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Third day-Ⅰ:生還ノ理由

 意識を戻した時には既に奈々の姿はなく、どうしようもない鈍痛に見舞われながらも俺はひたすら指を動かしていた。

 テーブルの上には昨日と同じく、生活必需品が綺麗に敷き詰められている。

 不自然に開かれたパソコンのキーボードには一枚の白い紙が置かれ、丸みを帯びた女性らしい文字が綴られていた。


『これが解けたら助かるかもよ』


 そして文鎮代わりにされていたものが、ただでさえいっぱいいっぱいの俺の頭を更に悩ませるひとつとなっている。


 知恵の輪…といっただろうか。


 鍵の形をした二つの金属が先端を絡ませていて、離されることを頑なに拒絶する。


 恐らくだがこの知恵の輪は俺とベッドを繋ぐ鎖の鍵。

 知恵の輪が解ければ俺は鎖から解放され助かるということだろう。

 この予想を確信づけるものなど何もないが、とにかく今はこれ以外で助かる方法があるわけでもない。

 俺は知恵の輪を左右上下と揺らし続けた。


 それにしても奈々の考えがイマイチよく分からない。


 確かに難易度の高いパズルゲームのようだが、運よく解けてしまうなんてことがないとは言い切れないだろう。

 昨日のクスリにしたってそうだ。

 五十パーセントの確率だが、逃げ道が用意されていた。

 こればっかりは運以外ではどうしようもない話だが、現に俺はその運を掴み取っている。


 監禁してまで俺を殺そうとしてる割には、どこか確実性に欠けている気がしてならないのだが。



 報復を楽しんでいる…?



 死に怯えあがく俺の様はそれはそれは滑稽なものだろう。

 

 しかし、それならあの目は何なんだ。

 あのグレイがかった瞳…。


 もしかして、と俺の願いが一つの仮定となって頭を過るが、俺はそれを振り払った。


 都合のいい考えは捨てろ。

 現実を見るんだ。

 こうして俺は監禁され、体中に傷を負わされているじゃないか。


 今の奈々は俺が愛した彼女でもなんでもない。

 ただの犯罪者だ。


 そう言い聞かせ、俺はとにかく知恵の輪と格闘した。





 そして数時間後。

 俺は知恵の輪をテーブルへと投げ捨てる。

 悔しい事に、全くと言っていいほど外れる気がしない。

 大体、俺はこういう細々した物が大っ嫌いなんだ。

 ったく、奈々のやつ。

 パソコンのゲームといいコレといい…

 俺が苦手なものばかり提供してきやがるのは嫌がらせととらえていいのだろうか。


 俺は生活必需品に追加された煙草に火をつけた。

 箱を掴む手には何重にも包帯が巻かれている。



 何考えてるんだか…



 この環境にも慣れ始めたせいだろうか…。

 正直、俺は恐怖よりも戸惑いを感じ始めてていた。

 奈々がここまで感情的になっているところを今まで見たことがあっただろうか。

 少なくとも俺の知っている限りではない。

 自分のことはさて置き他人にばかり気を使うようなやつで、感情どころか意見さえ滅多に言わない。

 何より怒って人を傷つけるようなことは絶対にしなかった。


 常に冷静で穏やかで、男の俺なんかよりもずっと強くて…




『最初に嘘ついたの、だーれだ』



 

 俺のせい…なのか。


 嘘とは一体何なのだろう。

 彼女をここまで壊してしまうほどの酷い嘘…。

 俺はこの答えを未だに見つけられないでいる。

 これが分かれば俺が助かるだけでなく、昔の奈々に戻すこともできるんじゃないだろうか。 

 俺の愛した優しい奈々に… 







『祐輔君』







 俺の考えを止めるように幻聴が耳をかすめる。

 それに反応したのか脳内で記憶の欠片が生々しく映像化された。


 

 大雨の中、傘をさした女の子。

 奈々とは違って、小柄で少女のような外見。

 ぱっちりとした瞳はウサギのようで俺の胸をつよく締め付けた。



  

 指先の熱にはっとして目を落とすと、フィルター近くまで迫っていた灰が今にも倒れそうで、俺は慌てて灰皿で受け止めた。


 正気に戻った俺は知恵の輪を再び手にする。

 

 俺は一刻も早くここから出てなければいけない。

 彼女の元に帰らなければいけないんだ。




「そうだろう?マモル…」




 俺は見えない空へ向かって語りかけると、ガチャガチャとおもちゃの音を響かせた。







 


 時計が九時を回る。

 なかなか解けない知恵の輪に疲れはてた頃、玄関から鍵を開ける音が聞こえてきた。


 今日はこれまで…か。


 俺は知恵の輪をテーブルに置く。


「ただいま。ごめんね、遅くなっちゃって」


 至って普通の奈々に、俺も自然と会話をする。


「仕事、大変そうだな」


「違うの、ちょっと人と会ってて」


 そう言う奈々の声になぜか悪寒が走る。

 なんだ、この嫌な感じ。

 奈々はバタバタと着替えながら続けた。


「祐輔のこと、随分心配してたよ」 


 心配…?

 

 俺の不安が膨らんでいく。


「…誰と会ってきたんだ?」


 あくまで冷静に聞く一方、心臓は破裂しそうな程音を鳴らしていた。




『祐輔君』




 昼間の幻聴が俺の耳に響き、更に映像化される記憶。




 



 大粒の雨を顔面で受け止める俺。


『祐輔君』


 声に振り返ると、傘を差した小柄の女の子がウサギのような目で俺を見つめていた。

 腫れた瞼が痛々しくて、俺は空へと顔を戻す。

 近づいてきた気配は、俺のシャツの裾を握りしめると小さく震えていた。

 





 あの時、俺は誓ったんだ。






 部屋着を身に纏い、エプロンを腕に通すと奈々は俺に顔をむけた。

 いつにも増して妖しい笑顔が俺の予感を確信に変えていく。




 やめろ…

 やめてくれ…



「あれから会ってなかったから心配してたんだけど、安心したわ」

 


 どんなに心の中で叫んだって、もう遅い。




「相変わらず可愛らしいのね、つぐみちゃん」




 奈々の口から零れた名前に俺は気を失いそうになった。







 誓ったんだよ、俺は。


 

 馬鹿でお人よしな親友にも…



 俺の背後で震える親友の彼女にも…






『お前は、俺が一生かけて守る』

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