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2話―② セオドアのひみつ

 セオドアは、クライドとは十年ぶりくらいに会ったが、兄はすっかり大人っぽくなっただけで昔とあまり変わらなかった。

 短く切られた後ろ髪に――強いて言えば前髪は長めになっていて、右に流したり、余りを後ろに撫で付けたりしている。


 ――ちょっと、イメージチェンジ? この、えっと、お姉さんが隣にいるから??


 違う。前にクライドが自分で前髪を切ろうとした時、失敗して幼児みたいな眉上ぱっつんスタイルになり通行人に二度見三度見されたことがあるからだ。床屋に行ったら行ったで店員がクライドを怖がって手がガタガタ震えていたから、もうあんまり前髪は触らないようにしている。


 あと、シャルロッテは同い年であってお姉さんではない。


 クライドは、セオドアに「早かったな」と微かに笑んで声をかけてから、シャルロッテに紹介した。


「弟のセオドア。十八だから、お前と同じじゃねえか?」

「まあ。よろしくね、セオドア。シャルロッテ・リモーネよ」


 ――同い年?


 セオドアは、差し出された手を遠慮がちに取って握手に応じながら、シャルロッテをうかがい見る。

 落ち着いた、品のある顔立ち。長い金髪を、左側は横に流して、もう片方は耳にかけている。


 ――いや、髪型ちょっとお揃いでは? 兄さんの何なんだこの人は。


 左右対称なのは全くの偶然で、ただのお得意様だ。


 セオドアは、シャルロッテの方が自分より背が高いことにもショックを受けながら、助けを求めるようにクライドを見る。

 クライドは、相変わらず人見知りだなと思いながら、視線で二階の自室を示した。


「とりあえず部屋に行くか」


 それに、シャルロッテが首をかしげる。


「私は、どうすればいいかしら」

「付いてきてくれ。教会の話もしたい」

「わかったわ」


 彼女の微笑みを受け、クライドは宿主のおじさんと二言三言交わしてから自分が滞在している部屋へと向かう。

 ベッドとテーブル、二脚の椅子。あとはチェストが置いてあるだけの小ざっぱりとした室内。いつの間にか部屋が散らかるセオドアは、急な訪問に耐えうる整理整頓具合に衝撃を受けた。


 そして気付けば、クライドがシャルロッテの座った椅子をテーブルの方へ押し戻している。なるほど、そういえばレディファーストのアレコレとして先輩騎士から教わったような気もするアレだ。すっかり忘れていたし傭兵一辺倒の兄がさらっとやっているところにまた衝撃を受けた。


「セオも座れ」

「あっ、ハイ!」


 言われた通りに空いた椅子へ腰かけると、クライドはテーブルの前に立って話し始めた。


「で、どうなんだ、騎士見習いの方は。先輩と上手くやってるか?」

「アッ……」


 辞めました、とは言いづらくて、セオドアはとっさに曖昧な返答をする。


「うん、仲は良いと思う……ます……はは……」

「そうか。もし最終的な行き先が決まってねぇなら、教会付きなんてどうかと思ったんだがな。あっちに合わせるのか?」

「いやぁ、うーん、どうだろ、自由にしていい……んじゃないでしょうか」


 これは何かあったな、と思いながら、クライドがシャルロッテの方を見る。

 事前に軽く説明を受けていた彼女は、にこりとうなずいた。


「ええ、クライドの弟さんなら、私も推薦しやすいわ」

「はわ……」


 一体、自分にどれだけの期待がかかっているのか。もうすでにセオドアの足は震えている。


 ――ほぼ人外の兄さんと同じにされてる……? というか、血の繋がりはあっても、オレはそもそも……。


 そこで、クライドがしゃがみ込んで、セオドアの顔をじっとのぞき込んだ。

 兄の目付きが悪いのは重々承知だが、それでも、目を細めて最大限に優しい眼差しをしているのがわかる。


「なあ、いつまでこっちに居られるんだ? ちょっと、お前に頼みてぇことがあんだけど」


 その上、いつもより柔らかく発声された低めの声が耳朶をくすぐる。憧れの兄にこんなふうにされたら、返す答えは一つしかなかった。


「永遠に大丈夫です」

「お――永遠に?」


 さすがのクライドも、反応に困る。数秒の沈黙の後、何事もなかったかのように話を続けた。


「実は、明日、魔物を狩りに行くのに付いてきてほしくてな」

「……! はいっ、オレでよければ!」


 頼りにされたセオドアが盛り上がる。


「お前が適任なんだよ」

「オレが……!」

「ほら、空間魔法が得意だったろ」

「はい!」

「そこに椅子とか机とか突っ込んどいてくれ」

「はい?」

「外で飯作って食うのに、このポーチじゃデカいもん出せねぇから不便でな」

「はい……」


 戦闘面では頼りにされていないらしく、一気に盛り下がるセオドア。


 ――まあ、最後に会ったのは大分昔だし……あの頃よりは上手く剣を振れるようになったんだってところ、兄さんに見てもらおう……!


 彼がそれでも健気に意気込んでいると、部屋の扉がノックされて宿主の声が聞こえた。


「持ってきたよ、クライドさん」

「ああ。どうも」


 扉を開け、差し出された皿を受け取り、硬貨を渡して下がってもらう。

 ことん、とシャルロッテたちの前に置かれた皿の上には、赤くて小さな、ちょっとシワの寄った球体が二つ置かれていた。


「ほら、シャルロッテ、さっき言ってた……プラムの塩漬けみてぇなやつ」


 セオドアが「梅干し……」と小声で訂正する。


「ああ、梅干しな。セオも食うか?」

「はい。いただきます」


 小さなフォークでぷすっと刺して、ぱくりと食べて、普通に「美味しいです」と言っているのを見てシャルロッテもワクワクしながら口に含んでみる。


 次の瞬間、


「酸っぱ……!?」


 綺麗な顔をきゅっと中心に寄せて、くしゃくしゃにして、はじめて食べる味に全力で驚く。

 もはや顔芸の様相にクライドから喉の奥でクッと笑われつつ、彼女は目をぱちぱち瞬いていた。


「えっ、こんな、塩漬けがこんなに……? セオドアはどうして平気なの」

「えっ、あっ、オレは父方の一族が東からの移民なので……慣れてます」

「そうなの。文化の違いね……」


 しみじみとつぶやく彼女に、セオドアはなんだかそわそわ落ち着かない様子で曖昧な笑みを浮かべていた。


 ◇◇◇


 翌日、三人は動くキノコ(自律移動できるキノコ型魔物の総称)が凶暴化しているという知らせを受けて森の中にいた。現地で実物の群れを見たクライドが「アレは食える種類」と言ったので、斬ったものはあとで美味しくいただくことにする。ちなみに、栗色の胴体に、細い白キノコがあごひげのようにもそっと生えたエノキングという魔物だ。


 シャルロッテがいつものように祈りのポーズをとり、クライドが守るために剣を構える。


 その後ろで、セオドアは


 ――なんで、さっき食べられるか話してたんだ……? 教会の仕事では?


 と思いつつ、自分も一応剣を構えてシャルロッテの背後を警戒していた。


 すると、ガシャンという金属音が聞こえ――突然、鎧をまとった骸骨の魔物が彼に襲いかかってくる。


「……!」


 振り上げられる剣を、剣で弾き返す。その音に気付いたシャルロッテが、浄化の途中で後ろを振り返った。


「っ、クライド、セオドアが……!」


 襲ってきたエノキングを斬り捨てながら、クライドはちらりと後ろを確認する。


「ほっとけ。前に集中」

「えぇ……!?」


 とても放っておいていい状態には見えない。セオドアは骸骨騎士と剣で打ち合っていたが、力負けした手から柄が離れて遠くの地面へ突き刺さる。


「っ……!」


 丸腰になったセオドアへ、剣が振り下ろされる。

 その光景を目の当たりにしたシャルロッテが、悲鳴をあげそうになった矢先――


 宙へと身をひるがえしたセオドアは、空間魔法で虚空から召喚した黒い刃物を複数指に挟み、一気に骸骨騎士へと放った。


 鎧の隙間に的確に刺さったそれが、手足の骨を崩し首まで断ち切る。


 セオドアが着地した直後に、骸骨騎士はろくな活動ができず地面へと倒れ伏した。


 茫然とするシャルロッテの耳に、クライドの声が届く。


「あの程度なら、十年前の時点で対処できる技量があった」


 当のセオドアは、あっけなく弾かれた剣と二人を順に見てから、ばつが悪そうに曖昧に笑っていた。

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