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3話―① エノキング+αの出汁鍋(東方風)

「これですか? クナイという、東の方の武器です」


 エノキングの浄化が終わり、不思議そうに見ていたシャルロッテに、セオドアが鎧の隙間から抜き取ったクナイを見せる。

 まだ心臓の辺りにある核が無事なので、もぞもぞと胴体を動かしていた骸骨騎士を、クライドが剣で鎧ごと突き刺して活動を止めた。


「こいつは食わねぇ方がいいな。そこのキノコの胞子が死体に付いて出来る魔物だ」


 力業すぎる方法に羨望の眼差しを向けていたセオドアが「だから、なんで食べられるかどうか話してるんだ……?」という顔になる。


 クライドは、エノキングのあごひげ部分だけ切り取ると、ポーチにしまってシャルロッテに手を差し出した。


「歩けるか? 開けた場所で飯にするぞ」

「ええ、大丈夫よ」


 言いながらも、彼女のお腹は「空いてます!」と言わんばかりに音を立てている。


 手頃な場所を見つけて、セオドアが空中に手をかざす。なにもない場所に光の揺らぎが発生して、そこから彼は椅子を取り出した。

 大きな机も、よいしょと抱えて地面に置く。そこに、食材と調理に必要な物品を並べながら、クライドは素直に感心の言葉を口にした。


「やっぱり、自分で空間魔法が使えるのは良いな。どこからでも取り出せるし――自衛できる技量もある」


 兄の大きな手で不意に頭をなでられ、セオドアは顔を赤くして視線をそらした。


「ちょっ、もう、そんな子どもじゃないです……」


 ところが、そらした先ではニコニコしたシャルロッテがこちらを眺めていたので、行き場をなくしてぐぬぬと目をつぶる。


 ほどほどで手を離したクライドは、エノキングのエノキ部分(?)を水の魔石で出した水で洗い始めた。


「にしても、セオは身軽だし、先手打って不意打ちで殺る方が簡単そうなモンなのにな。なんでわざわざ騎士になろうと思ったんだ?」

「えっ、あ……」

「さっきの動き、今でもそのつもりで鍛えてんだろ。騎士見習いしてて身に付くモンじゃねえしな」


 逃げ場をなくしたセオドアは、ニンジンが洗われ、いちょう切りにされていくのを見つめながらぼそぼそと言う。


「それは……なんか、やっぱり、兄さんみたいな力強いのが格好良いし……」


 ざく切りになる白菜に視線を落としたまま、口ごもりそうになる口から、ぽそぽそと言葉を落とす。


「どう考えても、暗殺向きだけど……兄さんと並び立つには、騎士くらいじゃないと、格好が付かないし……」

「肩書じゃねえだろ、大事なのは」


 鍋に水とニンジン、白菜の固い部分を入れながら、ぽんと言い放つクライド。炎の魔石に魔力を注いで温めながら、セオドアを見やる。


「別に、自分のやり方が気に入らないわけじゃねえんだろ?」

「……殺れるなら、楽なのに越したことはないとは、思ってます……」

「じゃあ、それでいいだろ」


 シャルロッテは、どうして殺る前提で話しているのかしらと思ったが黙っておいた。身を守るとかじゃなくて、確実に仕留めるという意思がすごい――。セオドアも黙ってしまったので、代わりに、クライドが手にした謎の小瓶二本について聞いておく。


「その瓶は? よく、回復薬が入っているのを見るけれど……」

「魔法薬師が作った、昆布出汁とカツオ出汁の濃縮液。一から出汁取るのもいいが、面倒だからよく使ってる」

「魔法薬師が。……国家資格よね」


 成分の抽出という工程が薬と同じだとしても、顧客層拡大に一役買うとしても、店に置く品として出汁の入った瓶とは果たしてそれでいいのだろうか。……いや、もしかしたら裏で取引されているのかもしれない。なんだか、より脱法めいてくるが。

 出汁の入った鍋の湯が、黄金色に染まる。そこへ、白菜の葉とエノキも投入。ぐつぐつと煮込みながら、クライドは先日保存しておいたワイルドボアの肉を薄く切り始めた。


「せっかくセオがいるからな。東の方の……あー、出汁鍋?」

「……しゃぶしゃぶ?」

「そんなだった気がする」


 またセオドアに訂正されている。

 肉はさっと火を通し、色が変わったら器へ。そういえば箸なんて使ったことがないかと、クライドはシャルロッテに渡す分に一通り具材を入れてフォークを添えた。


「ほら。調味料も出すけど、そのままでも普通に食える」

「わぁ、良い香り。いただきます」


 まず真っ先に、色んな意味で気になるのは魔物に生えていたエノキだ。


 ――あごひげの部分……。


 ひげだと思うからいけないのだ。思い切って噛むと、シャキッとした程よい歯ごたえと共に、旨味の混ざり合った出汁が口の中に広がった。


「ん、熱っ……おいしい……!」


 カツオの香り高い風味に、昆布の上品な味わい。それが淡白なはずのエノキの味を格段に押し上げている。

 クライドが、コップと一緒に調味料の入った瓶を二つ彼女の前に置く。


「それぞれ、旨味成分の種類が違うからな。相乗効果があるらしい。――で、これがポン酢とゴマだれ」

「はじめて食べるわ。どっちにしようかしら」

「俺も、こっちの宿屋で出たのがはじめてだった。主人の趣味だな」


 渡された器に具をよそっていたセオドアが「ポン酢単体だと、あなたには酸っぱいかも。混ぜても美味しいです」と付け加える。立ちのぼる湯気に、心をちょっと緩ませながら。


「じゃあ、そうしてみようかしら」


 ポン酢とゴマだれを混ぜたものに、肉を付けて食べてみる。まろやかなゴマの味とさわやかな酸味が合わさって、なるほど彼女にもちょうどいい感じがした。

 人参はほんのり甘く、白菜はしっかり出汁を吸って旨味豊かに。幸せそうにもぐもぐしているシャルロッテの前に、セオドアが空間魔法から出したほかほかの白米を置いた。


「これ、もしかしたら使うかと思って、朝の炊きたてを宿屋でもらっておいたんです」

「まあ、ありがとう……! あなたの空間魔法って本当にすごいのね。不劣化の効果があるの?」

「あ、はい。亜空間に繋いでるので」


 はにかみながら答えるセオドアは、クライドの分も取り出す。


「兄さんも、どうぞ」

「おう、ありがとな」

「いえ。ところで……なんで、当然のように魔物を食べてるんですか? 食材なら、いくらでも用意できるのに」


 ついに、彼は尋ねた。

 まだ、浄化と魔物食の関係性を大っぴらに言えないシャルロッテは、顔が引きつらないように注意しながら微笑んだ。


「……趣味なの。私の」

「しゅみ……」


 繊細なガラス細工のような雰囲気の人が、ずいぶんとワイルドな嗜好をしているものだ――。

 他人の趣味にとやかく言ってはいけないと、セオドアは至極真面目な顔でこくこく頷いた。


 ◇◇◇


 三人で鍋を空っぽにし、一旦教会へエノキングの件を報告に戻っている最中。セオドアは、段々近付いてくる目的地にそわそわし始めた。


 ――ああ、教会付きになったら、また今日みたいに兄さんと出かけて、なんか知らないけどみんなで美味しいご飯を食べられるのかな……。なんとなく、久しぶりにほっとした、けど……。


 そして控えめに、シャルロッテへ問いかける。


「あの、昨日言ってた、教会付きの件なんですけど……。兄さんはあなたが個人的に雇ってるそうですが、正式に教会に所属してる人たちはみんな騎士なんですよね?」

「ええ、護衛役はみんなそうよ」

「……でも、オレ……」


 いつまでも隠しておくわけにはいかない。上手くいかなかったからって、逃げ出してきたことを。


「実は、叙任を受ける前に……辞めてしまって。もう、騎士でも見習いでもなんでもないんです。教会に仕える資格が、なくって……」

「ええと、あなたは、どうしたいの?」


 一度落とした視線を、セオドアはもう一度上げざるを得なかった。優しい微笑みが自分に向けられている。


「えっ、と……また、今日みたいなこと、したいです。楽しむなんて、不謹慎かもしれないけど……こういう毎日が続くなら、きっと幸せだろうなって」

「なら、どうにかして推薦するわ。うちの騎士の中でも、剣じゃなくて槍や斧を好んで使っている人たちもいるし……自分に出来ることから、やってみましょう」


 彼女は「クライドの受け売りだけれど」と言って、茶目っ気のある笑みを浮かべた。

 セオドアが視線を上げると、クライドと目が合う。兄はちょっと困ったように笑っていた。


「その剣、お前が使うにはデカすぎんだよ。標準に合わせようとすんな」

「……本当は、兄さんが大きな剣を振り回してるの格好良いから、真似したくって」


 小さく、恥ずかしそうに、セオドアは白状した。もっと困ったように笑われた。


 教会が見えてくると、門の所でセラがきょろきょろしているのが目に入った。彼女は、こちらへ気がつくと叫びながらダッシュしてくる。


「帰ってきたぁ! シャル! こっち! アレを実践する時が来たわ!」

「……!」


 シャルロッテの浄化の力が、どこまで遠隔作用するかの実験。他の教会支部が管轄している区域の魔物で、彼女が食べたことのある種類が凶暴化したら情報を回してもらう手はずになっていた。

 セラについて駆け出す前に、シャルロッテは無意識にクライドを見上げる。

 言葉はないが、付いてきて、と言われているようだった。


「……同行しても?」


 彼が尋ねると、セラはすでに走りながら言う。


「オッケー、噂のクライドちゃんね! 少年はちょっと待ってて!」

「……セオは宿で待機」


 クライドちゃん、と言われたことに若干どころか物凄く引っかかりはしたが、彼はセオドアに指示をしてシャルロッテの後に続いた。


 なんだか嵐が通り過ぎたような、これから巻き起こるような。変な空気を感じながら、セオドアは「はーい……!」と三人の背中に返事をした。

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