4話―① ミートツリーのヘルシーハンバーグ
ぷるぷるプリン(普通の鶏卵、牛乳、砂糖)をシャルロッテが食べ終えた頃、セラがそろりとドアを開けて、彼女が元気そうなのを確認してから大きな声を出した。
「ちょっと聞いてくれる!?」
返事を待たず、サイドテーブルの上に地図を広げる。ついでに、声のボリュームも落としておく。
「この真ん中に近いところが教会。で、こっちの国境近くがワイルドボアの暴れてた場所。さっき現地の教会と魔導具で連絡取ってきたけど、ちゃんと浄化は出来てたわ」
それから彼女は、教会を挟んで反対側の国境近くも指差した。
「たぶん、こっちまで力は届いてる。国をほとんど覆う規模よ。魔力の充填さえしておけば、世界中を一気に浄化できる可能性はやっぱりある。一度凶暴化した魔物はいくらか瘴気に耐性がつくから、全体浄化を繰り返していれば魔物による被害がぐっと減る」
ぽかんとしているシャルロッテと、わずかに眉を寄せて上からのぞき込むクライド。
セラは、二人を見上げて続ける。
「これ普通にバレたらヤバい情報だから、関係者以外は他言無用ね。どう考えても人間にできる芸当じゃないもの」
「私、人間じゃないんですか……?」
困ったように目をぱちぱちするシャルロッテ。セラが、肩をすくめて首傾げウインク&お手上げポーズをする。クライドは「まあ、俺もよく人外扱いされるからな……大丈夫だろ」と自分でもよくわからないフォローを入れておいた。
「さっ、引き続き魔物を食べまくってほしいんだけど、なにかこっちで用意してほしいものはある?」
まだ状況を受け入れきれていないが、とりあえず、シャルロッテはクライドと頷き合ってから切り出した。
「あの、護衛を一人、増やしたいんです。彼の弟さんを推薦したくて……」
「それは推薦状出して!」
◇◇◇
ということで、推薦状に記載するアピールポイントを探すべく、セオドアも連れ立って三人はダンジョンと通称される古代遺跡へ向かっていた。クライドの判断だ。
「あそこは基本的に瘴気の影響受けねぇし、中にいる魔物も決まってるから危機管理しやすい。セオの実力見るなら丁度いいだろ」
すでに緊張気味のセオドアが、山中を歩きながらうなずく。
「ああ、ダンジョンって、古代エルフの暇潰しに作られたって言いますもんね。人間の負の感情由来の瘴気とか、寄せ付けないし弾き出しそう」
川を越えなければいけないところで、シャルロッテが靴を脱いでそのままドンと水中へ踏み出そうとするのをクライドが抱えて跳ぶ。
「そういや、このままあいつの思惑に乗ってていいのか? 国家規模の浄化なんて、さすがに余裕ねぇだろ。昨日なんて一言も発さずにやってたし」
「ええと、集中はしていたけれど、純粋に魔力量の問題だと思うわ。というか……私、いつもなにかしゃべってる?」
「ああ、最近は聞かねぇ気もするけど」
「……『神のお導きを』?」
「それ」
本当は何も言わなくていいのだが、セラが「言っといた方がそれっぽいから部外者の前では言っときなさい、寄付集めるのに聖女のイメージって大事だからね! あと、私は相手を煽り散らかしたい時に言ってるわ!」と言っていたのでシャルロッテが従っているだけなことを彼は知らない。
彼女は、地面に降り立って少し考えたあと
「アレは、飾りみたいなものだから。もう、あなたの前では取り繕う必要もないかと思って」
彼を見上げて、ふわりと甘く微笑んだ。
他意なくこれをやってくるのだから怖いものだと、クライドは小さく息をつく。彼女は誰にでも人当たりが良く、誰にでも一線を引いている。人懐こいようで、何かのきっかけで簡単に離れて行きそうな空気を持っている。そこで嬉しそうに特別扱いをされたら、大抵の人間は勘違いするだろう。
そしてシャルロッテは、自力で川を飛び越えてきたセオドアを振り返った。
「あなたも、早く一緒にお仕事できるようがんばりましょうね。今日は、エスコートをお願いします」
「はっ、はい……!」
セオドアは焦った。たぶん、さっきの川越えは自分が手を貸すべきだった。
――ヤバい、戦うだけじゃダメなんだ……! 剣を振らなければいいとかいう問題じゃない……!
邪魔になるだろうからと剣は置いてきたが、騎士道精神とかは持ってこなければいけなかった。そもそも身に付いているか自分でもちょっと疑問だ。彼は目の前の物事に集中しすぎて、その他がよく思考から飛ぶ。
あれこれと頭の中で復習していると、クライドが山肌に付いている石造りの扉に魔力を流しながら振り返った。
「ダンジョン、こっから入るけど、同時じゃねえと別空間に飛ばされるからな。ちゃんと付いてこいよ」
「はい!」「ええ」
彼の後を追って、二人は淡く光る扉の中へと入って行った。
そこは、どこか別の空間に繋がっているようだった。光源がないのにぼんやりと明るい、洞窟のような場所。足元には短い草むらがあって、セオドアの右斜め後ろには木まで生えていた。
「こんなところに……」
その幹の割れ目だと思っていた部分が、ぎょろりと目を開けてセオドアを見る。
「ひっ……!?」
思わず、すぐ前にいたシャルロッテの背中にしがみついた。すぐさま膝をついて謝罪した。
「あっ、わっ、申し訳ございませんッ……!」
「いいのよ。びっくりするわよね」
あんまりびっくりしていなさそうに、シャルロッテが木の目玉を見る。クライドは「あー、お前、ホラーっぽいの駄目だもんな」とセオドアの頭をわしわしなでながら木を見上げた。
「これはな、ミートツリーっつって、まあ肉のなる木だな」
彼の手が、硬い殻に覆われた実をもぎとって、剣でスッと半分に割る。中からは、生のミンチ肉みたいなものが出てきた。
シャルロッテがしげしげとのぞき込む。
「植物なのに……どういう原理なの?」
「他の魔物を捕まえて、バラバラにして、養分にしてる。これは発芽用に溜め込まれた肉」
「魔物の肉……」
「色んなやつが混ざってるから、一度にたくさん魔物を食えるな」
差し出された殻ごと、とりあえず受け取ったシャルロッテが肉からクライドに視線を移す。
「ちなみに、人間が混ざっていたりしない……?」
「大丈夫だろ、人が襲われたっつう話は聞かねえし、現に襲われてねぇし」
「そもそも、食べられるお肉……?」
「ここなら、あとは鶏とか牛とか豚みてぇな魔物しかいねぇし普通に食えるだろ。地下もスライムだけだしな」
その鶏とか牛とか豚みたいな魔物がどんな見た目をしているのか気になったが、聞いたら食べる勇気が削られそうだったので聞かないことにした。
「じゃあ、食べさせて」
「おう。なんにすっかな、無難にハンバーグ――」
その時、張り切ったセオドアが勇気を出して手を挙げた。
「あのっ、オレが作っていいですか……!?」
少しでも頼りがいを見せようとする彼に、変な所で張り切ってるなあと思いながら二人はうなずいた。
テーブルに一通り道具を出してから、セオドアがタマネギをみじん切りにする。
「母さんが、よく作ってくれてたハンバーグにします。……うっ、目が……」
紺色の瞳に、涙がたまる。
のぞき込んでいたシャルロッテも、タマネギが染みた目をしぱしぱさせていた。
そういうのはノーダメージのクライドが「ああ、切る前によく冷やしてるとマシになるらしい」と普段意識していないことを口にする。
続いてみじん切りにしたニンジンも一緒に加熱し、ボウルに入れ、セオドアは空間魔法からもう一つ食材を取り出した。
「宿でもらったんです。豆腐といって、大豆を固めたやつ」
まるまる一丁、ボウルにぽんと入れる。
結構入れたな、とクライドは思ったが、好きにさせておいた。
そこに、パン粉と牛乳、塩とコショウを少々。
「あ、兄さん、マヨネーズもらえますか?」
「ん。ほら」
ポーチから出てきて早々ボウルに入れられるマヨネーズを、シャルロッテが興味深そうに見る。
「どういう効果があるの?」
「卵の代わりにすると、ふんわりします……!」
セオドアの童顔で少年声による「ふんわり」はとても様になっていたので、シャルロッテは納得した。クライドのは違和感がすごかったけれど。
「ひき肉を入れる前に……野菜が熱いので先に豆腐と混ぜます。肉汁が出ないようにだったかな。焼く前に冷やしてた気もするけど、今日はこのままいきますね」
ミートツリーの実から、種周りの肉を取り出してボウルに加え、粘り気が出るまでこねる。
「兄さん、この、中に入ってた種ってどうします……? 食べたりとか」
「やめとけ、腹の中で発芽したら洒落になんねえ」
――発芽するんだ……。
――発芽するのね……。
人間は襲わないといっても、肉を養分にして育つ樹木。たぶん最終的に胃潰瘍とかで死ぬんだろうな、と、二人は思った。
混ぜ終わった肉を手早く成形し、真ん中をへこませながら、セオドアは思う。
――ヤバい、結構ゆるいな……豆腐が多すぎた……? まあ、焼けばなんとかなるか……。
焼いた。ひっくり返した。崩れた。
「あっ……うっ……くっつけ、くっつけ」
くっつかなかった。
いくつかに分裂したハンバーグが、白い平皿に乗せられる。
「……うん。オレは、ケチャップとウスターソースを混ぜて使ってますね。焼き肉に付ける甘めのタレに、ポン酢を混ぜたやつでも美味しいです。生の大根とかもおろしたりして」
「生……? 大根を……?」
カルチャーショックを受けているシャルロッテは、盛り付けの見栄えについては既に気にしていない。クライドが綺麗に作ってくれるのは当然ありがたいが、食べれば同じというのもまた真理。
「はい。たまに、辛いやつもありますけど。上の方は、比較的甘いらしいです」
セオドアもひとまずそれは置いておいて、ケチャップとウスターソースを入れた器をスプーンで混ぜる。
「えっと、はいっ、豆腐とニンジンのヘルシーハンバーグです……!」
まるでプロポーズする時みたいな決死の表情で差し出されたそれを、シャルロッテはやわらかく微笑んで受け取る。
「ありがとう。いただきます」
ソースを付け、ふーふーと軽く冷まして、(元々一口分にバラけていたものを)ぱくり。
「ん……!」
外は香ばしく、中はとろりとした食感。ふんわりを通り越しているが、これはこれで癖になる。
「ふふ、溶けるようなハンバーグってはじめて。ジューシーだけど、豆腐や野菜のおかげで重くならずに食べられるわね」
「っ……は、はい……! 形は、あの、ちょっとアレだけど……!」
「ええ、とっても美味しい」
ブレンドされたソースは、フルーティーかつスパイシーな甘酸っぱさがあって、優しい味わいに華を添えていた
本当に幸せそうにするシャルロッテを見て、セオドアが頬を染めうつむく。
――もっと、がんばろう……。もっと、一緒にいさせてもらおう……!
その様子を眺めていたクライドは、
――ああー……こいつチョロいな……。
とは、まさか言えずに生温かい目で見守っていた。