第16話 氷の心
先程より雪が強くなってきたように感じた
雪の支配者とも言えるリディアと平然とした顔で蔑むような目で相手を見つめるカルミアは雪などまるでただの風のように感じていた
リエガは1つの丸い魔導具を取り出し、その魔道具は鎖のように刃が繋がった剣に変化した
カルミア「リエガ様…そのような魔導具で私に勝てると?」
リエガ「あらあら…悪い子にはお仕置するには鞭のような剣でしょう?」
リエガは右手で持った剣を左手でポンポンと叩きながら前へ進んでいき、地面にバァン!と抉れるほどの叩きを見せた
ミリル「り、リエガ様…」
リエガ「貴方の話はデヴィアやリヴィットから聞いているわ、ミリルちゃん。ここに来た以上私が補助に入れるのは無いと思いなさい」
ミリル「…はい」
カルミア「…さっさと私の目の前から消えなさい………私の邪魔をするやつは容赦はしない!!!」
カルミアは短剣を取りだし、着ていたドレスのスカート部分の膝ぐらいにまで切り落とすとミリルとリエガに向かって猛突進した
お淑やかな令嬢とは思えないまるで獣のような速さはミリルにとって一瞬の隙を見せてしまうほどだ
ミリル「っ!」
カルミア(ミリル…エンディ様が言っていた要注意人物……私の手で始末してやるわ!)
リエガ「考え事してる場合じゃなくてよ!」
リエガの華麗な手さばきが剣を鞭のように動き、カルミアの左足を縛り付けた
鋭い刃がカルミアの皮膚を斬り、傷口から赤い血が垂れた
カルミア「小賢しい…虫がぁぁっ!」
カルミアはリエガの剣を風魔法で作った空気を元にしたノコギリのようなもので切り落とし、そのまま円型に変化させて2人に対して投げ飛ばした
リエガ「地…反りなさい!」
リエガは地魔法で土の壁を作りあげ防いだが、魔法が使えないミリルは剣で無理やり抑えるしかなかった
空気とはいえ本当の刃と相手している感覚だった
一方リディアの方では大魔法師のユスタルと公爵家の筆頭騎士であるリヴィット、騎士団長のデヴィアが戦っていた
全員戦闘経験のあるベテランである為、お互いに隙を見せない戦いとなっていた
ユスタル「皆さん少し熱くなりますがよろしいでしょうか!」
デヴィア「構わない!」
リヴィット「やってやれユスタル!」
リディア「何をする気なの」
ユスタルがありったけの魔力を込めて周辺を焼け野原にするレベルの炎を撒き散らした
雪は溶け、雪の水分を沢山吸っているはずの雑草や木でさえ引火して燃え始めた
辺りの気温がどんどん上昇していく
リディア「暑い……」
カルミア(ユスタル…特大の炎魔法空間でリディアの氷の威力を下げようと言う寸断ね…)
ユスタル「僕の炎を喰らいたくなかったら必死に抵抗してくださいね」
ユスタルの溢れんばかりの魔力で作られた炎はリディアを毎秒5発ずつ攻撃していき、氷の結界で何とか防いでるリディアはデヴィアとリヴィットを警戒していた
リディア(こんな連続攻撃されると辺りが蒸気で見えなくなるっ……あの二人はどこにいるの!)
デヴィア「っ!」
デヴィアはしゃがんだ状態からあの時ミリルと対峙した時にミリルが見せたあの戦い方を真似した
リディアは剣を全く使わない肉弾戦をいきなり持ちかけられ、動揺してしまったのかカルミアの方へ勢い良く飛ばされた
デヴィア「しまっ…!」
リヴィット「ミリル!避けろ!!!」
ミリルが顔だけを後ろに振り返ると目の前からリディアの後頭部が急突進で襲いかかってくる光景が見えた
リディア「ぅ゛ァッ」
リディアの体はカルミアの攻撃を食い止めてるミリルに激突しお互い頭同士をぶつけたのか脳に激しい振動が襲ってきた
ミリル(いったいなぁ…鼻潰れた感覚する…)
リディア「うぅっ…私としたことが…蹴りで飛ばされるなんて…」
ミリル「っ!…」
ミリルが近くにリディアがいることを知ると慌てて警戒態勢を取ったが、リディアはミリルを見た途端ため息をついて立ち上がらずにただ地面に寝転がっているだけだった
ミリル「…何もしてこないんですか…」
リディア「…私の身体が思うように動かない…貴方を攻撃しようとすると激痛が走る」
ミリル「…えぇ………ここはどこなんですか…真っ暗すぎて…」
リディア「さぁ……分からないわ…」
ミリル(もしかして今何もしてこないリディア様を説得できるチャンスなのでは…)
ミリル「あ、あのっ…リディア様…お話したいことが…」
リディア「は?何、私を説得とかそんな無謀なことしても意味ないから。私の決意は硬いのよ」
明らかに馴れ合う気も話す気もありませんという態度を示すリディアに対してミリルは一瞬何だこの人…と嫌そうな顔をしたが、そんなこと思ってる場合じゃないと心を切り替えた
ミリル「…じゃあもうこちらから勝手に!独り言として!話しますからね!」
リディア「は、はぁ?」
ミリル「リディア様はこんなことして未来になんのメリットがあると思っているのですか!ただでさえ国民の不信感を募らせて意味がないじゃないですか!国民が何かしたとしても国民全員が罪を犯した証拠をまともに提示せず無理やり押し付けるなんてそんなの暴君がやることですよ!」
リディア「暴君ですって!?悪いのは国民でしょう!お父様を見棄てた国民なんて必要ないもの!」
ミリル「じゃあそのお父様が大切にしていた国民を貴方は見棄てるということですね!というか傷つけてるし…」
リディア「え………」
ミリル「そうなるじゃないですか、今まで国民が平和に暮らしてきたのは権主様のおかげですよね。生まれた時から今まで生きてこられたのは権主様が国民を大切に思ってきたから、これは大きな理由の一つだと思います。私はまだこの国のことを全然知りませんが、親に対して仇で返すようなこと…良くないと思います。この街を歩いてきて思ったのはみんな権主様のこと尊敬していました、この街を全然知らなかった私でも皆が話す権主はこれほどまで信頼に満ち溢れた人なんだと感じられるほどでした!リディア様も同じくです!ずっと外に出てこなくてもみんなリディア様のことを信頼していました!権主の座を引き継ぐ前から騎士として活動していた貴方が培った人間関係と信頼関係によるものです!」
リディア「…っ…そんな馬鹿な話あるわけないでしょう?…カルミアから教えてもらったのよ…国民全員私のことを影でバカにしてるって……能無しのリディアなんか権主にふさわしくないって…」
ミリル「その言葉も人の口から出たもの……本当だと断定は出来ないでしょう……国民に馬鹿にされてると思い込んで真実か確認しないまま城に引きこもってたからですよね」
リディアは図星だったのか何も反論せず、そっぽを向いて無言でいた
ミリル「…図星なんですね…」
ディアナ「ミリルの言う通りよ」
いきなり右肩に手が置かれたと思うと右隣にディアナが現れ、ディアナの右手にはリディアと似たような剣を握っていた
ミリル「その剣…」
リディア「…貴方…」
ディアナ「…私は想いの結晶体、リディアから分裂した権主の力の一部よ」
ディアナがフードを取るとまさにリディアと同じ顔をした子がいた。しかしリディアより若干小さく、髪の毛や手の先、足先も消えかかりそうに透明になりつつあった
リディア「……貴方は私のなんの一部だと言うの?」
ディアナ「民を信じる心…貴方が全く権主として表に出ないから私が裏で色々やっていたのよ」
ミリル(そうだったんだ…)
リディア「…そんなの必要ない、私にはもう民なんてどうでもいいんだから!殺人鬼よ!全員!」
ディアナ「……哀れなリディア、神の力によっておかしくなってしまったのね」
ミリル「神の力?…リディア様はエンディに操られてるってこと…?」
ディアナ「正確にはそのエンディという神の力の粒子を吸収して思考回路が悪い方向になっているのよ。この前あの会話を聞いてなかったら分からないままだったわ…」
リディア「私が神の力でおかしくなってるということ!?私はおかしくないんだから!間違ってないんだから!!!悪いのは全部国民なんだから!!!」
ディアナ「いい加減にしなさいよこの馬鹿女!!!」
ディアナは地面に横になっているリディアの右頬を思いっきり叩き、叩かれたところは氷の粒子がうっすらと出来上がっていた
リディア「…よくも私を叩いたわね貴方!」
リディアも起き上がる気になったのかディアナに仕返ししようと同じく頬を叩こうとするとミリルが慌ててその手を押えた
ミリル「あなたには叩く資格がない」
穏やかそうなミリルの真面目な顔で言われたのが心に少し来たのか不満そうに腕を下ろして氷で作った椅子に座り始めた
リディア「……ミリルに危害を加えなければ力は発動するのね…どんな空間だか知らないけど早く私を外に出しなさい」
ミリル「どうやって入ったのかも出るのかも分からないので難しい提案です」
リディア「……全く…使えないわね…」
ディアナ「貴方ね…」
ミリル(まるでここアイシュレイズの断域みたい…ただ白いだけの…何も無い空間だなぁ…この体も実体なのか分からないから現実ではどうなってるのか…アイシュレイズとも繋がらないし…困ったなぁ…)
ミリル「それじゃあ何も出来ないこの現状を活かして話し合いをします!」
リディア「はぁ?話し合い?できるわけが無いでしょう!私は一刻も早く全員にお父様と同じ痛みを味わって貰わないと…」
ディアナ「国民が必ずしもやったわけじゃないと言えないけど全員な訳がないわ!ちゃんと調査をして真犯人を暴くのよ!なんでそんな簡単なことも出来ないの!?」
リディア「全員無実の証拠が無いんだもの!」
ミリル「有罪の証拠もありませんよね。あの映像に写ってたのは公爵夫妻だけですし…それにデヴィアさんに責任を取らせるだなんてそれこそ言っていることがめちゃくちゃです…暴君みたいなものですよ…」
ディアナ「本当にそうだわ!リディアが引きこもったせいで前よりも治安悪くなったし!まるで子供みたいな権主よ、おバカ!アホ!脳みそからっぽ!」
リディア「いくら私の分身体だからって限度があるってものよ!」
ミリル(ダメだこの2人喧嘩することしか出来ないのかな…どうにかしてリディア様に真実を確信させるようなもの…)
ミリルがそう考えているとミリルの頭からなにか不思議な球体が現れ始めた
ディアナ「ミリル…あなたの頭から何か出てるわよ…?」
ミリル「えっ?…うわホントだ!?なにこれ!」
リディア「えっ?ちょっとこっち来るんだけど!」
ディアナ「というか大きくなってない!?」
3人の顔に近づくぐらいまで大きくなったシャボン玉のような球体がいきなり破裂し、3人は一気に同じ景色を見始めた
その景色とはミリルがこのグレイスですごした時の記憶だった
リディア「何なのこれ…」
ディアナ「ここって連合じゃ…」
ミリル「私の記憶?…あっ!私とアルフェミアちゃん!」
ミリル"これって何なの?"
アルフェミア"これはフロイゼン1の冒険者を象徴する像のミニチュアです!リディア様の像なのですよ!」
ミリル"リディア様ってフロイゼンで1番強い冒険者なんですね!"
アルフェミア"はい!リディア様の剣技はとても美しくて騎士や剣士ならばみんなの憧れですよ!剣術大会でも優勝経験ありますし!"
リディア「……」
ディアナ「また景色が変わったわ…」
デヴィア"リディア様は権主様になるまでは私の後輩でな…権主の娘だけど容赦なく対等な仲間として見て欲しいわ!と初めて会った時に言われて…純粋で素直で真っ直ぐなリディア様は騎士団の中でも信頼が強かったさ。権主になるから退団すると言われた時は寂しかったさ、もう一緒に任務に出ることが出来ないのか…って。騎士団の奴らもみんなまだ嘆いてるよ、リディア様の叱責が無いとダメだーとか"
ミリル"それほど騎士団にとってリディア様の存在は大きかったんですね!"
デヴィア"あぁ、リディア様のお姿をもう暫く見れてないしみんな寂しがってるよ、早く会いたいなぁ…"
リディア「…デヴィア…」
リヴィット"ミリル紹介するぜ、ここにいる600名の騎士がアンタルク家が管理する騎士団だ!"
騎士A"こんにちはミリルさん!"
ミリル"こんにちは!皆さんはここで訓練を毎日されてるのですか?"
騎士B"はい!グレイスを…フロイゼンを護る為に日々訓練をしております!体調が優れていないリディア様の代わりに我々が力になりたいのです!リディア様お1人で騎士団全員に匹敵するほどなので負担にならないようにもっと強くならねばなりませんので"
ミリル"リディア様もきっとその言葉を聞いたら嬉しいと思うはずです!私も一緒に訓練してもいいですか!"
リヴィット"ダメだ、ミリルは基礎がまだ終わってないだろ"
ミリル"えーー!"
騎士C"小さい時のリディア様もこんな感じだったよな!剣の才能あるんだから私を参加させなさいよー!って駄々こねてカルド様に怒られてたやつ!"
騎士D"うわ懐かしいなそれ!もう9年ぐらい経ったのかァ…カルド様に厳しい訓練受けさせられて泣いてたリディア様今でも思い出せるわ"
ミリル"リディア様は好奇心旺盛だったんですね!"
騎士E"はい、リディア様は誰よりもこの国を愛してますからね。リディア様もフロイゼンも守りきる為に毎日朝から夜まで訓練してるのですよ"
ミリル"騎士さんかっこいいです!!"
リディア「……みんな……」
ディアナ(体が濃くなってきた…)
ユスタル"フロイゼンは貴族制度がある故身分差は激しかった国と言われていますが…ミリルさんはどう感じますか?"
ミリル"全然そのように感じません…寧ろそうであったと思えませんよ"
ユスタル"リディア様は身分による差別や扱いの違いをとても嫌っていましたからね…先代権主カルド様も同じく。僕の故郷もこのようになれば…"
ミリル"…リディア様が元気に外へ出られると良いですね"
リディア「…………」
ティア"フードを被った女の子…ですか?"
ミリル(この記憶は…)
ティア"その方は私達も探しているのです、顔を確認出来ないため特定が難しくて…氷魔法を使用することだけは判明しているのです。しかしその方は街の事件の8割ほど解決してくだっているのですよ、本来ならば平和を護った者として権主様から褒美を頂けるレベルだと思うのですが…先程も言った通り誰なのか分からないので何も出来ないのです"
ミリル"そうなんですね…情報提供ありがとうございます!"
ティア"いえいえ"
ディアナ「…力になれてて良かったわ…無駄じゃなかった…」
ほっと安堵しているディアナを横に自分はただ部屋に引きこもっていただけと違いを思い知らされたリディアは怒りと言うよりも無力感に襲われた
ミリルによるこの記憶の映像は偽物かもしれない、しかし何故か皆の言葉がリディアの心に響いたのだった
【何故私をそこまで尊敬するのか、役に立たなかった私を褒め称えるなんておかしいに決まってる。信じないでリディア、どうせ全て嘘だから】
と聞こえ始め、体内にあるエンディの神力粒子と本来の意識が反抗し始めた
ミリル「リディア様…?」
いきなり右手で頭を押え始めて苦しむ声を出すリディアにミリルとディアナが視線を動かした
リディア(分からない…分からないわよ…どっちを信じればいいの………)
ディアナ「…!ミリル!離れて!」
リディアの分身体であるディアナが何かに気づいたのかミリルの方へ近づき、庇うかのようにミリルを前から抱きしめるとリディアの体から何か赤黒い粒が大量に放出され始めた
ミリル(何あれ…)
その粒子はすぐに3人のいた空間を包み込み、目の前が一気に黒く染っていった