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速さ追うもの

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ん……こーちゃん、国道はどちらの方向だっけ?

 ちょっと外れた道を通ると、最近はすぐこれなんだよね。景色が変わると、方向がいまいちわからなくなってしまう。

 ……ああ、ここを曲がっていけば大丈夫か。ありがとう。

 いやあ、この車にカーナビつけるかどうか、少し迷っているんだけど、私の中だとどうしても機械に任せるのに、抵抗があってね。いまだ自力に頼っているというわけさ。


 利便性に関しては、比べるべくもない。大半でカーナビ側の勝利だろう。

 けれども、肉眼でとらえるのに使う神経を、私は大切にしたい。声付きナビゲーションをしてくれるにしても、そちらに五感をわずかばかり奪われてしまうからね。その分を視覚に回していないと、まずいことが起こるかもしれないから。


 ――ん、こーちゃん的には興味ある話かい?


 そうだなあ、いい機会だから話をしようか。

 ただし、目的地についてからね。



 これは私がまだ、親の運転で車に乗っていた時期だったなあ。

 習い事の大会があった帰りに、私は父親の車に揺られていた。

 車で片道数十分はかかる道のりで、私は大会帰りの疲れもあり、後部座席でうとうとしていたのだが。


「おい、寝るな」


 そう、父が運転をしながら声をかけてきたんだ。

 珍しいことだったよ。普段ならこのようなイベントのあと、私がうつらうつらしていても、ゆっくり寝かせてくれることがほとんどだった。

 それがこうして起こされるなんて、めったにないことだな、と身体を起こしたんだ。


「今日は、ちょっと起きててくれ。窓の外をよく見ていてくれないか」


 ますますおかしなことをいう。

 まだ陽は高いから、視界がきかないということもない。通る道もまた、いつもの県道で父も私もよく知る景色が広がっていて、迷うこともないのに……と、多少頭の中でぶー垂れていたっけ。

 父は私に、「外を通り過ぎるものあれば、目をこらせ」と何度も注意を飛ばしてきたなあ。

 ここまで父が口うるさいこともまた珍しく、私もまなこをこすりながら窓の外を眺めていた。

 県道の一角、コンビニやガソリンスタンドなどが、次々と並ぶ道路。あと数百メートルは直線だ。

 休日の昼間のカンカン照りときては、出歩いている人も少ない。

 次々通り過ぎていくなじみの景色に、つい大あくびをしかけたところ。


 ステーキ屋の横を通りかけたとき、窓の中央あたりを、ひゅんとすれ違っていく影が見えたんだ。

 その黄色は本体のみならず、かすかに空へ光を残していく。蝶や蛾の鱗粉だとしても、こうもはっきりと空へ残るほど出るなんて、フィクション以外であるのだろうか。

 つい行方を背後へ追ってしまい、振り返っちゃったよ。それを車内のバックミラーから、父親が見ていたんだろうな。


「……いたな?」


 あまりに合致したタイミングに、私はその「いた」というのが黄色の線を引きながら飛んだ、あいつだと思ったよ。こっくり、とうなずいた。


「おそらく、そいつらはこれからも来るぞ。家に帰るまでしっかり見張ってくれ。父さんは事故らないためにも、満足には見やれない。

 もし、そいつらの色が赤くなり出したら、声かけろ」


 まるで、過去にもあったかのような指示。

 私も背筋を伸ばし、より窓の外を見やり続ける。


 しばらくは、先に見たような黄色い線を残し、奴らは飛びすぎていくばかりだった。

 それが5分ほど車を走らせるうちに、その色はどんどんと赤みを帯びていく。

 そのうえ、かすかにだが車のドアを叩くような音が、響き出したんだ。ドアのそばにいる私が、かろうじて聞き取れるほどの小さな音でさ。


「きた」

「お前、すぐにドアを叩き返せ。音のしたところな」


 私の言葉に、間髪入れずに返した父。

 私は、じっとドアを観察して音の出どころをとらえんとする。そうしてこづかれたところはドア本体でも窓だろうと、指でつつき返していった。

 次第に、窓をかすめる赤い線の数は増していき、そのぶん音もひっきりなしに届くようになってくる。

 集中力がいるし、それがどこかゲームのように思える面白さも感じたのか、私は疲れている身にもかかわらず、どんどんとそれをこなしていったんだよ。


 家へ近づくと、どんどんと奴らの密度は薄くなっていき、私も戸を叩き返す頻度は落ちていった。

 が、車を降りるとともに、父親と車をあらためてみると、赤えんぴつの先を押し付けたような小さい点がいくつも浮かんでいたんだ。

 はた目には、爪でこそぎ落とせそうな汚れに見える。けれども、それらは実際には小さく、深い穴たちだったんだ。

 内側へ貫通しない程度ではあるが、とうてい指でほじることなどかなわない。それどころか、おさえたり、衝撃を与えたりすると、そこからたらたらと赤い液体が流れ出す。

 まるで、虫刺されをかきつぶした、人の肌のようだった。


「あいつらは、人ではなく。車を狙ってくるものだ。速く動くものにほど関心を示し、入り込もうとする。

 正体は分からない。だが、人がまだ見ぬもの、届かないものに憧れるように、彼らもまた車に憧れて、中に入ろうとするのかもしれんな」


 もっとも、車もまた精密なもの。

 下手なところに入り込まれたら、大事故につながりかねんからな。ああして、追い出すことも要るのだ、と父親は話していたっけ。

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