【クラス転移】死のうと思った日からクラスメイト達が構って来るんだけど何で!?【その後のその後】
『【クラス転移】死のうと思った日にクラスメイト達が構って来たんだけど何で!?【その後】』( https://ncode.syosetu.com/n9694ii/) の続編(後日談?)です。先に前作をお読みいただくことを強く推奨致します。
クラスのみんな、助けてくれてありがとう。
でもごめんなさい。
さようなら。
原因は父親だ。
酒と女とギャンブル好きで幼いころから僕を虐待し続けたその男は、僕が自殺をする直前にクラスメイト達の手によって逮捕されることとなった。
でもそれでハッピーエンドになるなんてことはなく、問題が山積みだった。
特に大きな問題が『お金』
格安ボロアパートの家賃の支払いはもう数か月も待ってもらっている。光熱費も滞納しているから近いうちに止められるだろう。生きるためには必死で稼がなければならない。
しかもお金に関する問題はそれだけではなかった。
逮捕された父親が闇金から借りていた借金。
本来返済を取り立てられるのは父親なのだが当人は塀の中。
となると息子である僕に強引な取り立てをしてくる可能性が高い。
まだ父親が捕まっていなかったころ、ガラの悪い男達が家に押しかけて父親に暴力を振るう姿を何度も見た。僕をつまらなそうな目で見て『女ならまだ使いようがあったものを』なんて言われたこともある。恐怖の象徴である父親を屈服させるような奴らにこれから狙われるのかと思うと震えが止まらない。
だから僕は彼らから逃げるために姿をくらませて、遠く離れたどこかでひっそりと働いて暮らそうと思う。逃げきれずに見つかったら人生が終わりだけれど、そもそも終わらせようと思っていたのだからそれも良いかな……
明日、学校に行って先生に辞めることを話してこよう。
皆にも助けてくれたお礼を言ってさようならをしてこよう。
それにしてもどうしてクラスの皆は僕を助けてくれたのだろうか。これまでほとんど話をしたことが無い人達なのに。
しかもクラス一の美少女の井上さんの態度なんてまるで恋人に対する……いや、ないない。
皆の豹変はとても怖いけれど、助けてくれたのは間違いない。
きっと皆、底抜けに優しい人ばかりで僕の事情を知って親身になってくれただけかな。
どうやって知ったのかが分からないけれど、今日でお別れだしあまり気にしないでおこう。
お母さんごめんね、せっかく高校に入学させてもらったのに最後まで通えなかったよ。
悲しいし、辛いし、未来は絶望に閉ざされているけれど、表情に出ないように気をつけないと。
助けてくれた皆を心配させたくないし、闇金とのトラブルに巻き込みたくない。
もしも僕の事情がバレたら関わろうとしてくる気がするから、絶対にバレないように頑張るぞ。
まずは元気良く挨拶して何も問題無いってアピールだ。
「おはよう!」
教室の扉を開けると、元気を振り絞って笑顔で挨拶をした。
我ながら良い感じだと思う。
これなら皆も特に気にせずにスルーしてくれるんじゃないかな。
「「「「「……」」」」」
なんでぇ!?
どうして皆真剣な顔して僕を見てるの!?
しかも少し怒っているようにも見える。
助けて貰ったからって調子乗ってごめんなさい!
「里中ぁ!」
「ひぇっ!」
見た目が不良の郷田君がすごい睨んでこっちに来た。
殺されるかも……
「ぐえっ」
胸元を掴まれて至近距離で睨まれてるぅ!
怖すぎる!
誰か助けて!
「てめぇが無駄に明るい時はいつも……!」
「郷田君、そこまでよ」
「郷田殿、止めるですよ」
けほっけほっ
クラスメイトが郷田君を止めてくれてどうにか解放して貰えた。
一体何がどうなってるの?
郷田君は彼らに連れられて僕から離れて行く。
「くそがっ!」
「ひえっ!」
その途中で全力で壁を蹴った彼の姿がとても悔しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「里中君、それでどうしたの?」
「委員長?」
今度はクラス委員長の女子が話しかけて来た。
眼鏡をかけたキリっとした目つきの女子だ。
「どうもしてないよ?」
「…………」
どうしてジト目で見るのさ!
「そうね。あなたならそう言うわよね」
何もかもが見透かされているかのような目で見つめられ、郷田君とは別の意味で怖い。
「梅田さん」
「はい」
え、この女子、何処から出て来たの!?
委員長の近くには誰も居なかったはずなのに、いつの間にか顔の大半を隠すようなマスクをした小柄な女子が立っていた。
「ごめんなさい、任せても良いかしら」
「もちろんです。諜報はお任せください」
諜報!?
高校生が使う単語じゃないよね!?
「昼休みまでには戻ります」
「お願いするわ。でも気を付けてね、今の貴方は……」
「それでも勤めを果たすと誓ったではありませんか」
「……そうだったわね。ではお願い、こっちはこっちで分析をしておくから」
「承知」
梅田さんは滅茶苦茶速いスピードで教室から出て行った。
そろそろホームルームだけど、何処行ったのかな。
「里中君」
「は、はい!」
委員長に名前を呼ばれただけなのに、何故か強面の先生に呼ばれた時のように背筋がピーンと伸びてしまった。
「もう、その反応は傷つくから止めてって言ってるのに」
「え、あ、はい。ごめんなさい」
皆からも似たような反応をされているって意味なのかな?
「さぁ、先生が来るから席に座りましょう」
「あ、その前に」
梅田さんは居なくなっちゃったけれど、ほとんどのクラスメイトがいる今のうちに言っておかないと。
「助けてくれてありがとうございました」
皆に向けて深く腰を曲げ、父親から解放してくれたことに対するお礼の言葉を伝えた。
「「「「「どういたしまして」」」」」
その言葉を合図に顔をあげると、皆はとても穏やかで優しい笑顔で迎えてくれた。
――――――――
これでひとまずやりたいことの一つは終わった。
後はどこかのタイミングで別れの言葉を伝えることだけど、それは放課後にしよう。
朝はこれで十分だから、今はひとまず席に座って最後の学生生活を始めるんだ。
「よう、里中おはよう」
「お、おはよう」
周りの席の人が挨拶をしてくれる。
これまでの学校生活ではあり得ないことでまだ怖いけれど、返事をしないのは失礼だから頑張って挨拶を返す。
そして自分の席に座った時、隣の席の女子が僕に挨拶をくれた。
「おはようございます。ご主人様」
「はいぃ!?」
この子、今なんて言ったの!?!?
「あ、間違っちゃった。ついいつもの癖で」
いつもご主人様って挨拶してるの!?
しかも首にチョーカーつけてるから、どことなくいかがわしい雰囲気があるよ!?
僕が言うのもなんだけれど、君の家庭がすごい心配だよ!
「まりっちそれどうしたの!?」
「私も欲しい!」
隣の席の女子を心配していたらクラスのギャルさんが二人やってきた。
名前は知らないけれど、どちらも見た目がなんとなくギャルっぽいから心の中でそう呼ぶことにしよう。
「昨日街で見つけたの。やっぱりコレが無いと落ち着かなくてね」
「分かるぅ。あたしも良いの探してたけど見つからなくてさ」
「後でお店教えてね」
「もちろん!」
チョーカーが無いと落ち着かないってそんなことあるんだなぁ。
彼女達って前からチョーカーしてたっけか……覚えてないや。
「んでさ、ご主人様」
「え?」
なんでギャルさんも僕をそう呼ぶの!?
「あ、やっちった。まぁ良いっしょ」
「あはは、ミカったらうっける~でもあたしもそれで良いや。ね、ご主人様」
「なんでぇ!?」
もう一人のギャルさんも変なこと言い出した。
怖い怖い、怖いってば。
「話戻すんだけど、こん先まだあのボロいとこ住むの?」
「え?」
どうして彼女がそんなことを聞いて来るのだろうか。
僕みたいなぼっちの生活なんて全く興味が無さそうなのに。
「ご主人様が良ければさ。あたしん家住まない?」
「何言ってるの!?」
クラスメイトの女子の家になんて住めるわけないでしょうが!
「冗談きついよ……」
「あたしは本気だよ」
「え?」
ギャルさんってこんな真面目な顔もするんだ……
じゃなくて、本気ってどういうことぉ!?
「どうせ手を出す勇気なんてないっしょ」
「それな。あんなに誘惑したのにさ」
「聖女様一筋なのは分かるけど、女としてちょっとショックだったよね」
勇気が無いのはその通りだけど、誘惑って何?
全く知らないうちに誘惑されてたの?
それに聖女様って誰の事!?
僕好きな人とかいないんだけど、勘違いしてませんか!?
「じゃあどうすんの? 住む金無いっしょ」
「…………」
お金に困ってることバレてました。
しかもこう言ったらとても失礼だけど、ギャルさんに気付かれるとは思わなかった。
「いっそのことそこら辺の山にでも住む? なら付き合うよ」
「はいぃ!?」
「野宿だね! やろうやろう!」
やりませんよ隣の席の女子さん。
あなた確か前に教室で虫が出たーって大騒ぎしてましたよね。
野宿なんて絶対に無理でしょ。
「もう慣れたもんだもんね」
「警戒はあたしらがやるからご主人様は休んでて良いよ」
「いやいやいや、野宿しないよ!?」
それに警戒を女子に任せて休んでる男とか最低じゃん!
そうか分かったぞ。
僕からかわれてるんだ。
じゃなきゃご主人様なんて呼んだり家に来てとか野宿しようなんて言わないよね。
あ、予鈴が鳴った。
もうすぐホームルームが始まる。
「んじゃ考えといて」
「え?」
「あたしん家に住むって話」
またまたぁ、からかうにしてもやりすぎだよ。
「あたしたち、ご主人様のためなら何でもするよ?」
だからやりすぎだって!
チョーカーに触れてうっとりしてこっち見ないで!
どうしたら良いのと助けを求めて周りを見たら皆微笑ましそうに見ていた。
井上さんだけはぷくっと頬を膨らませていたけれど。
可愛い。
じゃなくて!!
――――――――
三時間目までは平穏に終わり、四時間目は体育だ。
今日は隣のクラスと合同でサッカーの試合をする。
一人で準備運動をしていたら話しかけられた。
「よう、里中。モテモテだな」
「えっと……」
「桜川だよ」
桜川君か。
あまり印象に残らない普通の男子って感じだ。
でも気軽に肩組んで来ないで欲しいな。
距離感が近すぎてちょっと戸惑う。
「意味が分からないよね」
「いやぁ、分かりすぎるけどな」
「なんで!?」
誰も僕の気持ちに共感してくれない……
「それより今日の放課後遊びに行こうぜ」
「え……」
それは困る。
だって僕は今日でこの街からもさようならするつもりだから。
闇金の人達に見つかる前に逃げたいから長居したくないんだ。
「ラーメン食いに行こうぜ。約束したもんな」
「してないよ?」
話をしたこともない相手と約束なんてしているわけがないでしょ。
「約束なら俺達もだよ。カラオケ行こうぜ」
「え?」
「それよりゲーセンだって」
「え? え?」
「次の休みに旅行に行こうぜ」
「え? え? え?」
男子達が一気に集まって来たんだけど。
「やりたいこといっぱいあるよな!」
「全部やろうぜ。星空の下で誓っただろ」
そんな物語みたいな青春シーンなんて知らないんだけど!?
「こら! 駄弁ってないでちゃんと準備運動しろ!」
「おっとヤベ、それじゃ放課後な」
「いやだから……」
ああ、行っちゃった。
後でちゃんと断らないと。
その後にサッカーの試合をやったんだけど、不思議と体が軽かった。
身体能力は変わってないのに、体の動かし方を分かっているっていうのか、実力以上の動きが出来た気がする。
でも皆が何故か僕にパスばかり出すからすぐに体力切れになっちゃった。
目立たないところでひっそりしてようと思ったのに……
体力が無くなった僕は控えの男子と交代して応援に回ることになった。
皆サッカーに夢中になっている。
すると背後から『カーン』という強い音がしたと同時に『危ない!』という声が聞こえて来た。
後ろでは他の学年の人達がソフトボールをやっていたのでボールが飛んで来たのかもしれない。
咄嗟に反応した僕は飛んでくるボールを見つけると、それが桜川君の近くに落ちそうだと思ったので彼の傍に走って盾となった。
未来ある桜川君なんかよりも僕が怪我した方が絶対に良い筈だから。
「もう二度とさせねえって決めたんだ!」
「え?」
ボールが落ちてくる直前、桜川君が僕の前に体を滑り込ませた。
「いてぇ」
ボールは桜川君の右腕に当たって地面に落ちた。
「桜川君大丈夫!?」
「大丈夫大丈夫、こんなの右腕が切り落とされるのと比べたらどうってことないぜ」
「切り落とされたことあるの!?」
「俺じゃなくて誰かさんがだけどな」
ああ、そうか、僕が心配しないように冗談を言ってるんだ。
「それより里中」
「え?」
「頼むから自分を大事にしてくれよ」
「…………」
どうしてそんなことを言うの。
だって君にとって僕は単なるクラスメイトで接点なんか何も無かったじゃないか。
僕が何も言えずに困っていたら、騒ぎを聞いて集まって来た男子達にもみくちゃにされて良く分からないままに体育の時間は終わりを告げた。
――――――――
昼休み。
またクラスメイト達に謎の餌付けをされるまえに逃げよう。
「はい、優くんお弁当」
逃げきれませんでした。
しかも今日は井上さんと一対一。
井上さんが話しかけてこないから、あの日のことは夢なのかと思っていたけれどそうではなかったみたい。
「どう、かな?」
「美味しい、です」
「やった!」
ごめんなさい嘘です。
緊張し過ぎで味が分かりません。
「でも優君って美味しくなくても美味しいって言うから信じられないなぁ」
「え?」
「あんなに酷い料理だったのに……」
良く分からないけれど、僕だったら多分どんな料理でも美味しいって言うと思うけどな。
だってここしばらくまともな料理なんか食べた記憶が……
それに井上さんみたいな可愛い女子が作った料理なら誰だってそう言うと思う。
「あはは、確かに毒でも入ってない限りは何でも美味しいって言っちゃうかも」
あ、しまった!
これじゃあ井上さんのお弁当が美味しくないって言っているようにも聞こえちゃう。
「優くんの嘘つき!」
ほら、井上さんがすごい怒ってる。
適当に美味しいなんて言ったから……
「毒が入っても食べる癖に!」
食べないよ!?
怒ってるのそっち!?
いくらひもじくても毒なんて食べるわけないでしょ!?
「心配したんだから!」
「え、あの、え?」
まったく心当たりがないんだけど、井上さんも誰かと勘違いしてませんか。
「いくら信じてもらうためだって言ってもやりすぎだよぉ……」
「いや、その、ごめん」
涙目になってるから知らないけれど反射的につい謝っちゃった。
女の子の涙は反則だよ。
ってまずい、井上さんを泣かせたら彼女のことが好きな男子達が……
「俺がもっとしっかりしていれば……」
「(毒を入れた奴らを)信じていたのに裏切りやがって……」
「(毒を入れたあいつを再度)ぶっ殺してぇ……」
ほらぁブチ切れてるじゃん!
今日で居なくなるから許して!
「わ、わぁ、すっごく美味しいなぁ!?」
井上さんを泣き止ませるために慌ててお弁当をかきこんで笑顔で美味しいと宣言してみた。
これで機嫌を直してくれませんか?
「ふふ」
やった、笑った!
「優くんったら同じことしてる」
「え?」
誰と同じことをしてるんですか?
それに手作り弁当を食べてもらう相手が他にいるなら、そっちの人の方に行った方が良いと思いますよ。
今日もクラスメイト達の反応が朝から意味不明で相変わらず怖い。
井上さんにもどう反応して良いのか分からないし、と悩んでいたらイケメン君がこっちに来た。
「やぁ里中君、今日も井上さんを泣かせてるね」
「いつも泣かせているみたいに言わないで!?」
諸星……は違ったから多分赤星君があまりにも酷いことを言いに来たから思わずツッコミが口に出ちゃった。
「そうだったかな」
「そうだよ!」
自慢じゃないけど先日まで女の子を泣かせた経験なんてないんだからね。
誰とも関わらなかっただけだけど……
「それで僕に何の用?」
わざわざ変なことを言いに来たって訳じゃなさそうだけど。
「実は里中君に相談があってね」
「相談?」
どうして僕なんだろう。
友人が多い多分赤星君なら相談相手なんて事欠かないだろうに。
「僕の親友のことなんだけど」
「親友?」
「間違えた大親友のことだけど」
そこ言い直す必要あるの?
「言い直す必要あるのって顔してるけど当然だよ」
心読まれた!
「何しろ彼は僕を本気で叱って本気で喧嘩してくれたからね」
「はぁ……」
それを聞かされてどうしろと。
「未だに彼に殴られた頬が痛いよ」
病院行った方が良いんじゃない?
「病院行った方が良いんじゃないって顔してるけど、痛いのは心の方だから。はは、あれは効いたなぁ……」
だから心読まないでよ!
もしかして多分赤星君って少し変な人?
「それでその人がどうしたの?」
このままだと話が進みそうに無いから仕方なく僕から先を催促した。
「その人がとても大事な悩みごとを抱えているっぽいんだけど、教えてくれないんだ。どうしてだと思う?」
どうしたらって言われても、そんな経験無いから分からないよ。
ほんとどうして僕に聞いてくるのかな。
「私も優君の考えが聞きたいな」
井上さんまで!?
そんなこと言われても困るよ。
ええと、大事な悩み事があって親友にも言えないんでしょ。
もし僕がその親友さんだとするとって考えると。
「相手に迷惑かけるからじゃないかな?」
親友だからこそ迷惑をかけたくないんだと思う。
「でも僕らは彼を支えたいと思っていて、ちゃんとアピールもしてるんだよ。迷惑なんていくらでもかけてもらっても良いのに」
まるでこのクラスの皆の話みたいだね。
僕なんかのために行動して父親から解放してくれた心優しい皆。
でもだからこそ言えないんだよ。
ちょっとやそっとの迷惑ならまだしも、闇金と関わるなんてことになったら迷惑なんてレベルじゃないくらい酷い目に遭うかも知れない。
そんなこと出来るはずがないもん。
僕が我慢すればそれで皆が平和に過ごせるのならそれが一番だから。
「かけちゃいけない迷惑をかけそうだからじゃないかな」
「……例えば?」
「大事な人が傷つくとか、人生に関わるとか、命に関わるとか? 流石に大袈裟かな、あはは」
こんなの僕が自分の境遇に合わせて想像しているだけのことだから実際は分からないけどね。
「……なるほど、分かったよ」
「え?」
あ、あれ、さっきまで穏やかな顔だったのに、どうして険しくなってるの?
「優くんの馬鹿……」
どうして井上さんは悲しそうに僕を罵倒するの!?
「ちょっと良いかしら」
「委員長さん?」
しかも委員長さんまでやってきた。
周囲を見ると他のクラスメイト達が苛立っている雰囲気だ。
「里中くん、あなたもしかして学校を辞めようとしてない?」
「!?」
「どうやら図星のようね」
なんで分かったの!?
「優くんどうして!」
井上さんがまた泣いちゃった!
でももう僕は決めたんだ。
本当は放課後にと思っていたけれど、バレちゃったなら今言おう。
「皆ごめんなさい。僕は今日、学校を辞めるつもりです」
どうして悔しそうな顔をするのさ。
今まで話したことも無い男子が退学するだけのことなんだよ。
「理由を教えてもらっても良いかな」
多分赤星君が聞いてくるけど、これだけは言えない。
皆を関わらせたら不幸にするだけだもん。
だって闇金って取り立てるためなら親しい人への嫌がらせとかも積極的にやるんでしょ。
それに仮に僕が何らかの事故で死んだら彼らに取りたてに行く可能性だってある。
皆の人生をぶち壊しにしてしまうんだもん、絶対に関わらせたくない。
「言わなくても良いわ。情報は揃ったから」
「え?」
委員長さん、嘘でしょ?
「皆、アレやるわよ!」
「!?」
クラスメイト達が一斉にスマホを取り出して一心不乱に何かをやりはじめた。
いつのまにか授業を休んでいた梅田さんも戻ってた。
ぶつぶつ言いながら真剣な顔でイライラしている人が多くて超怖いんだけど。
「ドラゴンでもいればなぁ」
「侯爵様にお願いすれば一発なのに」
「もう一度召喚してくれねぇかな」
ドラゴンを召喚とか物騒なこと言ってる!
分かった、皆ゲームをやってるんだ。
クラスで流行のゲームがあって、きっとそれをやってるんだね。
「優くんは関さんの家に住むの?」
「住まないよ!?」
井上さんだけはゲームをやっていないのか、スマホを弄らず僕との会話を続けようとしている。
関さんって誰のことか分からないけれど住むとかって言ってるからギャルさんのどっちかかな。
「それじゃあ私の家に住む?」
「住まないよ!?」
だからどうして皆して僕を住ませようとするのさ。
その冗談流行ってるの?
「それじゃあ私と一緒に住む?」
「質問内容変わってないよ!?」
「違うよ、私だけと一緒に住むから」
「住まないよ!?」
もっと酷くなってるじゃないか!
「私と一緒は嫌?」
「うっ……」
その質問は卑怯じゃないかな。
「皆して僕をからかって……」
「からかってなんか無いよ」
だからそこで目をウルウルさせて真剣な顔でこっち見ないで!
「約束……したから」
また出ました約束。
一緒に住む約束なんかしてたら覚えているに決まってるでしょうが!
揶揄ってないなら他の誰かと勘違いしている?
例えば幼い頃にした約束の相手を勘違いしているとか。
僕はそういう約束をしたことは無いと断言出来る。
だって父親がアレだったから『あそこのお宅の子供には近づかないように』って扱いで幼いころからずっと一人だったから……
「ねぇ優くん」
「は、はい」
井上さんがあまりにも真剣だから、委員長の時と同じで思わず背筋が伸びてしまう。
「一人で全てを抱え込む必要なんて無いんだよ。どうか私達を頼って欲しい」
「っ!?」
これまで考えたことも無かったよ。
だって僕の周りには頼れるような相手が居なかったから。
「一人でどうにもならないことでも、皆で考えればなんとかなるかもしれないよ」
父親をどうにかしてくれた皆なら頼りにしても良いのかもしれない。
どうにかなる可能性はあるのかもしれない。
でもそれは皆を危険にさらすということでもある。
「迷惑かけるから……」
「沢山かけてよ。かけて欲しいの。例えそれがどれだけ危険なことであっても、優くんの助けになりたいの」
「どうして……」
そこまで言ってくれるのか。
だって僕達はただのクラスメイトであって、話すらしたことが無いんだよ。
「だって私達仲間じゃない」
仲間?
僕が皆の仲間?
ただ一緒の空間にいるだけの間柄だったのに、そんな風に言ってくれるなんてあり得ない。
でも彼らはそのあり得ないことを実際にやってくれている。
怖い。
とても怖い。
どう考えても異常だ。
でも、どうしてだろう、心の奥底で温かな何かを感じる。
この気持ちは……何?
「な~んて、全部ある人の受け売りなんだけどね」
「受け売り?」
「そう、私の大切な人」
ほんの少しだけ悲しんでいるような表情を浮かべた彼女に、胸が少しだけ痛んだような気がしたのは気のせいだろうか。
「まぁ、その人を頼ったら後悔したんだけどね!」
「え!?」
どういうこと!?
「もっと自重して! 自分を大事にして! 私のためにそんなに頑張らないでよ! もう! もうもうもう!」
「あ、その、ごめんなさい」
自分のことじゃないのにまた反射的に謝っちゃった。
おかしいな、自然に謝罪の言葉が口に出ちゃう。
「ということで優くんは今晩私の家に来ること!」
「え!?」
「大丈夫、お母さんは説得してあるから」
だからそれはおかしいでしょ!?
それにお父さんはどうしたのさ!
「はい、そっちのイチャラブが一区切りついたところでちゅうも~く」
委員長さん!?
イチャラブなんてしてませんけど!?
というかクラスメイト達がスマホ見終わって全員こっち見てる怖い状態だ!
「父さんが闇金とかを担当する部署で働いているんだって!」
「マジかよピンポイントじゃねーか」
「里中のことも気になってて相談に乗るつもりだったんだってさ!」
「前の弁護士さんに連絡して、闇金に強い弁護士さんを紹介してもらったよ!」
「あの人って他人なのにどうしてさなっちのお願い聞いてくれるの?」
「里中君の境遇を凄い心配してくれてたから単純に良い人なんじゃないかなぁ」
「この辺りの反社組織を取りまとめているドンと実は知り合いで……」
「勘違いするなよ。竹中は一般人だからな」
「車に轢かれそうなところを偶然助けたら気に入られて、困ったら何でも相談に乗るぞって言われてるんだよね。闇金もバックに反社がいそうだし、もしかしたらなんとかなるかも」
「皆分かってないな、悪い奴を懲らしめるならマスコミだよ、マスコミ」
「澪の知り合いの人って役に立たなかったじゃん!」
「今度は別の人だから大丈夫! (だよね。自称フリーライターとかって言ってたけど)」
「俺らの知り合いの正義系ユーチューバーに連絡したぜ」
「めっちゃ嫌がってたけど強引にやらせてやるぜ」
「普段迷惑かけてるんだから、こういう時くらい世の中の役に立ってもらわないと」
警察?
弁護士?
反社のドン?
マスコミ?
ユーチューバー?
はい?
「生活費に関しても様々な補助金を調べておいたわ」
「もちろん足りなかったら俺達がカンパするぜ!」
「うちの超お人好しの親父が是非支援したいって言ってるぜ」
「学校を辞めないで生活する方法なんてきっといくらでもあるよ!」
お母さん、なんか知らないけれど、高校を辞めなくてもよくなりそうです。
「優くん、これからもよろしくね」
「あ、ハイ」
ちなみに僕がどこに住むことになったのかは想像にお任せします。
毒のところが作者お気に入りです。
補足
ご主人様のくだりが分かりにくくなってたので一言だけ補足します。
『奴隷』
ヒントがチョーカーだけだと不親切だったっぽいですね。