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Second day-Ⅰ:模索スル未来

「行ってくるね」


 そう言って奈々はベッドに寝転がったままの俺にキスをして優しく微笑んできた。

 寝起きの俺は声を出す気力もなく、二度軽く頷く。

 奈々は呆れたような笑顔で俺の頭を撫でると玄関へと向かった。


 

 なんてことない、いつもの光景。


 

 緩やかに進む、永遠の日常。

 


 嫌な夢を見たせいだろうか。

 全身が重くて動けない。


 ぼんやりとした視界で愛しい後姿を追った。


「あっ、そうだ」


 ドアノブに手を掛けたまま奈々はピタリと止まる。



「窓、割らない方がいいと思うよ?」



 その言葉を引き金に痛覚が呼び覚まされた。


 そう、夢なんかじゃない。




 全ては現実…。



 

「まっ、ゲームでもしながら待っててよ。なるべく早く帰ってくるからさ」


 そう言い残すと、奈々は部屋を出て行った。





 どうやら俺は気絶という名の睡眠をとっていたらしい。

 両手首に絡みついた鎖を見て、俺は眠りから覚めたことに少しだけ後悔をした。

 相変わらず続く監禁生活。

 昨日と違うことと言えば、傷という傷にそれなりの処置が施され、ベッドには移動可能のテーブルがセットされていたこと。

 どこかの病院に入院でもしている気分だ。

 テーブルの上には朝食と思われるサンドウィッチ、昼食と思われるオムライス、五百ミリのペットボトルに詰められた麦茶、ノートパソコン、テレビとDVDの両方を操れるリモコン、そして携帯用トイレ。

 よくもまぁ、これだけキレイに並べたもんだな。

 …なんて感心している場合じゃない。

 助けを呼ぶチャンスだ。

 俺は手を伸ばしカーテンを開けた。

 当然窓にはしっかりと鍵がかかっており、ご丁寧に雨戸まで閉めてある。

 俺はリモコンを手に取り、かまえた。

 後は勢いよくリモコンを投げつければ全てが終わる。

 理由は解らず仕舞いだが、この際どうでもいい。

 ようやく解放されるんだ。


 それなのにどうしたというのだろう。



 俺の手はなかなか決心をつけてくれない。


 

 常識で考えれば答えはひとつしかないんだ。

 確かにこのアパートの周りは人通りも少ないし、家もほとんどない。

 雨戸も閉まっていて防音もされている。

 だからと言って、窓が割れる音に誰一人として気付かないなんてことはあるのだろうか?

 仮に窓の音に気付かなくても、雨戸を叩き続ければ誰かしら不審に思っていいはずだ。

 両腕を拘束され限られた動きしかできない俺が助かるには、外にいる人間に助けを求めるほかない。

 


 それなのになぜ…

  



 なぜ俺は生きるための行動を、死に急そぐように感じてしまう?




 あるはずのない圧力が俺の呼吸を乱していく。

 

 よくよく思い返せば、何かおかしくないか?

 奈々の台詞は命令でもなければお願いでもない。



『窓、割らない方がいいと思うよ?』



 そう、まるで警告…。


 …………。



 クソッ。



 俺は逃げるように汗の滲んだリモコンをベッドに叩きつけた。


 一度頭を冷やそう。

 現時点で時計は八時半を指している。

 奈々が仕事から帰ってくるのは六時頃。

 時間はたっぷりあるんだ。


 俺はサンドウィッチに手を伸ばし口へと押しこんだ。

 毒を疑う事は一切ない。

 もし俺が朝食をとった時点で死ぬのなら、携帯用トイレは必要ないだろうからな。


 ふとノートパソコンに目が行った。


 そういえばゲームがどうとか言ってたな。

 俺の記憶では奈々はあまりゲームに縁がなかったように思ったのだが…


 彼女の言葉ひとつひとつに裏があるようで考え出すとキリがない。

 俺は興味に従ってノートパソコンを開いた。

 パソコンは軽快な音を鳴らし起動する。

 通常のプログラムは元から入っていなかったのか、もしくは全て消したのか。

 デスクトップの左端に『ゲーム』と『HELP』の二つだけ、アイコンが浮かんでいた。

 俺は『ゲーム』のアイコンをダブルクリックする。


 それはいたってシンプルなものだった。

 紙芝居のような背景に文章が綴られ、途中で提示された選択肢からひとつを選び読み進めていく。

 ようはノベル形式のアドベンチャゲームだ。

 正直、こういうゲームはあまり得意ではない。

 むしろ目が疲れるから嫌いだ。

 それでも俺がやり続ける理由はただ一つ。


 “女に監禁された男が脱出を図る”というなんともリアルな設定だからだ。


 本当に、嫌な女。


 しばらくして初めての分岐点へと辿り着いた。

 俺は顔がひきつっているのを感じる。

 実に愉快なストーリーじゃないか。


 

 ある日突然、別れた女に主人公は監禁されでしまう。

 理由は不明。

 女は仕事のため、ひとつの警告をして外出をすることになった。

 窓は割らない方がいい、と。

 しかし現時点で男が助かるために行動を起こすとしたら窓を割って外の人間に救いを求めるしかない。


 

 選択肢はふたつ。



 女の警告を無視して窓を割り、助けを求めるか…


 はたまた、警告通り窓を割らずに違う策を練るか…



 俺は当然のように前者をクリックする。



 ゲームの中の俺は素直に指示に従うと、叫びだした。


『誰か助けてくれ!監禁されているんだ!!』


 三十分程叫び続けると、やがて玄関からガチャリと扉の開く音が聞こえてくる。

 助かったんだ。

 俺は安堵の表情で振り返り…


 愕然とした。


 目の前に差し出された手は俺を救うためのものではない。

 俺を殺すためのもの。


 女は言う。


『一階の人にね、お願いしてあったの。精神病を患った兄を一週間預かることになったから、もし兄がおかしな事を叫びながら暴れだしたら連絡をください…って』

 

 冷めた笑顔を向けられ青ざめる俺の心臓を鋭利な刃物が貫く。

 倒れこむ俺を見下ろしながら女は嘲笑を浮かべた。


『ね?割らない方がよかったでしょ?』



 ENDの文字に俺は我に返る。

 マウスに乗せた指がカタカタと音を立て、額に汗が浮かんでいた。

 俺は慌てて両頬をはたく。


 しっかりしろ。

 冷静に考えるんだ。

 普通に考えて、こんな馬鹿げた話が通用するわけないじゃないか。

 そうだ、普通なら通用しない。

 彼女の罠にはまりそうな俺に何度もそう言い聞かせた。

 そしてそれは、俺の根本的な間違いを気付かせることになる。


 …普通ってなんだよ。


 俺は頭を抱え込んだ。

 今のこの状況自体、すでに異常なんだ。

 通用しないのは俺にとっての普通のほうじゃないのか…?

 

 俺はもう一度頭の中を整理することにした。


 まず、俺は動けるのはごくわずかのため、自力での脱出は不可能だ。

 そして、俺の行動は確実に読まれている。

 こうして考え込んでいる時点で、俺は彼女の策にまんまとはまりかけてるってわけだ。

 それならこの際、しっかりとはまってやろうじゃないか。


 朝の奈々の警告。

 これは俺が窓を割れないようにするためと、ゲームにリアルを持たせるための発言と考えていいだろう。

 そして、このゲーム。

 果たしてこれは脅しのつもりか。

 それとも本当の警告なのか。


 例えば、もし俺が一階の人だったらどうだろう…。

 真上に住んでいるのは数年の付き合いがある明るくて礼儀正しい女性。

 会えば挨拶はもちろん、世間話したりすることもある。

 気さくな彼女がまず『異常者』であるとは考えない。

 そしてそんな彼女がお願いしてくる。


『精神病を患った兄を一週間預かることになったから、もし兄がおかしな事を叫びながら暴れだしたら連絡をください』


 多少の嫌悪感を抱いたとしても、俺が何かを疑う理由は一切見当たらない。

 そして『精神病を患った兄』。


 これひとつで、『普通なら考えられない行動』を上の住人がとったとしても、それは普通になってしまう。

 更に犯罪や事件との接点はメディアのみの俺はこう思うだろう。

 こんな身近で監禁なんていう犯罪がおこるわけがない…と。

 そして俺は何の疑問も持たずに、彼女に言われた通り連絡するんだ。


 これが何日も続けば違うのかもしれない。

 しかし、残念なことにそれはありえない。

 彼女に通報された日に、精神病を患った兄は殺されてしまうから…。


 こうしてつじつまを合わせてしまった以上、俺は“警告通り窓を割らずに違う策を練る”ほうを選ばなければいけなくなった。

 それも制限時間つきで。

 簡単な話だ。

 『精神病を患った兄』を預かるのは『一週間』。

 


 俺の命のリミットは一週間しかない。



 さて、どうしようか…。

 こう考えた所で、既にやることは決まっている。

 俺はマウスを強く握りしめた。




『ゲームでもしながら待っててよ』 




 あぁ、そうさせてもらうよ。奈々。

 珍しくお前が挑発してきたんだ。

 これに乗らないわけにはいかないだろう?

 



 このゲーム、攻略してやろうじゃねェか。




 俺はスタートの文字を強くクリックした。

 



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