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2話―① ワイルドボアのミルフィーユカツ

「オレ、大きくなったら騎士になる!」


 セオドア・セイヴァリーくん(当時五歳)の将来の夢だ。彼は、幼い頃からずっと騎士を目指していた。動機は不純だ。剣を振るって魔物と渡り合う、十歳上の兄がめちゃくちゃ格好良かったから。騎士になれば、おのずと自分も兄のような格好良い男になれると思っていた。


 しかし現実はそう甘くない。十八歳になった今でも小柄で細身で剣を振るには心もとない体。一応それなりの動きはできるが、兄が同じ歳の頃はもっと、なんというか――人間を辞めていた感じがする。

 そこに、騎士見習いとして仕えていた先輩騎士からの言葉


「きみは騎士には向いてないんじゃないかな」


 悪意ゼロで言われたので、なるほどやっぱりそうかと思った。


 それで、実家に戻り、セオドアの将来設計が迷走し始めた頃――兄のクライドから、少し会えないかという旨の連絡がきた。(なぜか、白地に黒いハート模様の鳩が手紙を持ってきた)(ポポは頭が良いので住所という概念を理解している)


 ――なんだろう、もう十年近く会ってないけど……。もし、オレを必要としてくれるなら……!


 セオドアは、一応騎士っぽく帯剣して、兄が滞在している町へと向かった。


 ◇◇◇


 シャルロッテは、クライドと共にとある森の中へ来ていた。彼女の浄化の力が、どんなふうに他と違うのかを確かめるためにもどんどん魔物を食べてみるしかない。


 ふと、クライドが立ち止まってシャルロッテを大木の陰に誘導する。共に身を潜めると、遠くの方に、緑色で豚に似た顔を持つ二足歩行の魔物がいるのが見えた。オークだ。

 クライドがそれを指差し、視線で「どうする?」と問いかける。シャルロッテは、人差し指と中指で歩くジェスチャーをしてから、眉尻を下げて首をかしげ「二足歩行の生き物は、ちょっと……」と、躊躇の意を無言で伝える。


 どこからか人間の匂いがすると辺りを見回していたオークが立ち去ったのを確認して、クライドは肩をすくめた。


 ――早速つまずいてんな。まあ、俺もアレは食いたかねぇけど。


 魔物を食べること自体は躊躇がないクライドですらそうなのだ、一体どこの貴族かといった風貌のシャルロッテが躊躇うのも無理はない。

 しかし彼女は、それを気にしているようだった。再び歩き始めてから、ちょっとしょんぼりとする。


「ごめんなさい、わがままを言ってしまって」

「いい。できることからしとけ」


 そっけない言い方だったが、彼女は微笑んで応える。

 しばらく進むと、急に何か重たいものが地面を踏み締める音が聞こえた。猛スピードでこちらへ向かってくる。


「あら、これは……」


 つぶやく途中で、シャルロッテはクライドに抱き上げられ木の上まで一飛びする。すぐに、巨大なイノシシ型の魔物が先ほど二人がいた空間を突進で切り裂いて行った。


「ワイルドボアだ。結構美味い」


 美味い、と紹介されたことなど知る由もない魔物は、縄張りに入ってきた人間を攻撃しようと方向転換する。

 普通のイノシシ肉すら食べたことがない彼女だったが、勇気を出してクライドを見つめた。


「食べさせて」

「おう」


 ワイルドボアが木にぶつかる前に、離れた場所へ飛び降りる。クライドはシャルロッテをそっと着地させた流れで剣を抜き、高く跳んでワイルドボアの脳天目がけて切っ先を突き立てた。

 ずしん、と音を立てて倒れる巨体。ここで彼から豆知識の説明が入る。


「狙うなら頭だ。内臓が傷付くと肉に臭いが移る」


 ――そこは実践する機会がないわ。


 と思ったシャルロッテだが、こくりと頷いておいた。


 水の綺麗な川辺まで、クライドがワイルドボアをかついで移動する。


「重くないの?」

 シャルロッテが尋ねると、彼は

「あー、小麦粉の袋くらい」

 と答えた。

「????」

 どう見てもその百倍はある。身体強化を乱用していると感覚がバグるらしい。


 川辺に着くなり、ワイルドボアがテキパキと解体されていく。剣で。シャルロッテには、速くてよく見えなかった。

 綺麗なロース肉の塊が取り出される。そこで、クライドは「あー……」と声をあげた。


「どうしたの?」

「これ、味は豚より濃くて美味いんだけどな。弾力があるから、お前には硬ぇかも」

「がんばるわ」


 意気込むシャルロッテだが、クライドはもう一度剣を握る。


「いや、工夫すりゃイケるか」


 塊が、あっという間に薄切り肉の山へと変貌する。


「手間はかかるが、肉屋でこま切れの肉買った時にも使える」


 彼はそう言ってから、まな板に広げた肉に塩とコショウを振る。そして六枚ずつ重ねたものをいくつか用意し始めた。中に、スライスしたチーズと大葉を挟んだものも作っている。


「バラけそうだったら、軽く巻いてもいい」


 続いて、一個分の溶き卵に、水大さじ二、小麦粉大さじ四を加えてしっかり混ぜ合わせ、そこに肉をくぐらせる。


 最後にパン粉をまとわせたら、鍋に入れた油を中火で熱する。衣を落とした時に中ほどまで沈み、すぐ浮き上がるくらいになったら成形した肉を投入。

 パチパチと、弾けるような音が鳴り響く。興味深そうに鍋をのぞき込もうとしたシャルロッテの眼前に、クライドが手をかざした。


「油が飛ぶ」


 言われて、スッと元の位置に戻るシャルロッテ。大人しく待っている隣で、クライドがポーチからキャベツを一玉引きずり出す。毎回大きなものは出し辛そうにしているが、その後は慣れた手つきで洗って、また目にも止まらぬ速さで千切りにしていた。


 次第に、油が立てる音は高く、わき立つ泡は小さくなってきた。カラッと揚がった肉を取り出し、食べやすい大きさに切ると、サクっという小気味よい音がする。

 キャベツと一緒に皿に乗せられたそれの呼び名に、シャルロッテが迷う。


「ええと、カットレット……シュニッツェル……とは、違うわね」

「ああ、ミルフィーユカツって呼んでるやつもいるな。正式名称は知らねぇ」


 皿と一緒に渡されたブラウンソースを、シャルロッテが控えめにミルフィーユカツへかける。


「それじゃあ、いただきます」


 すでにニコニコ顔で一口。最初はサクサクした軽い口当たり。中はやわらかく、簡単に噛み切れて、じゅわっと肉汁があふれてくる。

 ちょっと熱くて、シャルロッテは、はふはふしながら一口目を楽しんだ。


「ふふ、なんだか甘いわね。ソースがかかっていない所も、しっかり味とコクがあるわ。それでいて繊細な感じ」

「脂の質が良い所だからな。そっちは、チーズと大葉入り」


 指を差されるままに、隣の方も口に運ぶ。衣の香ばしさに、肉のジューシーさ。それに加えて、爽やかな大葉の風味とマイルドなチーズの塩味が合わさっている。


 頬に手を当て、目を細めて咀嚼するシャルロッテ。


「うんっ。もう、ソースがいらないくらい完成された味」


 しかも簡単に噛み切れるから、次から次へと食べてしまう。

 それを眺めながら、クライドは、もう一つ名前を思い出せない食材のことを考えた。


「あと、なんだったか、東の方の……プラムの塩漬けみてぇなやつを入れても美味い」

「……?? 聞いたことがないわね」

「俺が使ってる宿屋の主人がな、自分で作って宿泊者限定で売ってくれんだよ」

「密造品……?」

「そんなヤベェやつじゃねえだろうけど」


 クライドが、にっと笑って「食ってみるか?」と聞いてきたので、シャルロッテはこのまま宿屋まで同行することにした。


 ◇◇◇


 お皿の上も川辺も綺麗にしてから、二人が宿屋に入ると、受付前のテーブル席に座っていた少年がこちらを見た。


 夜空のような、深い深い紺色の瞳。肩まである同色の髪を後ろでひとつに結んでいて、目は大きくて。一瞬、性別を迷うほど整った顔立ちだった。しかも小柄で細い。やっぱり女の子だったかもしれない。


 そんな彼が、ぱっと立ち上がりながら、クライドの方を見て明るい声をあげた。


「あっ、クー兄ちゃん――!」


 そして、ハッとして言い直す。


「お久しぶりです、兄さん」


 もう遅い。シャルロッテには、彼がクライドを大好きなんだろうなぁということが初見でわかってしまった。

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