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1話―② シャルロッテのひみつ

 クライドが町を歩くと、通行人がサッとはけて道が開く。別に睨んでいるわけではないが、そう見えてしまうのと、強い魔物と戦うのを趣味にしていたら見境ない戦闘狂みたいなイメージを持たれて恐れられているのだ。

 実際はそんなことはない、と知っている者もいるが、悪い噂ばかりが尾ひれ背びれを付けながら急激な推進力で広まっていく。本人は他人の評価なぞどうでもいいというタチだが、真っ当な騎士になろうとしている弟にまで風評被害が及ぶのではないかと気にはしていた。


 ――面倒くせぇな。セオがこの町に来ることがあっても、他人を装うか……?


 午後三時のいま、通行人を散らしながら向かっているのは知人が営む飲食店だ。先日、滞在している宿屋までポポが持ってきた手紙――この鳩は、なぜこんなに賢いのかいつも疑問だ――に、シャルロッテが『大切な話があるの』と書いていたから、人払いと食事ができる場所を押さえておいたのだ。


 店に入り、奥の個室へ向かうと、茶髪で人の良さそうな青年店主が水の入ったグラスと灰皿を持って来る。


「いらっしゃい、クライド。ご注文の品は、お連れ様が到着されてからでいいですか?」

「ああ。それと、今日は吸わねぇ」


 テーブルに置かれたガラス製の灰皿を店主に返して、下がってもらう。


 ――にしても、こう改まって呼び出されるとはな。俺との関わりを、教会に悪く言われたか……?


 もう会えない、だなんて、別れ話みたいなことをされたら一体どんな顔をすればいいのだろう。


 ――別に、それならそれでもいいけど……。


 クライドは思い出していた。子どもの頃、自宅の庭先に遊びに来ていた他所の猫が、ある日を境にぱったりと来なくなってしまった時のなんともいえない気持ちを。ネコジャラシを持って半日くらい待ちぼうけした。ちなみに、また別の家庭で遊んでもらっているのを後日目撃した。


 そうこうしていると、シャルロッテがわずかに扉を開けて、その隙間から控えめに顔を出した。

 なんだか緊張している面持ちだったから、クライドが先に声をかける。


「なんだ、大切な話って」

「ええ。ええと、名のある傭兵であるあなたに、こんなことを言うのは失礼かもしれないけれど……」


 彼女は、クライドの元へ歩み寄ると、カバンから中身がパンパンに詰まった、両手のひらで抱えるサイズの袋を取り出す。

 ジャラリ。硬貨が触れ合う重ための音を立てて、袋がテーブルに置かれ――


 シャルロッテは、気合を入れて、いつもより大きめの声を出した。


「クライド。コレで、私に、世界中全ての魔物料理を食べさせてほしいの……!」


 袋からこぼれてテーブルに広がる、金貨の山。


「…………」


 クライドは、神妙な面持ちで彼女を見つめたあと、


「なんだって?」


 と、心の底から聞き返した。


 ◇◇◇


 シャルロッテは美しく、穏やかで、たまに茶目っ気を見せる人間だとは以前から知っていた。しかし、これはもう茶目っ気とかいうレベルではない。様子がおかしい。

 クライドは、テーブル上の金貨の山を見て眉間にしわを寄せる。


「まず、こんな大金どこから持ってきたんだ。とんでもねぇモン売ったんじゃないだろうな」

「いえ、これは、教会――正しくは、そこの上司が、私への投資でくれたものなの」

「……お前が魔物を食うことと、教会の利益が繋がるんだな?」


 ワケわかんねぇ、という顔をしながらも、クライドは立ち上がってシャルロッテのそばにある椅子を引く。

 彼女は「ありがとう」と言って微笑むと、そこへ腰かけて続けた。


「まず、この前、ロックエッグたちを鎮めた日があったでしょう? あの後、うちの上司が色々と調べてみた結果――少なくとも、あの草原に生息しているロックエッグとロックバードの全個体から、私の魔力の残滓が検出されたらしいの」

「……へえ。そりゃ、驚きだな。無意識のうちに、超広範囲に渡って浄化してたってことか?」


 どうりで、一日の活動限界が低いわけだ。必要な分だけ制限しながら使うべき魔力を毎度何も考えずに放出しているから、すぐに動けなくなる。そして――少なくとも、あの草原全体を範囲に含めていたとなると、実際の魔力量は凄まじいものになる。


 ――こいつ、魔力量だけなら、この国の上位層に食い込むんじゃねぇの。


 可愛らしい猫かと思って構っていた相手が、実は猛獣だった時のような緊張感を微かに感じてしまって、クライドは思わず笑う。

 シャルロッテは、あくまでも粛々と説明した。


「でも、今まで、目の前にいる相手以外に作用したことはないの。浄化する時は、なんというか……座標を指定して、ピンポイントで力を使わないと効果が薄いから」

「それが、今回はじめて例外が起きた?」

「ええ。それで、私の上司がひとつの仮説を立てたの」


 言い辛そうに視線を落としてから、彼女は、再びクライドをじっと見つめて言った。


「私、食べたことのある魔物は、どこにいても何匹でも浄化できるのかもしれない」


 クライドは、もう一度、なんだって? と言いそうになった。


 そこをぐっと我慢して、会話を続ける。


「つまり、ロックエッグを食ったから、その成長先までまとめて浄化できたって?」

「ええ。魔物の遺伝子情報かなにかを、座標の代わりに目標にしてるのかもしれないって」

「広範囲索敵……いや、場所を知覚できなくても構わない、概念に対する力の行使? つまり、理論上は、世界中全ての魔物を一人で浄化できる可能性もあるのか」


 猛獣どころか、神獣だったかもしれない。クライドの口元に、また笑みが浮かぶ。


 ――やべぇな。極端な話、こいつの能力が浄化ではなく呪殺だったとしたら……“この世から人間という種を指定して一括で滅ぼす”だなんて芸当もできちまうワケか。


 そして、シャルロッテの能力が、浄化だけだという確証もない。実に恐ろしいことだ。常軌を逸しすぎていて、信じられないほどに。


 彼女は、態度だけは控えめに呟く。


「……仮説だけれど」

「その突拍子もない仮説のために、お前の上司はこの大金を渡したのか」


 呆れた様子のクライドに、彼女はセラの発言を繰り返した。


「『この説が正しければ、もっとボロ儲けできるから大丈夫よ!』と言っていたわ」

「そこは、世界平和のためじゃねえんだな」


 そんな上司の下についているシャルロッテのことが、ちょっと心配になるクライド。


 彼女は、


 ――やっぱり、信じてもらうのは難しかったかしら……。


 と、肩を落とした。


「ええと……実績次第では教会自体も出資してくれるだろうから、長引く時は報酬も上乗せで……」

「いいぜ、わかった」

「えっ?」


 あまりにも軽くうなずかれて、シャルロッテは目を丸くする。


「本当にいいの?」

「ああ。お前は金を出す、俺は魔物を狩ってお前に食わせる。ひとまず、そこがハッキリしときゃいい」


 彼は、立ち上がると「しかし、それで魔物料理ねえ……ゲテモノはどうすんだ?」と、おかしそうに言いながらドアを叩いて合図を送った。

 しばらくすると、皿をふたつ持った店主が入ってくる。


「お待たせしました。ご注文の、具だくさんオムレツです」


 テーブルに置かれた白皿の上には、厚みがあって――色とりどりの野菜に、それから、ひき肉とチーズまで混ぜ込まれたオムレツが乗っている。三角に切って並べられた様子はまるでケーキみたいで、ケチャップソースはジャムに見える。


「わぁ、オシャレ……! これって――」

「普通の卵だけどな。具を入れても美味いって話、してたろ。俺も食いたくなったから、腹が減ってたら付き合ってくれ」

「ええ! いただきます」


 目を輝かせて、シャルロッテはオムレツを口に運ぶ。タマネギとニンジンの甘さ、ジャガイモの素朴さ、ひき肉のジューシーさ、チーズのコクと塩味などなど――各素材の味だけでも十分楽しめるのに、それを優しく包み込む卵とケチャップソースの甘酸っぱさが口の中をより幸せにした。

 それなりにボリューミーだったが、彼女はぺろりと平らげてカバンを取り出す。


「ごちそうさまでした。ええと、お代は――」

「いい。俺が、この店の飯を食わせてみたかっただけだ」

「……わかったわ。ありがとう。とっても美味しかった」


 そして、これからのことを軽く打ち合わせしてから一緒に店を出る。


 すると、謎の組み合わせで出てきた二人を見て、通行人がひそひそ話(聞こえている)をしていた。


「おい、あれ、闇の帝王が女連れてるぞ……!」

「いや、女ってか、あの白い服は聖女様だろ」


 クライドが眉をひそめる。


 ――この程度で騒がれるのか。シャルロッテにまで変な噂を立てるようなら……。


 しかし、その通行人たちは、シメられる前にそそくさと立ち去りながら言った。


「じゃあ、教会付きになったのか」

「意外とまともな人なんだな」


 思いがけない反応に、クライドは数秒、その二人の背中を凝視していた。


「クライド?」


 隣にいたシャルロッテが、体を少し傾けて、正面から顔を覗き込んでくる。彼女の動きに合わせて、金糸のような髪がさらりと揺れた。


「……なんでもねえ」

「そう。それじゃあ、改めて、よろしくね」


 彼女が、握手を求めて右手を差し出す。


「ああ。世界平和のために、魔物料理を全制覇、な」


 クライドが、まあ無理だろうなと思いながら、しかしその手を軽く優しく握る。

 シャルロッテが微笑む。彼女もまた、魔物料理で世界平和なんて、本当にそんなことが可能なのか疑問に思っていた。


 それでも。二人は、ただ、これから始まる“いつもと違う日々”に、密かに期待を寄せながら互いを見つめていた。

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