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1話―① ロックエッグのふわとろオムレツ

 クライド・セイヴァリーという傭兵について、町の人々はこう語る。


「デカい。怖い」

「剣の腕前“は”一流」

「歩く彫刻。綺麗だよ、近寄れないけど」

「ああ、闇の帝王? 機嫌を損ねたら殺されそう。護衛依頼なら他を当たりな」


 散々な評判を聞いて、とある商人はクライドと一生関わらないことを心に誓った。荷馬車を狙う盗賊より怖そうだ。一緒にいたら逆に生存率が下がる気がする。


 ――俺には無理……というか、一体誰が上手くやれるっていうんだ……。


 そんな、多方面から恐れられているクライドの元に、早朝一羽の伝書鳩が訪れた。

 彼が滞在している宿。まだ薄明かりしかない窓の向こう側から、コツコツと音がする。


「……あ……? うるせぇな……」


 ベッドから起き上がった彼は、切れ長の三白眼につり眉というキツい目付きを、変な時間に起こされたことで更に凶悪にする。顔立ちがひどく整っているので、なおのこと怖い。

 そんな美丈夫が、黒髪黒目の黒い服で頻繁に圧倒的なオーラを放っているのだから、闇の帝王だなんてちょっと恥ずかしい異名もつく。


 彼が窓を開けると、白くて胸のあたりに黒いハート模様のある鳩が首を傾げながら喉を鳴らした。


 ――教会の鳩……。


 その足に付いている筒から、クライドは自分宛ての手紙を取り出して前髪をかき上げる。

 差出人は、シャルロッテ・リモーネ。 


「護衛依頼……急ぎか」


 つぶやくと同時に支度を始める彼の眉間のしわは、すでに和らいでいた。


 ◇◇◇


 クライドが草原の入口へ到着すると、そこでは、シャルロッテがさらさらの長い金髪を風になびかせて待っていた。


「――クライド」


 振り返った彼女が、十八という年若さにしては落ち着いた、品のある顔に淡い苦笑を浮かべる。平均より体つきが良いことも相まって、少女というよりはすでに貴婦人の風格を漂わせていた。


「ごめんなさいね、こんな早い時間に。教会付きの騎士たちは、夜中に帰ってきたばかりでまだ寝ていたから」

「気にすんな。で、今回はどの魔物が暴れてんだ?」

「ロックエッグという、とっても硬い卵型の魔物よ」


 シャルロッテが遠くを指差す。揺れる草むらの中から、岩石の塊のようなものが複数ビュンビュンと飛び跳ねているのが見えた。通行人がいたらパァンと撃ち抜かれて大惨事になりそうな勢いだ。


「ああ、アレか」


 クライドが剣を抜く。彼の任務は“聖女”の護衛だ。


 シャルロッテがロックエッグの群れに近付いて、祈りのポーズをとる。彼女たち聖女と呼ばれる人間は、瘴気を吸って凶暴化した魔物を浄化し、鎮めることができる特殊な能力で生態系と人々の平和の両方を守っている。


「――神のお導きを」


 やわらかな光が辺りにあふれる。こちらへ気付いて襲いかかってきたロックエッグは、クライドにスパッと簡単に斬られ、黄色と透明のぷるぷるを地面にぶちまけていた。

 残りのロックエッグの暴走が止まり、大人しくコロコロと転がり始める。それを確認したクライドは、剣を鞘に収めた。


「終わりだな」


 どんなに強大な魔物が相手でも、決して取り乱さないといわれるクライド。しかし、この時はそうもいかなかった。

 シャルロッテが、突然、目の前でふらりと倒れたのだ。


「――!?」


 とっさに抱きとめて、辺りを警戒する。


 ――なんだ? 攻撃の気配はなかった。毒霧でもない。


 シャルロッテは、いつもの色白を通り越して、血の気のない顔で目を閉じている。


 ――魔力不足か? いつもなら、あのくらいは許容範囲のはずだが。


 クライドが、空間魔法で別の場所に繋がっているウエストポーチを漁る。そして、傭兵や冒険者がよく魔力と体力の回復に用いる木の実を取り出して、シャルロッテの口元に持って行った。


「ほら、食えるか? これで少しはマシになんだろ」


 シャルロッテは、薄く目を開いてそれを口に含み、咀嚼して飲み込んだあと――腹の虫を「ぐるるるるるぅ〜!」と盛大に鳴かせて小首を傾げた。


「あの……もう少し、もらえる?」

「は……? おい、まさか、腹空かせてぶっ倒れたのか」

「ええと、起きてすぐ、魔物が暴れてるって知らせを受けたから……朝ごはん、まだ食べていなくって……」


 自分で立てるくらいには回復した彼女だったが、地面に落ちているロックエッグの中身を見て「あれは、食べられるのかしら……」という顔をしている。

 クライドは、急いでポーチから野営用のフライパンを取り出した。


「おいおい待て待て、せめて調理してからにしろ」

「た、食べないわよ、落ちているものは。でも、えっ、調理すれば……イケるの?」


 シャルロッテの喉が、ごくりと鳴る。

 クライドは、地面で大人しくしていたロックエッグを二匹拾い上げた。


「工夫はいるが、普通に美味い」

「魔物なのに……? 食べたことがあるの?」

「野営する連中の間じゃ、魔物を食材にするなんてよくあることだ」


 彼は、シャルロッテの方に視線をやると、子どもに火遊びを教える悪い大人みたいな顔でニヤリと笑った。


「食ってみるか?」


 シャルロッテの、ミントグリーンの瞳が、ロックエッグとクライドの顔を交互に見る。魔物なんて、一口も食べたことがなかったけれど――。

 彼女は、空腹感と怖いもの見たさで、こくこくとうなずいていた。


 クライドが、今度はポーチからミルクの瓶やバターの包みを取り出し始めて、シャルロッテは目を瞬く。


「なんでも出てくるわね」

「いや、保冷庫に入ってる分だけだ。知人の飯屋のを間借りしてて、今そこに繋いでる」

「いえ、なんというか……あなたがそこまでして、食材を常備しているというのが意外だったから」

「どうせなら、いつでも美味いモン食いてぇだろ」

「それはそう、ね」


 うなずいてから、彼の顔をそっと見る。 


 ――もう、初めて会ってから八年も経つのに。いつも任務を終えたら解散していたから、食にこだわりがあること自体はじめて知ったわ。


 それが、なんだかちょっと、嬉しかった。


 敷物の上に一通り物を並べると、クライドは右手に剣を持ち、左手のロックエッグを空に放った。

 キン、と軽い音がしたかと思うと、真っ二つになったロックエッグから中身が落ちてきて、クライドはそれを小さなボウルで受け止める。

 剣で殻を割ったことに対して、一応、彼は説明を入れておいた。


「こうでもしないと、綺麗に割れねぇんだよ。剣には浄化の加護がついてるから、衛生面は問題ない」

「え、ええ……大丈夫よ、ありがとう」


 ――ロックエッグって、砲弾の代わりになるくらい硬かったはずだけれど……。


 剣も異常だし、クライドも異常だ。一見すらりとしている彼だが、服の下には鍛え上げられた肉体があって、更に魔力による身体強化もかかっている。改めて、物凄い人物に朝食を作らせているなと思うシャルロッテであった。


 続いて、泡立て器を手にしたクライドが、卵を切るような動作で溶きほぐす。高速すぎてシャルロッテには手元が見えなかった。


「そ……そこまでする必要があるのね」

「コレは中身も弾力がすごいからな。普通の卵は、白身のコシを切って黄身と馴染んでいればいい」


 なめらかになった卵液に、大さじ二杯分のミルク。


「量は好みだな。入れると卵がふんわりする」

「ふんわり……」


 強めの顔面とバリトンボイスで繰り出される“ふんわり”に、シャルロッテは思わず真顔で繰り返した。


「……なんだよ」


 抗議の目を向けられたので、微笑みで誤魔化しておく。


 次は、塩とコショウを少々。そして、炎の魔石に魔力を流してフライパンを温める。


「卵液は、濾してもいいんだけどな。今は、早く食える方がいいだろ」


 フライパンに入れたバターが溶けたら、すぐに卵液を流し込む。もうすでに、溶けたバターの良い香りがふわりと漂ってきた。

 均一にゆっくり火が通るように、ヘラで卵液を混ぜながら加熱する。半熟になったら弱火に切り替え、畳むように成形して皿の上にひっくり返す。


「――ほら」

「オムレツ……!」


 早速、シャルロッテはフォークを構え、受け取った黄色いかたまりを切り分ける。半熟の中身が、とろりと白い皿に広がった。朝日を浴びて、きらきらと輝いているようにすら見える。

 魔物の卵だと考えると、やはり、恐る恐るにはなるけれど。


「いただきます」


 ふーふーと湯気を飛ばして、一口、ぱくり。


「ん……!」


 ふわりとした、軽い口当たり。半熟部分は、舌の上をすべるようになめらかだった。卵のコクと塩味のハーモニーが、次から次へと食べ進めたくなる味になっている。鼻から抜けるバターの香りが、よりいっそう彼女を笑顔にした。


「美味しい……! 私がとろけそう……こんなに、しっかりした味なのね」

「ロックエッグは、普通の卵より味が濃いからな。あと、中にジャガイモとかニンジンを入れて、ケチャップをかけても美味い」

「まあ……! それに、チーズや、ひき肉も合いそうね」


 にこりと笑ってから、シャルロッテは、あっという間に残りのオムレツを平らげてしまった。お腹より先に、胸のあたりが温かく満たされた感覚になる。


「ふぅ――ごちそうさまでした」

「おう。帰ったら、ちゃんと野菜と炭水化物も食えよ」

「ええ、ありがとう。あんな見た目の魔物が、こんなにふわとろのオムレツになるなんて……素晴らしいわ」


 まだ物欲しそうな顔で見上げてくるシャルロッテから、なんとか目をそらすクライド。その時、彼は、空の向こうから岩石の翼を持った怪鳥が飛んでくるのを発見した。錯乱したように乱れた飛び方をしている。


「ロックバードまで……。巣の近くに瘴気が溜まってんのか?」


 その隣、シャルロッテは、祈りのポーズをとって厳かな面持ちで考える。


 ――たしか、ロックエッグが成長した姿よね……。アレも、美味しいのかしら。


 この思考で魔物が鎮まるのだから、ある意味すごいものである。


 浄化されたロックバードが大人しくなって、地面にいるロックエッグたち(の、生き残り)をうながし、背中に乗せたまま飛び立つ。

 それを見送ってから、シャルロッテは銀貨の入った小袋をポケットから取り出した。


「それじゃあ、また、なにかあったらお願いするわね」

「――ああ」


 すんなり報酬を受け取るクライドだったが、シャルロッテの方が納得いかない顔をしていた。


「ねえ、前から思っていたのだけれど……あなたを雇うのに、これでは安すぎない? 今回は、食事まで作ってもらったのに」

「……いいんだよ、お得意様割ってやつ」


 ぶっきらぼうに答えたあと、彼は踵を返しながらつぶやいた。


「金なんて、どこでも稼げるしな」


 何気ない一言だった。

 しかし、聖女の管理組織である教会に戻ってからも、シャルロッテはそのことが忘れられなかった。


 ――彼、たしか、むかし戦争で一財産築いたって噂があったわね。……お金が必要になったら、また、行ってしまうのかしら。


 はじめて会った時、彼は二十歳そこらで、戦地から戻ってきたばかりだった。対人戦について、トラウマとか、なにか特別な感情がある様子でもなかった。必要になれば、再びどこか遠い戦地にも赴いて、その辺りにずっと滞在してしまうかもしれない。


 白く、長い廊下を歩きながら考える。


 ――私たちは、傭兵と一介の雇用主に過ぎない。幼い内から聖女として活動する私を慮って、彼が破格で手を貸してくれた名残が続いているだけ。でも……。


 この八年間のことを思い出す。彼の意外と優しく義理堅いところとか、口調のわりに仕草が丁寧なところとか、話しかければ普通に雑談をしてくれるところとか――言ってしまえば、彼の存在全てを気に入っていて、口実を見つけては会うのを楽しみに護衛の依頼をしているのだ。


 ――まあ、引き止めたくても、さすがにそれだけのお金は用意できないわね……。


 聖女の給金は、歩合制だ。魔力の消費効率が悪く、一日の活動限界が低い彼女には、たまにクライドを雇うのが限界だった。

 一抹の不安と寂しさ。それを感じた時、


「――あっ、シャルロッテ!」


 上司にあたる、小柄で年齢不詳の聖女が、廊下の向こうから小走りで寄ってきた。オールドローズ色の巻き髪が、ぴょんぴょんと跳ねる。


「ねえっ、あなた、ロックエッグの担当に行ったのよね?」

「ええ、はい。それと、ロックバードも凶暴化していたので対処しておきました」

「まあっ、やっぱりあなただったのね! すごいじゃない、()()()()()()()()()()()()鎮めちゃうなんて!」

「――?」


 一体、なにを言っているのだろう。シャルロッテは小首をかしげる。


「ええと……巣にいる個体、ですか?」

「ええ。調査員がその場にいたんだけど、こっちに報告する前に、荒ぶってたロックエッグもバードもピタリと大人しくなったって聞いたわ。あの草原にはあなたしか派遣してないし、あなたがやったんでしょ?」

「いえ、私は……」


 はじめに報告を受けた場所の個体を鎮めて、あとはオムレツを食べていました。

 正直に申告すると、上司のセラは、目をぱちくりと瞬いた後に


「オーケー、調べてくるわね!」


 と言って、教会を出て行った。


 ――なにを……?


 疑問に思ってから、数日後。

 セラに呼び出され、とある話を聞き終えたシャルロッテは、伝書鳩のポポポーポ・ポーポ(通称ポポ)(人語を理解している)にクライドへの手紙を託していた。

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