたの?」
心を読まれたようで、ユウキの顔を見ることが出来ず口籠もる。(言えない……)
思えばユウキのことばかり話していた。ヒロくんにからかわれた事を思い出し赤面する。
「べつに……特に何も……」
もっとうまい言葉があるはずなのに、出てこない。今日は色々ありすぎて自分の許容範囲を超えてしまっている。
私は呼吸を整えるだけで精一杯。
「アヤカ……小さい時、兄貴の事好きだっただろ?」
「え……?」
――知ってたの……?
初恋を言い当てられて動揺してしまう。
気付かれてるとは思わなかった。恥ずかしくて目を泳がせながらユウキの顔を見た。
「……まだ好きなのか?」
空気は動くんだ。
生き物のように。
そう感じた。
ユウキの周りが熱くなり冷たくなり暗くなり濃くなる。
今日一日でこんなにも目まぐるしく変わる彼を初めて見た。
そして今ハッキリと思う。もう彼は私の知っている男の子ではない。いつのまにか決定的な何かが変わってしまったんだ。
まるで知らない人みたい。
「……違うよ」
ユウキの雰囲気に圧されて自分でも思ったより小さな声で答える。
「さっきはヒロくんも冗談で絡んできてただけだし……」
「冗談じゃないと思うけど……」
口の端を上げて、笑っているけど笑っていない。怒ってるように見える。
びっくりして黙って見上げてると、
「アヤカは隙がありすぎだよ」
前を向いたまま呟く。
「……もっと男に警戒した方がいい」
――似たような事をエミにもたまに言われるけど……。
自分ではよく分からない。そんなに誰にでも気を許してるつもりもない。
腑に落ちない気持ちで聞き返す。
「男って……ユウキにも?」
そんな私を真っ直ぐ見つめてユウキが答える。
「……まぁね」
月明かりのせいだろうか、ユウキの表情がすごく艶っぽく見えて、胸の奥に甘くて苦いものが広がる。
「ユリちゃんがいるくせに……」
こんな正直な気持ちを吐き出せる程、今夜の空気に特別なものを感じた。
「……別れようと思ってる」
突然だったそのセリフも違和感がないくらい。
「……ユリちゃんには、今度ちゃんと言う」
見慣れない男の人の中に私の知ってる彼が覗いてる。その真っ直ぐな瞳。
照れ屋で不器用だけど嘘のない。私の大好きな。
今はなんて言えばいいかわからない。
彼の中で何が起こっているのかも。
私はその時、初めて出会った相手にそうするように、ただ目の前にいる彼をそのまま受け止めることしか出来なかった。
おやすみ、また明日。
そう言って帰っていく彼の背中を見送る。
私は彼の何を見てたんだろう。何を知っていて、何を好きだったんだろう。
私の心は混乱していて、今日はとても疲れていて、今夜は思考を止めて眠ろうと思った。
おやすみ、また明日。
小さく見える彼の背中に私もそう呟いた。